年金資産運用・基礎の基礎 【オルタナティブ編 第1回】オルタナティブって何?〜債券や株式の「伝統的運用」を補完
2022年4月にスタートしたこの連載は、債券のそもそもの仕組みから始まり、7月からは株式を採り上げました。その後、債券と株式に共通する「ベンチマーク」や「パッシブとアクティブ」などについて、普段はなかなか知る機会のない歴史をひもとき、運用に資する基礎知識から若干の応用まで学んできました。今回からは、「オルタナティブ編」です。債券や上場株式といった、企業年金にとっての「伝統的資産運用」を補完する資産についてのシリーズです。今回も、企業年金のベテランのコンサルタントであるラッセル・インベストメントの金武伸治さんに、朝日新聞企業年金基金で資産運用を担当していた阿部圭介(J-MONEY論説委員)が「基礎の基礎」から伺っていきます。
最初は「オルタナ」=ヘッジファンド
「オルタナティブ」という言葉自体は、私も企業年金基金に着任して直ちに耳にしました。この世界での最頻出単語の1つだと思いますが、「オルタナティブ運用」がいつから、どんな理由で始まったのか伺いたいと思います。
金武 「オルタナティブ(alternative)」とは、「代替の・代わりとなる」という意味を持ちます。資産運用の世界においては、何の代替や代わりとなるのでしょうか?
それは伝統的な資産運用に対する代替です。オルタナティブ運用自体の歴史は不動産投資にせよ、ヘッジファンド投資にせよ非常に長いのです。ヘッジファンドは1950年頃に誕生し、1960年代に拡大したと言われています。
一方で、日本の企業年金が導入し始めたのは2000年代初頭あたりです。当時、株式運用はITバブルの崩壊によって厳しい環境でした。2000~2002年度は、企業年金(当時は主に厚生年金基金)の平均的な運用実績が3年度連続マイナスとなった時期でした。
債券運用についても、日本国債の利回りが1%を切り、低金利化と金利上昇懸念という運用難に悩む時期でした。こういった状況から、市場リスクを低減しながら、運用者の運用能力、つまり銘柄選択によって絶対リターンを追求するヘッジファンドが注目されるようになったのです。
「資産」と「戦略」 2つの代替
最初は「オルタナティブ運用=ヘッジファンド」だったのですね。それでは、オルタナティブ運用のそもそもの定義を教えてください。
金武 さきほどオルタナティブ運用を、伝統的な資産運用に対する代替と言いましたが、伝統的運用に対する代替として、大きくは2つの代替があります。
1つは「資産」としての代替です。つまり、伝統的資産としての株式や債券に対する代替です。例えばプライベート資産などで、これらを代替資産またはオルタナティブ資産と呼びます。
もう1つは「戦略」としての代替です。つまり、伝統的戦略である買い持ち(ロングと呼びます)に加えて、売り持ち(ショートと呼びます)も併用する戦略です。例えばヘッジファンド戦略などであり、代替戦略またはオルタナティブ戦略と呼びます。
これら2つの具体的な分類を下の図表1で示します。
オルタナティブ資産の不動産投資などは想像しやすいですが、オルタナティブ戦略は全般的に想像しづらいです。売り持ち(ショート)とは何ですか。
金武 前回の「パッシブとアクティブ」編で、アクティブファンドの運用者は、個別銘柄のポジティブ情報と同時にネガティブ情報も入手し得ることをお伝えしましたね。
そこではネガティブ情報について、通常のアクティブ運用ではベンチマーク構成比に対するアンダーウェイトでしか活用することができず、その効果は限定的であることを説明しました。このため、ポジティブ情報のように投資判断に対する自信あるいは不確実性の程度に応じて、適切な大きさでポジションを構築するためには、ネガティブ情報に対してショートが必要になるのです。
では、ショート・ポジションはどのように構築するのでしょうか?
