学校法人や金融法人で新たに資産運用に携わることになった方々向けの新企画「機関投資家ゼロからの資産運用」。今回は債券編の第2回です。金利などの市場環境が「逆境」であったとしても、機関投資家にとっては債券投資を継続する意味合いは無くならない。このことが長期安定投資の「常識」とされてきた理由や背景を、ラッセル・インベストメントの金武伸治さんに伺います。

「利回りクッション」の効果

まず前回の整理から。金利上昇で債券価格が低下する仕組みがわかりました。近年でも、主要先進国は軒並みインフレに突入。これを抑制するために各国中央銀行が政策金利を引き上げたことから、長期金利も上昇し、債券価格が下落したわけですね。

金武 その通りです。金利が上昇すると債券価格は下落してしまいます。ここで、金利上昇と債券価格の下落に関連した基本的なポイントを2つ紹介します。1つ目は「利回りクッション」という考え方です。(ちなみに、この連載での「利回り」とは、「現在から償還までの平均利回りである『最終利回り』」のことです)

これは、債券の収益には利回り収益と価格収益がありますが、価格が下落してもプラスの利回り収益がマイナスの価格収益を一定程度カバーしてクッションの役割をしてくれるというものです。【図表1】は利回りクッションのイメージです。残存年数5年、利回り3%の債券に1年間投資した最後に金利が0.5%上昇した場合、価格収益は▲2.5%(≒金利上昇幅×残存年数)となります。しかし、利回り収益が3%あるため債券収益は0.5%となります。

【図表1】「利回りクッション」のイメージ
「利回りクッション」のイメージ
出所:ラッセル・インベストメント作成

2つ目は、金利が上昇した時は一時的に価格収益がマイナスとなりますが、同時に利回りが上昇しているため、それ以後の利回り収益は高まるというものです。

複数インデックスへの分散投資も効果的

債券ファンドの説明の際によく耳にするのが「ウィグビー」(WGBI)。あと「グローバル総合」も。これらのインデックスの仕組みや意味を教えてください。

金武 WGBIは「FTSE世界国債インデックス」が正式名称で、先進国の国債のみで構成されています。グローバル総合インデックスは複数ありますが、その中で最も一般的なのは「ブルームバーグ・グローバル総合債券インデックス」です。先進国の国債以外にも「投資適格」とされる一定の格付以上の政府関連債や社債、そのほか新興国が対象のエマージング債、住宅ローンなどを担保とする資産担保債などといった総合的な債券種別で構成されています。

相対的にWGBIは信用度が高いため、安全資産としての性質が高く株式との分散効果が期待できる一方で、利回りは低くなります。グローバル総合は一定程度の信用リスクを持つため、利回りが高まる一方で、株式との分散効果は低くなります。またWGBIは平均格付が高く、残存年数やデュレーションが長いという性質があります。投資目的や役割に応じて、これらのインデックスに分散投資することがポイントですね。

「キャリーロールダウン」の意義

前回学んだ「ロールダウン効果」、つまり債券の残存年数が短くなるだけで利回りは自動的に低下する。これが債券価格の上昇に効く、ということでした。ロールダウン効果のほうは、金利上昇でどう機能するのですか。

金武 ロールダウン効果は、利回り(キャリーといいます)とロールダウンを合わせて、金利が変化しない時の収益を意味する「キャリーロールダウン」として扱われることが多いです。キャリーロールダウン効果が高い年限とは、金利水準が既に他の年限よりも高いことを意味しています。従って【図表2】が示すように、利回りクッションが高いことに加えて、金利が全般的に上昇する局面でも、その年限の金利上昇幅は相対的に小さいことが想定されます。つまり、キャリーロールダウンが高い年限の債券を持つことは、相対的に金利上昇に備えている、ということになります。

【図表2】キャリーロールダウン効果の変化
【図表2】キャリーロールダウン効果の変化
出所:ラッセル・インベストメント作成

「リスク低減」も重要な目的

しかし、代表的なインデックスや多くの債券ファンドは、超低金利に張り付いていた時だけでなく、最近までのように金利が大きく上昇した際にも収益率はマイナス傾向でした。こういう状況であっても、債券に投資を続けたほうがいいのでしょうか。

金武 債券投資の主な目的は2つです。1つは利回りの享受であり、もう1つは株式との分散効果です

利回りの享受については、金利水準によって、その投資魅力度や効果が変化します。しかし、投資には収益面以外でもリスク低減という重要な目的があります。一般的な資産運用の場合、株式投資が主な収益源となるため、株式投資は継続することが求められます。でも、時として株式価格は大きく下落することがあります。このような局面で、安全資産として資産全体の損失を低減してくれるのが、株式と逆相関の関係にあるとされる債券です。株式投資の継続と債券投資の継続はセットで捉えるべきですね。債券投資のみの収益やリスクにとらわれず、資産全体で考えることが重要です。

債券でもう一つ教えてください。国内債と海外債の違いです。それぞれ保有する上での意味合いなど、どう考えればいいのでしょう。

金武 債券投資に関して、国内と海外には様々な考慮すべきポイントがあります。例えば金利水準の違いや為替リスクの存在、また債券種別の多様性といった点です。これらについては次回、じっくり解説しましょう。

  • 債券の収益源泉は利回りと価格の2つ。価格が下落しても、プラスの利回り収益が価格のマイナス部分を一定程度カバーする。これが「利回りクッション」
  • 利回り(キャリー)とロールダウンを合わせた「キャリーロールダウン」が高い年限の債券は、相対的に金利上昇への耐性がある
  • 債券投資の主な目的は「利回りの享受」と「株式との分散効果」。リスク低減の観点からも、通常は株式と逆相関関係にある債券投資は重要

次回は「なぜ米国債に多く投資するのか」(仮)

■【債券編・第3回】は6月17日(月)にお届けする予定です
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金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部 エグゼクティブコンサルタント

1995年、野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャ。2009年、BGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年、格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年から現職。 慶應義塾大学理工学部卒業、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事

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