学校法人・金融法人の担当者必見!機関投資家ゼロからの資産運用 【株式編・第2回】バリュー株とグロース株〜割安と成長、大きい分散効果
前回は株式編の第1回として、機関投資家の資産運用にとって株式投資にはどういった意義があるのかについて、ラッセル・インベストメントの金武伸治さんに俯瞰的にご説明いただきました。債券の利回りだけでは目標リターンの達成が難しいなかで、企業成長という収益源泉を持つ株式投資の必要性は大きい、ということでした。
効率化の基本は分散投資
では、具体的に今後の株式運用をどう進めていったらいいのか。前回、リスク当たりのリターン、つまりリスク効率性をいかに向上させるかが大事と強調されていました。
金武 効率化の基本としては、やはり分散投資が重要です。株式運用では、前回お示しした下の株式ファクター(要素)にバランス良く分散投資することが大きなポイントになると申し上げました。
●利益成長性が高いと考えられるグロース株
●利益や財務の質が高いと考えられるクオリティ株
●株価変動性が相対的に低いとされる低ボラティリティ株
●企業規模(株式時価総額)が相対的に低いとされる小型株
●新興国の企業が発行するエマージング株
ひとつの銘柄に、複数のファクターが当てはまる場合もあります。これらのファクターは分類の要素が違うので、リターン源泉やリスク特性が異なります。また特定のファクターに着目した運用手法、例えば「バリュー株運用」といったものを運用スタイルと呼びます。
純資産・純利益・配当に対して「割安」
こうしたファクターのなかでも、新聞記事などで特に目にするのはバリュー株とグロース株ですよね。今回はここに焦点を当てて、お話を伺っていきたいと思います。この2つは何となくのイメージはあるものの、いざ説明を求められると答えに窮します。
金武 まずはバリュー株とグロース株の一般的な定義から説明しましょう。
はじめにバリュー株です。グローバル株式の一般的な市場ベンチマークであるMSCI Worldインデックスを例にとります。このサブ・インデックスにMSCI Worldバリュー・インデックスというのがあり、その組み入れ条件は①低PBR(株価純資産倍率)②低PER(株価収益率)③高配当利回り――となっています。つまり、①純資産に対して②予想純利益に対して③配当に対して――いずれも株価が低いと考えられる銘柄をバリュー株とみなしているわけです。
PER(株価収益率):株価/1株当たり純利益
配当利回り:1株当たりの年間配当/株価
1株当たりの純利益・売上高の成長率が高い
それに対して、グロース株の定義はどのようなものですか。
金武 グロース株の定義は①1株当たり純利益(EPS)の成長率が高い②1株当たり売上高(SPS)の成長率が高い銘柄となります。
一方で、便宜上、バリュー株+グロース株で市場全体としたいという考え方もあります。つまり、市場全体をバリュー株とグロース株に分類するという考え方もあるのです。その場合、市場全体をおおむね二等分し、バリュー・インデックスの組み入れ条件であるPBRなどを指標にして、その高低に応じて構成銘柄のウェイトをバリュー・インデックスとグロース・インデックスに配分します。
「バリュー」は銀行、保険、自動車など伝統業種。「グロース」は情報技術や電気機器、医薬品
バリュー株あるいはグロース株の属性や特性はつかめた気がします。では、具体的な業種例などを教えていただけますか。
金武 バリュー株の代表的な業種は銀行や保険、自動車などです。バリュー株には伝統的な業種や成熟している業種、また景気動向に敏感な業種が含まれる傾向にあります。一方でグロース株の代表的な業種は情報技術や電気機器、精密機器、医薬品などです。バリュー株とは逆に、比較的、景気動向に左右されにくい業種が含まれる傾向にあります。
景気サイクルを通して相互補完
そもそも、バリュー株とグロース株への資産配分がなぜ「分散」になるのですか。バリューの「割安」に対して、グロースは「高成長」です。「割安」の反対である「割高」ではありませんよね。それでも分散が効くメカニズムが知りたいところです。
金武 バリュー株やグロース株というのは、個別銘柄の特性に着目したミクロ経済的な分類です。一方で、実はマクロ経済の動向によって、相対的にバリュー株が有利な局面(バリュー株相場)やグロース株が有利な局面(グロース株相場)が存在します。そして、この両局面は主に景気サイクルに応じて順次入れ替わっています。このため、バリュー株とグロース株の双方に分散投資することで、景気サイクルを通じた相互補完関係が期待でき、リスク効率性を高めることにもつながります。
ではマクロ経済動向や景気サイクルとの関係について、具体的な例で見てみましょう。例えば、バリュー株は何らかの理由により株価が割安になっているわけですから、市場環境が不安定な局面ではなかなか手が出せません。逆に、景気回復局面や景気拡大局面など、市場環境が楽観的な局面では手が出しやすくなります。このためバリュー株は相対的に景気回復・拡大局面で有利となる傾向があります。言い換えると、市場全体が上昇する局面で、バリュー株はより上昇しやすい性質を持っているということになります。
