2022年4月から始まった本連載は債券、次に株式を採り上げ、基礎的なところから、やや応用編的な範囲までラッセル・インベストメントの金武伸治さんから学んできました。この間、読者の方々から質問が寄せられ、特に関心が高いのが①ベンチマークの仕組みや有効性②パッシブとアクティブの違い──の2つでした。これらは債券、株式に共通したテーマでもありますので、「債券・株式 共通番外編」として今回から2回、金武さんに伺っていきます。その後、共通番外編【マーケット温故知新】として、金融市場全体が過去に経験した大きなショックについて解説を予定しています。

ベンチマークの利用法は2種類

私が企業年金基金の常務理事に就いて最初に違和感を覚えた用語が「ベンチマーク」でした。運用商品の四半期報告などで、「前月比マイナスですが、対ベンチマークではプラスです」といった説明を受けて、「マイナスなのにプラスなの?」と戸惑った記憶が鮮明です。

金武 まず、基本概念からおさらいしましょう。

ベンチマークとは投資対象の国別構成や業種構成などの特性を把握する際や、リターンやリスクなどのパフォーマンスを計測する際に利用される銘柄構成のことです。

例えばMSCI Worldインデックスは、先進国の大型株式銘柄を組み入れの対象として、時価総額の比率で構成されています。

年金資産運用においてベンチマークには、下の図表1のように、大別して2種類の利用法があります。

【図表1】年金資産運用におけるベンチマークの利用法
政策ベンチマーク
(ポリシー・ベンチマーク)
  • 政策アセットミックスの各資産クラスに設定
  • 個別資産クラスの期待リターンやリスク、相関係数などを推定する際の前提として利用
ベンチマーク
(マネージャー・ベンチマーク)
  • 各運用商品に設定
  • 個別運用商品の実績リターンやリスクなどを評価する際の基準として利用

上のマネージャー・ベンチマークに関して、パッシブ運用であれば、ポートフォリオの収益率がベンチマークにどれだけ連動しているかの指標である「トラッキングエラー」を、アクティブ運用であれば、ポートフォリオの収益率がベンチマークにどれだけ優位であるかの指標である「アクティブ・リターン」や「アクティブ・リスク」を評価するために利用されます。

うーん。ちょっとむずかしくなってきました。具体例で教えてください。

金武 そうですね。では、政策アセットミックスのグローバル株式資産クラスで、先進国株式に80%程度、新興国つまりエマージング株式に20%程度投資するとします。

この場合、先進国を投資対象とするMSCI Worldインデックスと、新興国を対象とするMSCI EMインデックスを80:20の割合で加重平均した複合ベンチマークを、政策ベンチマークとして設定することが、ひとつの方法と考えられます。そして運用商品として、エマージング株式アクティブを採用したとします。

この場合、MSCI EMインデックスをこの運用商品に対するマネージャー・ベンチマークとして設定し、アクティブ・リターンやアクティブ・リスクを計測して、運用成果を評価することになります。

市場全体の動向を模倣

ベンチマークの使われ方は分かりました。では、ベンチマークのしくみを説明していただけますか。

金武 最も一般的なベンチマークとは、投資対象市場の全体を模倣できるものです。

市場には時価総額が大きい銘柄から小さい銘柄までが存在し、それらが市場全体を形成しています。模倣とは、個別銘柄のリターンを、その銘柄の時価総額で加重平均することにより、市場全体を表すことを意味しています。このようなベンチマークを時価総額加重型と呼びます。

時価総額加重型が最適とされる理論的な考え方としては、CAPM理論Capital Asset Pricing Model:資本資産評価モデル)が挙げられます。市場が効率的であれば、時価にはあらゆる情報が瞬時に反映されるため、個別銘柄をその時価総額構成比で保有すること(時価総額構成比ポートフォリオ)が最も効率的、つまり、リスク当たりリターンが高いとする考え方です。

しかし、この考え方は一般的であるものの、完全なものではありません。

反論としては、①ベンチマーク全体が、時価総額の大きい少数銘柄の影響を大きく受けることがあるため、十分に分散されたポートフォリオ(≒最適ポートフォリオ)とは言えない②価格が上昇して割高化した銘柄の比率が高く、価格が下落して割安化した銘柄の比率が低い傾向があるため、効率的なポートフォリオとは言えない──などという考え方があります。

実際に、GAFAM+TESLA(※)の合計ウエートは、2021年12月末時点でMSCI Worldインデックスの約16%、そこから日本を除いたMSCI Kokusaiインデックスでは約18%にまで拡大しました。つまり、アクティブ運用でMSCI Worldインデックスに勝つためには、ひとつの方法として相当程度に割高化していた(そして、その後急落した)GAFAM+TESLAをオーバーウエートすることになります。

これらの議論を受けて、等金額加重型や経済規模(GDP)加重型のベンチマークも考案されましたが、それらが最適であるというわけでもありません。

下の図表2は、あくまでイメージですが、効率的フロンティア(有効フロンティア)と、時価総額構成比ポートフォリオなどの位置関係を示したものです。

効率的フロンティアとは、複数の資産について、同じリターンなら最もリスクが低く、同じリスクなら最もリターンが高くなる組み合わせを描いた曲線です。この曲線の上に最適ポートフォリオがあるのですが、時価総額構成比ポートフォリオが曲線上にはないことを示しています。

