これまで「債券編」として、企業年金にとって「主食」とも言える債券の基礎的な仕組みや運用上の留意点などについて、ラッセル・インベストメントのエグゼクティブコンサルタントである金武伸治さんに多角的に教えていただきました。
今回からは「株式編」です。企業年金にとって株式運用の持つ意味合いや今後の方向性、課題などについて、歴史的経緯なども踏まえながら、分かりやすく解説していただきます。

企業の成長が収益の元

企業年金の一般的な資産の内訳を大まかに示すと①債券②株式③オルタナティブ(その他資産)④短期資産(キャッシュ)ということになりますよね。債券の中に、生命保険会社による一般勘定を含めるケースも多いかと思います。
「株式編」を始めるにあたって金武さんに伺いたいのは、企業年金の資産にとっての株式運用の持つ意味合いです。そして、認識しておくべき債券と株式の違いについてもご説明いただけますか。

金武 年金資産運用における株式投資の意味合いとは、やはり主要な収益源泉であるということでしょう。債券利回りだけでは予定利率や目標リターンの達成が難しいなか、企業成長という収益源泉を持つ株式投資の必要性は大きいと思います。株式投資は短期的な価格変動を伴いますが、その一方で企業の日々の生産活動や将来に向けた研究開発が、長期的な収益を生み出す元となると考えられます。

では債券と何が違うのか。債券の主な収益源泉は利息収益(クーポン)であり、一方で償還価格=額面であることから価格収益は相対的に小さいです。それに対して株式の主な収益源泉は企業成長期待に基づく価格収益です。債券の利息収益に相当する株式の配当収益は、相対的には大きくないです。

年金資産の運用にとって最も重要な点は「債券編」でもお話ししてきた分散効果です。例えば、景気変動などのマクロ経済の動きが与える影響の度合いが株式と債券では異なることによるリターンの出方の違いが、分散効果として効いてきます。

一方で図表1が示すように、比較的安定している利息収益が主な債券と、変動性や不確実性を伴う価格収益が主軸の株式では、リターン水準の違いと同時にリスク水準が異なります。そしてリスク効率性(リスク当たりリターン)も異なることも認識しておくべき点となります。このため、ハイリスクの投資対象で長期的な目標リターンの達成を狙いながら、ローリスクの投資対象で安定性を保ち、そのバランスで全体のリスク効率性を高めるような分散投資が大切になります。

【図表1】株式と債券のリターン・リスクの違い
株式と債券のリターン・リスクの違い
外国株式:MSCI KOKUSAI 円ベース
外国債券:Bloomberg グローバル総合債券インデックス(除く日本円 円ヘッジ)
20%:80%:外国株式(20%)+外国債券(80%)の合成
分析期間:2002年4月~2022年3月(過去20年間) 数値は年率換算後
出所:Bloombergのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

株の比率は大きく減少

年金資産の構成比における株式の比重という点に関心があります。私どもの年金の政策アセットミックスですと、債券(生保一般勘定とキャッシュを含む)50%に対して株式は20%と半分以下です。しかし、過去にさかのぼると株式は倍ぐらいの時期もあったようです。

金武 政策アセットミックスにおける株式比率は、ポートフォリオ全体の目標リターン、個別資産の期待リターン、さらには企業年金ごとのリスク許容度などによって変わってきます。目標リターンが高いと株式比率が高まる傾向にあり、債券など安定資産の期待リターンが低い場合も、株式比率は高まる傾向にあります。

過去において企業年金の株式比率が相対的に高く、その後に低下傾向となった背景には主に以下の要因が考えられます。

  • 退職給付会計の導入により、企業のバランスシートにおける年金資産の運用リスクに対する認識が高まったこと
  • 2007年のサブプライム・ショックや2008年の世界金融危機(リーマン・ショック)以降、リスク許容度が低下し、予定利率が引き下げられたこと
  • 株式の高い変動性を嫌い、オルタナティブ運用に資産配分をシフトさせたこと
  • 年金財政の健全化や積立比率の向上により、無理してリスクを負う必要性が低下したこと