一方で、グロース株には成長性が期待できるわけですから、景気の鈍化局面や低迷局面においても、相対的に景気サイクルに左右されにくい利益成長を求め、投資マネーが流入しやすくなります。このためグロース株は相対的に景気鈍化・低迷局面で有利になる傾向があります。市場全体が上昇しづらい局面で、グロース株はより上昇しやすい性質を持っているということになります。
よく「低金利はグロース株に追い風で、金利上昇はバリュー株に追い風」と言いますよね。これは低金利が経済成長率の鈍化・低迷への対応であり、金利上昇が経済成長の回復・拡大、その後の過熱への対策であるためです。
リターン特性が逆方向
ということは、バリュー株とグロース株ではリターンの特性が異なっているのでしょうか。
金武 いいポイントを突いてきましたね。その通りなのです。【図表1】【図表2】は、国内外株式のバリュー株とグロース株のリターン特性を比較したものです。横軸が市場全体のリターン(月次)で、縦軸がバリュー株もしくはグロース株の市場全体に対する超過リターン(月次)となります。
これによって、バリュー株は市場全体リターン(横軸)と対市場超過リターン(縦軸)とが同方向に動く傾向があります。一方でグロース株は逆方向に動く傾向があることがわかります。なおグラフ上の点線は、全体の傾向を示しています。右上がりの場合は市場全体リターンと対市場超過リターンが同方向であること、右下がりの場合は逆方向であることを示しています。
運用者を分けて委託することが重要
バリュー株とグロース株では、リターン源泉やリスク特性がかなり異なるのですね。
金武 そうです。実際の運用においても、分析手法や運用手法が変わってきます。このため、バリュー株とグロース株運用は、それぞれを得意とする運用者に分けて委託することが重要です。バリュー株とグロース株に分散したうえで、各運用スタイルにフォーカスした優秀な運用者に委託する。そのことが、より精緻なファクターへの分散効果を高め、さらなるリスク効率性の向上につながると考えられます。
さて、バリュー、グロースという概念規定、そしてファクター投資の有効な活用法はあるのでしょうか。
金武 バリューやグロースというのは株式におけるファクターの一部に過ぎません。グローバル株式市場には、これらとリターン源泉やリスク特性が異なるファクターが他にも存在します。またバリュー株やグロース株は、割安だから、あるいは成長性が高いから、より株価の上昇が期待できるという意味においては、ともにリターン向上効果が期待できるファクターと言えるでしょう。
次回は「リターン向上」とは対照的な働き、つまり株価の変動リスクや下値リスクを低減させる効果が期待できるファクターについて紹介します。
- バリュー株は純資産、予想純利益、配当のいずれに対しても株価が低いと考えられる銘柄。銀行、保険、自動車など伝統的で景気動向に敏感な業種が多い。グロース株は1株当たりの純利益と売上高の成長率が高い銘柄。情報技術、電気機器、精密機器、医薬品など景気動向に左右されにくい業種が中心
- バリュー株は市場全体が上昇する局面で、より上昇しやすい。グロース株は市場全体が上昇しづらい局面で、より上昇しやすい。バリュー株とグロース株双方に分散投資することで、景気サイクルを通じた相互補完関係が期待できる
- バリュー株とグロース株運用は、それぞれを得意とする運用者に分けて委託することが重要
次回は「クオリティ株と最小分散」(仮)
■【株式編・第3回】は9月17日(火)にお届けする予定です
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【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
エグゼクティブ コンサルタント
トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長
1995年、野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャー。2009年、BGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年、格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年、ラッセル・インベストメントで資産運用コンサルタント。慶應義塾大学理工学部卒業 早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了 日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事
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