【図表2】時価総額構成比ポートフォリオと最適ポートフォリオ例(イメージ図)
時価総額構成比ポートフォリオと最適ポートフォリオ例(イメージ図)
※上記はイメージ図であり、現実を忠実に反映したものとは限らない

債券ベンチマークには別の課題

ここまで株式ベンチマークの説明が中心でした。債券ベンチマークの概要と課題があれば教えてください。

金武 債券ベンチマークにおいても、一般的には時価総額加重型が利用されています。

しかし、債券の場合、債務残高(≒債券発行残高)が多い国や企業ほどベンチマーク構成比が高まるので、借金が多い国や企業ほどベンチマークに多く組み入れられてしまうのです。実際に欧州では、経済規模が大きいドイツよりも、相対的に経済規模が小さく債務残高が大きい(加えて格付が低い)イタリアの方が、時価総額加重型ベンチマークでは構成比が高くなっています。

また、長期の借り入れが多い(借金の期間が長い)ほど、その国や企業のデュレーション(≒金利感応度)が高まります。

株式と同様に、時価総額加重型の欠点を補うため、経済規模加重型や財政健全度加重型などのベンチマークも考案されました。しかし、債務残高が少なく財政健全度が高い国は、債券の発行残高も少ないため流動性が低いなど、それらが最適であるというわけでもありません。

定性的に「勝ち方」を評価

継続的で一定した評価基準がないと、ポートフォリオや運用商品の良し悪しは判断できませんよね。でも現実のベンチマークには課題もある。どうすればいいのでしょう。

金武 ご説明してきたように、広く一般的に利用されている時価総額加重型ベンチマークにも様々な課題があります。しかし、それ以上に最適なベンチマークが確立されているわけでもありませんので、ベンチマークを変更することは現実的ではありません。

このため、アクティブ運用商品の能力を評価するうえでは、ベンチマークの特性をよく理解しておくことが重要となります。

加えて、定量的なアクティブ・リターンやアクティブ・リスクだけを見るのではなく、どのような投資判断を行い、どのように超過リターンを創出したのか。つまり、「勝ち方」という定性的な評価が、特に再現性を見極めるうえでは重要になります。

年金負債との連動性を考慮

最後に、政策アセットミックスを策定する時に工夫すべきことをお聞きします。

金武 特に債券の政策ベンチマーク選定にあたって、考慮したい点があります。

それは年金負債との連動性で、企業年金が持つべきデュレーションは、市場ベンチマークのデュレーションとは一致しないということです。

日本の場合、低金利環境が長く続いているため、これまで本格的に検討する機会は、ほとんど無かったかと思います。しかし、日本の金利が上昇した(正常化した)際には、検討に値することです。

どういうことですか。

金武 市場金利が予定利率に対して適切な水準にある場合、年金負債のデュレーションと債券資産のデュレーションを合わすことは、資産負債管理(ALMAsset Liability Management)の観点から大きな意味を持ちます。

例えば、金利が低下すると年金負債の額は増加します。退職給付債務の場合、割引率が低下することにより、退職給付見込み額の現価換算額は増加しますよね。

しかし、金利低下によって債券資産額も増加することが想定されます。

そうすると年金負債額の増加のうち、一定程度は債券資産額の増加で賄うことが可能となります。

ここで重要となるのが、金利が低下した際に、年金負債の額がどれだけ増加するかを示す金利感応度と、債券資産の金利感応度をあらかじめ合わせておくことです。つまり、デュレーションを合致させておくことが適切ということです。

実際はどうかというと、一般的な年金負債のデュレーションと比較すると、債券市場の平均デュレーションはかなり短い。従って、債券の政策ベンチマークとして、債券の市場ベンチマークが必ずしも最適とは言えないことになります。

現在は低金利下にありますが、将来的に国内金利が上昇し、それに応じて年金負債の評価額が減少したタイミングで、債券の政策ベンチマークをどうするか。こうした点を検討することは有益であると思います。

※Google(持株会社Alphabet)、Amazon、Facebook(現Meta)、Apple、Microsoft

  • 年金資産運用の「ベンチマーク」は2種類。債券や株式など各資産クラスに設定される政策ベンチマーク(ポリシー・ベンチマーク)と、各運用商品に設定されるベンチマーク(マネージャー・ベンチマーク)
  • 債券、株式とも最も一般的なベンチマークは時価総額加重型。ただし、①株式では時価総額の大きい少数の銘柄の影響を大きく受けてしまう②債券では債務残高が多い国や企業ほどベンチマークに多く組み入れられてしまう──といった問題を抱えている
  • 将来的に国内金利が上昇した場合、債券の政策ベンチマークを選ぶ際には、年金負債と債券資産のデュレーション(金利感応度)を合わせることが肝要
■この連載は毎月10日ごろと30日ごろに配信します。次回は11月30日に債券・株式共通番外編 第2回「パッシブとアクティブ」をお届けする予定です。
■質問や要望を下記フォームよりお寄せください。今後の連載に生かしていきたい考えです。

金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部 エグゼクティブコンサルタント

1995年に野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年からバークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャ。2009年にBGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年から格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年から現職。 慶應義塾大学理工学部卒業、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事

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