これらが重層的に、株式比率の引き下げをもたらしたと言えます。

ところで、厚生年金と国民年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が公表している運用資産の構成比は、株式と債券が半々ですよね。われわれ企業年金の姿とは随分隔たりがあります。

金武 企業年金連合会の企業年金実態調査(2020年度版)によると、国内の確定給付企業年金の平均政策アセットミックスは、図表2のようになっています。

【図表2】確定給付企業年金の平均政策アセットミックス
確定給付企業年金の平均政策アセットミックス
出所:企業年金連合会 企業年金実態調査(2020年度版)

一方で、GPIFは2020年4月より図表3のような基本ポートフォリオを策定しています。一般的な企業年金制度が積立方式であることに対して、GPIFは賦課方式です。このため、通常は現役世代が納める保険料で、その時々の高齢者世代に年金を給付しています。しかし一方で積立金も保有しており、さらに積立金については長期で取り崩すことが想定されているため、より長期的な運用が可能となります。長期的な目標ですから、短期的な価格変動を伴うものの、長期的な収益が期待できる株式への配分が可能になるわけです。

【図表3】GPIFの基本ポートフォリオ
GPIFの基本ポートフォリオ
出所:GPIF

運用の効率化がポイント

新型コロナウイルスの感染拡大への対応として、世界各国でかつてない規模で大幅な金融緩和や財政出動が行われ、いったんは大幅な金利低下が進みました。その後、米国を中心に徐々に金融が正常化。日本以外の多くの国々で金利が上昇し、「債券編」で見たように債券運用の環境が厳しくなっています。
では、その分を株式に回そうか――というと現状、そういった傾向は見られません。

金武 確かに、株式比率を高める傾向はほとんど見られません。主な背景としては、これまでの適温相場と呼ばれる株価上昇環境のなかで、企業年金の財政状況(積立状況)が相当程度向上したことにより、無理してリターンの強化を狙う必要性が低下したことがあげられます。また株式比率を高めることにより退職給付会計に影響を与えかねないこと。短期的な変動性が相対的に低く、長期的なリターンが期待できるプライベート資産投資が台頭してきたことなどもありますね。

ここまでの議論を前提にして、さて今後の株式運用をどう進めていったらいいのでしょうか。

金武 株式運用の効率化、つまりリスク効率性をいかに向上させるか――をポイントに考えてみたいと思います。効率化の基本として、やはり分散投資があげられます。では株式運用における分散投資とは何を意味するのでしょうか? 株式運用の世界では、株式をその特性や収益源泉に応じて、いくつかの種類に分類しています。
例えば、

  • 株価が割安であると考えられるバリュー株
  • 利益成長性が高いと考えられるグロース株
  • 利益や財務の質が高いとされるクオリティ株
  • 株価変動性が相対的に低いとされる低ボラティリティ株

――などです。

これらは収益源泉やリスク特性が異なることから、分析手法や運用手法も違います。これらの分類軸をファクターと呼び、バリュー株投資など特定のファクターに着目した運用手法をスタイルと呼びます。
次回以降では、ファクターごとの特徴や留意点などを整理し、それらに分散投資することの意義について考えてみたいと思います。

  • 債券利回りだけでは予定利率や目標リターンの達成が難しいなか、企業成長という収益源泉を持つ株式投資の必要性は大きい
  • 株式などハイリスクの投資対象で長期的な目標リターンの達成を狙いながら、債券などローリスクの投資対象で安定性を保つ。そのバランスで全体のリスク効率性を高めるような分散投資が大切
  • 株式運用そのものの分散投資も重要。バリュー、グロース、クオリティ、低ボラティリティなど収益源泉やリスク特性が異なったファクターを、その特質を踏まえつつ戦略的に組み合わせることがポイント
■この連載は毎月10日ごろと30日ごろに配信します。次回は8月10日の予定です。
■質問や要望をJ-MONEY編集部(inquiry@j-money.jp)までお寄せください。今後の連載に生かしていきたい考えです。

金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部 エグゼクティブコンサルタント

1995年、野村総合研究所に入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。以来、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)、同社と経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト。2015年から格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年3月から現職。 慶應義塾大学理工学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事

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