企業年金の常務理事や運用執行理事など、年金資産運用の責任者や担当者に就任したばかりの方々のために、年金運用の「基礎の基礎」を、ラッセル・インベストメントでエグゼクティブコンサルタントを務める金武伸治さんに解説していただく連載。今回は「債券」編番外の「マーケット温故知新」で債券マーケットの過去を振り返ります。

これまで、年金資産の運用を基礎から学ぶ取り組みとして「主食」とも言える債券について計5回、金武さんから多角的に教えていただきました。

具体的には
① 金利上昇でなぜ債券価格が下落?
② 債券投資には分散効果があり、金利上昇の備えにも
③ 米国債は多様性が大きく収益増やリスク分散に寄与
④ 金利と信用、2つのリスク分散が肝心
⑤ 金利の年限は複雑で、市場参加者や決定要因で債券価格に違い
――といったラインアップでした。

今回は債券マーケットの過去から、現状や今後を洞察する視座を提供したいと考えました。題材は日本の国債です。為替のリスクはないし、保有者の多くは国内。何となく「安定資産」とみなされていますが、本当にそうなのか。あえて「常識」を問い直してみたいと思います。

国内は今後に金利上昇の可能性

米国などで金利が上昇する一方、日本銀行の金融政策もあって、これまでのところ日本は低金利のままです。日米の金利差がさらに拡大することで為替のヘッジコストも増大するわけですよね。そうなると今後は国内債券のほうが魅力的、ということになりませんか。

金武 確かにヘッジコストの高まりは、ヘッジ外債の投資魅力度を低下させてしまいます。また利上げ局面では、長期金利の上昇も懸念されます。つまりヘッジ外債には、ヘッジ後利回りの低下と、金利上昇による価格下落リスクという2つのデメリットが生じているように見えるのは事実です。

しかし一方で、現在の国内金利が既に相当低いことを考えると、ヘッジ外債の利回りと、国内債券の利回りの間に大きな差はない、ということでもあります。従って、ヘッジコストの高まりが直ちに、国内債券にとってのメリットにはならないと考えられます。また、ヘッジ外債のなかでも投資適格社債などでは、国内債券を上回る利回りの物もありますよ。

ということは、利回りの観点では両者引き分けですか。金利上昇リスクの観点ではどうですか。

金武 今後の金利上昇余地と、その逆の金利低下余地をどう見るか、ですね。米国などと違い、国内金利については現状、上昇局面にはありません。ということは、今後に金利上昇が起こる可能性があるということです。この点には注意が必要です。

また、市場が何らかのショックに見舞われたときのことを想像してみましょう。金利上昇局面に入っている米国債などは、金利低下の余地イコール債券価格の上昇余地があります。一方で、国内債券は金利低下余地が乏しいわけですから、価格上昇の余地もそれだけ少ないということになります。ここは、株式からの分散先をどこに求めるか、という観点でも注意したいですね。

ただ、ここまで相当長い期間ずっと低水準で推移し、上下の動きにも乏しかった国内金利です。ここから先、大きく上昇するような可能性は本当にあるのでしょうか。

金武 まさに「温故知新」となりますが、ここで過去に国内金利が短期間で大きく上昇したケースを振り返ってみたいと思います。

図表1をご覧ください。1990年代後半以降で、国内では象徴的な金利上昇ショックが2回ありました。1998年終盤から1999年初めにかけて発生した資金運用部ショックと、2003年半ばに発生したVaR(バリュー・アット・リスク)ショックです。

この2つのショックは、歴史的な金利の低水準化の後で発生した点と、政府や中央銀行による金融政策の変化が背景にあった点で共通しています。

【図表1】日本国債利回り(10年物)
日本国債利回り(10年もの)
出所:Bloombergのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

需給悪化の懸念が引き金


資金運用部というのは旧大蔵省、今の財務省の関係ですね。

金武 そうです。郵便貯金や厚生年金・国民年金の積立金の預託を主な原資にして、国債の引き受け、政府・地方自治体への貸し付けなどを行なっていた資金のことです。2001年に廃止され、現在は財政融資資金と改められています。