それには「空売り」という手法があります。空売りとは、自分が持っていない銘柄の株式を借りてきて、それを市場で売却するという手法です。
空売りの場合、一定期間の後、借り手は貸し手に現物を返却しなければなりません。そのため借り手は、市場でこの銘柄を購入し、貸し手への返却に充てます。ここに、ネガティブ情報を活用できる仕組みがあるのです。
例えば、ある投資家が現在株価が100円のAという銘柄について、ネガティブ情報を持っており、株価が下落すると予想しているとします。
そこでこの投資家は、Aを貸し手から借りてきて、市場で100円で売却します。その後、投資家の予想は当たり、Aの株価が80円に下落したとします。
すると投資家は、市場でAを80円で購入し、貸し手に返却することで、売却株価(100円)-購入株価(80円)=20円の利益を得ることができるわけです。下の図表2でこの流れを示しました。
伝統的資産からの分散効果が大
オルタナティブ運用のうち、まずオルタナティブ資産の定義や導入の意義などを教えてください。
金武 現在では「オルタナティブ資産≒プライベート資産」となっているように見えますね。
厳密な定義はありませんが、株式や債券などの伝統的資産とは異なるものを、一般的にオルタナティブ資産と称しています。
現在、最も代表的なオルタナティブ資産とはプライベートエクイティ、不動産、インフラストラクチャー、バンクローン、再保険やCATボンド(大災害債券)などの保険戦略、といったものと思います。とりわけ不動産やインフラストラクチャーの人気は上昇傾向ですね。
では、なぜオルタナティブ資産に対する投資ニーズが高まってきたのでしょうか?そこには、下の図表3で整理したようなオルタナティブ資産の導入意義があります。
分散効果 | 伝統的資産とは、収益源泉や収益機会が異なることによる分散効果 |
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リスク水準 | 債券と株式の中間的なリスク水準を持つ資産を導入することにより、資産運用全体の効率性を向上させる |
リスク・リターン特性 | プライベート資産(≒非上場資産)は、上場資産に比べて相対的に時価変動が低い一方、流動性の制約を受けることからリターンが高い傾向がある |
伝統的資産とは収益源泉や収益機会が異なることを背景とした、分散効果によるリスク・リターン効率性の向上。これが、オルタナティブ資産の導入の大きな目的と考えられます。
かつて厚生年金基金や適格退職年金の資産配分について存在した「5・3・3・2規制」をご存知ですか。
国が「債券や貸付などの安全資産に50%以上。株式と外貨建て資産はいずれも30%以下。不動産は20%以下」と定めていましたが、1997年12月に撤廃された規制のことです。
この規制があった頃、既に不動産も年金資産運用の投資対象でした。こうしたことからも、年金資産の長期分散投資との親和性があることが分かります。
リスク・リターン効率の向上
次にオルタナティブ戦略についても教えてください。
金武 こちらも厳密な定義はありません。買い持ちのみ(ロング・オンリーと呼びます)の伝統的戦略とは異なるものを、オルタナティブ戦略と一般的に呼んでいます。主に売り持ち(ショート)を併用するロングショート戦略が該当するため、「オルタナティブ戦略≒ヘッジファンド戦略」と理解されていますね。
では、オルタナティブ戦略の導入意義とは何でしょうか。下の図表4で整理してみました。
アクティブ効率性 | ポジティブ情報とネガティブ情報を同様に取り入れることで、アクティブ運用の効率性を向上 |
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分散効果 | ロングとショートの組み合わせにより、市場リスクを低減させながら超過リターンに特化するなど、ベータとアルファを効率的に分散する効果 |
このようにオルタナティブ戦略には、市場リターン(ベータ)からの独立性と、ネガティブ情報も積極的に活用したアクティブ運用(アルファ)効率の向上など、伝統的戦略との分散効果によるリスク・リターン効率性の向上を目指した導入が考えられます。
オルタナティブ投資にあたって注意すべき点は何でしょうか。
金武 オルタナティブ運用は、伝統的運用と比べて投資対象が広範であったり、投資手法が複雑であったりします。それだけに、投資対象や投資手法、投資にあたっての考慮点や留意点など、基礎をきちんと理解して臨みたいものです。
次回以降は各種のオルタナティブ戦略やオルタナティブ資産について、具体的に見ていきたいと思います。
- オルタナティブ運用自体の歴史は長い。日本ではITバブルの崩壊で運用実績が3年度連続マイナスとなった2002年度以降あたりから、ヘッジファンドが注目された
- オルタナティブ運用には、大きく2つの「代替」の意味。
①株式や債券など伝統的「資産」に対する代替
②伝統的「戦略」である買い持ち(ロング)戦略に対する、売り持ち(ショート)を併用させた戦略という代替 - 代表的なオルタナティブ資産はプライベートエクイティ、不動産、インフラストラクチャー、バンクローン、保険戦略など。導入の意義は大きく3つ。
①分散効果:伝統的資産と収益源泉や機会が異なる
②リスク水準:伝統的な債券と株式の中間的なリスク水準で、資産運用全体の効率性を高める
③リスク・リターン特性:非上場のプライベート資産は、上場資産に比べて時価変動が低い一方、流動性の制約からリターンが高い傾向 - 代表的なオルタナティブ戦略は株式ロングショート、債券アービトラージ、グローバルマクロ戦略などのヘッジファンド戦略。導入の意義は大きく2つ。
①アクティブ効率性:ショートを併用することによるネガティブ情報の活用
②分散効果:ショートの併用により市場リスクを低減させながら、超過リターンに特化することで、市場リターンと超過リターンの分散効果を高める
■質問や要望を下記フォームよりお寄せください。今後の連載に生かしていきたい考えです。
【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
コンサルティング部 エグゼクティブコンサルタント
1995年に野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年からバークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャ。2009年にBGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年から格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年から現職。 慶應義塾大学理工学部卒業、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事
「年金資産運用・基礎の基礎」シリーズ一覧
<第0回>資産運用これだけは押さえて
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<債券編第3回記事>なぜ米国債に多く投資?
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