知りたい!隣の企業年金・第38回 倉庫業企業年金基金——給付利率引き上げ、DBの魅力発信〜「金利ある世界」に先んじて2.0%から3.5%へ
文字通り倉庫業を営む中堅・中小企業を主な事業所とする総合型の倉庫業企業年金基金を訪ねました。同基金では、加盟企業がコロナ禍による廃業などもあって一時、任意脱退が続いたと言います。三菱UFJ信託銀行の年金営業担当から転身した大川光幸(おおかわ・みつゆき)常務理事は「確定給付であるDBの魅力を改めてアピールしたい」と考えて直近、年金給付利率を大幅に引き上げました。

倉庫業企業年金基金の概要
- 東京都中央区東日本橋1丁目
- 設立年月/1973年に東京倉庫業厚生年金基金、2017年5月に代行返上し現基金
- 事業所数/175
- 資産総額/120億円
- 加入者/5937人 受給者/2538人
- 予定利率/2.9% 期待運用収益率/2.9%(実践ポートフォリオは2.5%)
(いずれも2025年8月1日現在)
「コロナ廃業」などで任意脱退が発生
倉庫業というと正直あまり馴染みがありません。事業所の規模などはどういった現状なのですか。
大川 極端な例で言うと、本業の廃業などで加入者がゼロという「ゼロ人事業所」もあります。最大の事業所でも加入者は400人弱、平均で70人弱です。総合型基金の本来の姿である中堅・中小企業のための組織ということになりますね。
物流の拠点ということですと、人やモノの流れに大きくブレーキがかかったコロナ禍は大変だったのでは。
大川 他の産業に比べると影響度合いは低かったと思います。しかし、倉庫業から不動産管理業に転換するなど、あの数年間で廃業する事業所が続きました。また、倉庫業から業態転換していった企業などでは、任意脱退するケースも多少ありました。その後、コロナ禍から経済が回復しても任意脱退はなお年に1、2件ほど。もちろん、新規加入を促すなどの対策は講じたのですが、なかなかうまくいきませんでした。
なぜでしょう。
大川 当基金は、代行返上前の2003年に年金給付を減額しました。多くの企業年金同様、1999年から3年続いてマイナス運用に陥ったためですが、当時は事業所からの掛金を引き上げて年金財政を補填したのです。それ以来、少なくない事業所が負担増への不満を持ち続けていたことも、事態が改善しない原因ではありました。またコロナ禍の中、新規の事業所編入は「それどころではない」という状況でもありました。
代行返上後は健全な財政状況になったわけです。しかし既存の事業所にとっては、何もトラブルが起こらないので関心が低くなってしまった。財政が健全であることのメリットを感じてもらえないということになり、全体として停滞感がありました。
DBのメリット、「正攻法」でアピール
そこで、何らかの対策が必要と感じた、と。
大川 ええ。当基金はキャッシュバランスプランを採用しています。ですので、加入者一人ひとりに設けられた掛金と利息の合計額である「仮想個人勘定残高」を1.1倍にすることにしました。加えて、多くの事業所や加入者にしっかりアピールするために「年金給付」をもっと魅力的にする必要があると考え、給付利率の引き上げに踏み込むことにしました。それまで2.0%だったのを、2025年4月から一気に3.5%へ引き上げたわけです。検討の過程では「疑似キャッシュバランス」も検討しました。しかし、代行返上時に導入していなかったため、理解が進まないのではという懸念もありました。そこで、シンプルに3.5%の固定でいくことを決断したのです。
「金利ある時代」に先んじての「王道」ですね。
大川 そうかもしれません。また、今回は「健全な財政状況を事業所にも還元したい」という思いが強くありました。そこで、予定利率を2.0%から2.9%に引き上げることによって、事業所からの掛金率を1.0%から0.9%に下げました。幸い、当基金は「非継続基準」による積立比率が2025年3月末時点で2.04倍と、総合基金ではトップクラスです。この財政の健全性を生かす良い機会だとも考えました。
実践ポートフォリオは「安全運転」
| 年度 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 | 平均 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 実績% | 4.43 | 1.10 | -3.35 | 12.31 | 1.78 | -0.37 | 8.60 | 0.85 | 3.06 |
【図表1】を拝見すると、過去の平均でも既に新しい予定利率を超える実績だったのですね。
大川 そうなのです。当基金は負債の2倍の資産がありますので、梃子(てこ)の原理も使えます。したがって無理せず「安全運転」で十分、積立比率の引き上げを担保できると考えました。そこで直近2025年8月1日付で「実践ポートフォリオ」を掲げ、ここでは期待収益率を2.5%、標準偏差を3.5%と設定しました。実践ポートフォリオの内訳は【図表2】の通りです。
| 構成割合 | 上下限 | |
|---|---|---|
| 国内債券 | 24% | 0~28% |
| 国内株式 | 7% | 1~21% |
| 外国債券 | 10% | 3~23% |
| 外国株式 | 7% | 1~21% |
| 短期資産 | 2% | 0~10% |
| 生保・一般勘定 | 20% | 15~25% |
| オルタナティブ | 30% | 25~35% |
銀行を自主退職して倉庫業基金へ

オルタナティブは必要。だが気になる「不透明さ」
キャリアを伺うと、信託銀行から総幹事先への出向というよくあるパターンかなと思ったのですが。
大川 これは珍しいと思いますが、違うのです。倉庫業基金は確かに私が担当していて、当時の常務理事と「二人三脚」で代行返上に取り組みました。その後、東京都庁から厚生労働省を経て常務理事となっていたその方から「後を継いでほしい」と懇請されました。私は当時48歳。逡巡が全くなかったわけではありません。でも、その思いを受け止めて銀行を退職する決断をして、基金に移ってきました。
攻守ところを変えて、年金資産の運用をされているわけですが、立場が変わって感じることはありますか。
大川 「売る」から「買う」に回って最近特に気になるのが、オルタナティブ商品の「不透明さ」です。何かおかしなものに投資している、ということではありません。そうではなくて、為替ヘッジの詳細とか、キャピタルコールに応えられなかったときのペナルティーなどの「約束事」についてです。こうしたことが約款にきちんと書かれていなかったり、営業担当者が説明できなかったり。こちらが疑問を感じて、さんざんキャッチボールした挙げ句にようやく判明する。オルタナティブはリスクやリターンの補強に不可欠ですが、こうした点に関して正直困っています。
複雑だったり、新しい仕組みだったりする運用商品を、営業担当者がきちんと説明できない。そういったケースは私自身も何度か経験しています。
大川 私を含めて、かつての営業担当者は単に商品を売るだけでなく、制度の変更や改善なども併せたソリューションの提案に努めていたと思います。いわば「ワンストップ営業」が目指すべき目標でした。でも今は、商品のバラ売りに堕していないだろうか。信託銀行や生保だけでなく、金融機関全体の人材に対する「評価軸」が変わってしまったような気がしています。
「知りたい!隣の企業年金」は毎月20日ごろの配信を予定しています。

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
980年、朝日新聞社に入社。金沢支局で記者生活をスタート。その後、整理部記者として紙面編集を担当。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長、朝日ビルディング社長を経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。2022年4月から現職
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