政府は財政投融資改革の一環として、1998年12月に国債買い入れの停止を発表。これを引き金にして、日本国債の需給悪化懸念が急速に広がりました。さらに当時、速水優・日銀総裁が金利上昇を容認する発言をしたことなどから、図表2のように10年物の国債利回りが0.77%から2.43%へ1.7%も上昇しました。

【図表2】資金運用部ショック(1998年~1999年)前後の日本国債10年物の利回りの推移
資金運用部ショック(1998年~1999年)前後の日本国債10年物の利回りの推移
出所:Bloombergのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

VaR。難しい専門用語ですね。四半期報告などで予想最大損失額のこと、という説明を聞くことがあります。

金武 現在持っている資産を今後も一定期間持ち続ける前提で、株価や金利などの変動にさらされることによって、どのくらいの損失を被る可能性があるか。それを過去のデータを基に統計的に測る手法です。

VaRショックは2003年6月に起きました。当時は低金利政策を背景に、銀行などが利回りを求めて、保有する国債の年限の長期化を進めていたのです。そうして金利が歴史的な低水準となるなかで、国債入札の結果がやや低調であったことに端を発して需給悪化の懸念が起きました。そのことによって国債の価格変動幅が上昇し、国債を大量に保有していた銀行のVaRの値がリスク管理上の上限に到達。これが引き金となって、国債の売りが売りを呼ぶような事態になってしまいました。

このため、図表3のように10年物利回りが、当時は過去最低水準だった0.43%から1.62%にまで一気に急上昇。債券価格は歴史的な暴落を記録する結果となりました。それまでの金融緩和によって、利回りが歴史的な低水準まで押し下げられていました。そこへ、需給バランスが崩れたことをきっかけにして、金利が短期間で大きく上昇したわけです。

【図表3】VaRショック(2003年)前後の日本国債10年物の利回りの推移
VaRショック(2003年)前後の日本国債10年物の利回りの推移
出所:Bloombergのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

現在と似た市場心理

当時のマーケットの心理状態というか、市場参加者はどんなことを考えて投資行動をしていたのでしょうか。

金武 経済成長率や物価上昇率、財政収支といった経済のファンダメンタルズでは説明できないような人為的な低金利水準に、債券運用者の多くは気持ち悪さを感じていました。しかし、政府や日銀の強い後ろ盾があると信じて、超低金利環境下にもかかわらず、債券運用を続けていたのです。

それが、金融当局や日銀の発言などをきっかけに、肝心の後ろ盾に対する不安が増大。それが猛烈な勢いで金利を押し上げてしまいました。後ろ盾に対する市場心理や信任の程度などは、現在の状況と類似していると私は感じます。

この2つのショックはなかなか教訓的ですね。この当時と現在とで、日本国債の特徴の違いなどはありますか。

金武 当時と比べると、債券インデックスのデュレーションが長くなっています。金利の変動に対する感応度が高くなっているということですね。また、この20年ほどの間に日本という国の財政状況が悪化し、債務比率が高まったことから、信用面でのリスクも増大しています。こういったことにも注意が必要です。

日本の国債は現時点で、デフォルトつまり債務不履行になるとは意識されていないと思います。満期には元本がきちんと償還される、という意味では依然「安全資産」でしょう。一方で、これまでにご説明してきたように、決して小さくない価格変動を経験したことから「安定資産」とは言い難い過去があった、ということも事実です。

最後に付け加えたいことが1つ。企業年金における予定利率は、円金利をベースにした利率です。母体企業のPBO(退職給付債務)も円金利に対する感応度を持っています。このため本来的には、なるべく円金利ベースでの運用をしたいところです。となると、将来的に円金利が上昇し、仮に予定利率に近づいた場合、「国内債券に主役交代!」という時代がやって来るかも知れません。

■この連載は毎月10日ごろと30日ごろに配信します。
■次回からは株式編がスタートします。7月29日、第1回「企業年金運用にとって株式とは」をお届けする予定です。
■質問や要望をJ-MONEY編集部(inquiry@j-money.jp)までお寄せください。今後の連載に生かしていきたい考えです。

金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部 エグゼクティブコンサルタント

1995年、野村総合研究所に入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。以来、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)、同社と経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト。2015年から格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年3月から現職。 慶應義塾大学理工学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事

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