君臨する大国と台頭する大国間の摩擦は歴史上何度も繰り返されてきた。そして今、世界が米中対立時代に突入したことは明確である。今回は「米中冷戦」における為替地政学の新局面を、1970年代の振り返りからのインプリケーションを踏まえて整理する。(記事執筆は2026年5月20日時点)

中国経済の弱体化を狙うトランプ政権の軍事行動

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

米国は、2000年代のシェール革命を経て、2019年にはエネルギー余剰国への転換を果たした。一方、中国のエネルギー不足は経済発展とともに急拡大の一途をたどる。2026年以降、「ドンロー主義」を掲げる米国がベネズエラとイランに対して行った軍事行動は、原油輸入に多くを依存する中国経済の弱体化を狙った戦略行為と位置づけられよう。

振り返れば、トランプ政権による世界戦略は必ずしも奏功していない。2017年に開始した対中関税は中国による第三国を通じた迂回貿易によって骨抜きとなり、2025年に導入した相互関税は中国以外の米国貿易パートナーとの間で多大な軋轢を生んだ。肝心の対中関税も、中国によるレアアースの輸出制限によって引き下げを余儀なくされたばかりか、米連邦最高裁の判決によって関税の還付手続きが始まっている。

こうしたなかで開始された原油を通じた兵糧作戦は、ホルムズ海峡閉鎖によって原油の供給制約と原油価格の急騰を招いている。米国の重要貿易パートナーである東南アジアや西欧諸国の経済に悪影響を与えるとともに、西欧と敵対するエネルギーの大幅な余剰国であるロシアを利してもいる。すでに相互関税やグリーンランド領有権を巡り悪化していた欧米関係も、米国のNATO(北大西洋条約機構)脱退論にまで発展しつつある。そこに輪をかけるように、東南アジア諸国による親中国化の動きも強まってきた。

そして足元、本記事を執筆している2026年5月20日現在、米イラン間の停戦交渉の行方は予断を許さない状況が続いている。これ以上ホルムズ海峡の閉鎖が長期すれば、第三次石油危機勃発の可能性が高まるだろう。

こうした状況にあって、参考になりそうなのは2度の石油危機が勃発した1970年代の米ソ冷戦期だ。もちろん現在の多極化する米中対立の構図は、20世紀においてエネルギー供給を中東に依存する西側諸国とエネルギーを自給する東側諸国との間で代理戦争が繰り広げられた米ソ冷戦とは様相を異にするところも多い。それでもなお、当時を振り返ることは一考に値するのではないだろうか。

ニクソン政権とトランプ政権の類似性

トランプ政権の今後を占ううえでまず振り返りたいのは、トランプ氏同様に保護主義を推進したニクソン政権だ。

1969年に発足したニクソン政権は、米国産業の競争力を回復するために、鉄鋼や繊維で競合する日本などの貿易パートナーを相手に、「輸出自主規制」を求める二国間交渉を開始する。日本に対しては、沖縄返還が” Bargaining Chip”(交渉の切り札)として使われた。さらに米国は、1971年には、ドルを切り下げるために1944年より続いた固定相場制(ブレトンウッズ体制)を独断的に崩壊させ、「敵対国通商法」に基づいて「10%の輸入課徴金」(上乗せ関税)を導入した。

ただし、 「ウォーターゲート事件」により政権の不祥事が衆目にさらされた翌年、1973年には、アラブ諸国が石油禁輸措置を講じた第1次石油危機が勃発した影響もあり、米国経済はスタグフレーションに突入。結局、ニクソン氏は、1974年8月に任期途中の辞任に追い込まれている。

ニクソン政権の軌跡は、多くの点でトランプ政権と符合する。2025年に保護主義を掲げて発足した第二次トランプ政権は、多国間交渉から離脱。同年4月、10%を基本税率とする「相互関税」を導入し、とりわけ対中関税は一時的に125%まで引き上げた。このとき持ち出された「国際緊急経済権限法」(IEEPA)は、ニクソン政権が「輸入課徴金」の根拠とした「敵対国通商法」が元となった法律である。

さらに2026年2月に始まったイラン攻撃の結果、ホルムズ海峡が閉鎖され原油価格が急騰。現在、米国経済はスタグフレーションのリスクに晒されている。ニクソン政権にとってウォーターゲート事件がそうであったように、「エプスタイン事件」がトランプ政権に黒い影をもたげている点までそっくりだ。

視点を過去に戻そう。成長鈍化とインフレに苦しんだニクソン大統領の辞任後、フォード大統領(当時)は「1974年通商法」を成立させる。これにより米国政府は貿易交渉における大きな裁量権を手に入れ、1973年から始まっていたGATT(関税および貿易に関する一般協定)の東京ラウンドで多角的貿易交渉の主導権を回復するための制度的基盤を整えた。一方、国際通貨体制に関しては、1971年に導入された「10%の輸入課徴金」が同年12月のスミソニアン合意によって撤廃されている。

1970年代の経験が示すのは、ニクソン政権下の一国主義的な圧力が、最終的には多国間・少数国間の制度的枠組みに回収されたという点である。ニクソン政権は、輸入課徴金や二国間交渉を通じて貿易相手国に強い圧力をかけたが、その後の米国はGATT、G10、IMF、主要国財務相会合といった場を通じて、通商・通貨秩序の再構築に向かった。

目線を現在のトランプ政権に転じよう。米国では、2026年11月に中間選挙が控える。その後、政治の関心は2028年の大統領選挙に移行するが、現在の制度上はトランプ氏は大統領選の三選は認められない。その限り、レームダック(権力の空白)化は必至だろう。政権の求心力低下のなか、トランプ政権がニクソン政権を反面教師とし、自ら多国間主義へ回帰できるかどうかは、今後の為替市場の行方を占う大きなポイントとなるはずだ。そこで、もし「武力による秩序」を維持する方向性に向かえば、ドルを基軸とする国際金融秩序の持続可能性が脅かされる展開もありうる。

原油急騰と信用不安が迫る円キャリー巻き戻し

もっとも、為替市場にとって重要なのは、ドル本位制の崩壊といった長期的な論点だけではない。より短期的には、原油高と信用不安が、ポスト・パンデミック期に積み上がったリスク資産バブル(ポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブル)を崩し、円キャリー取引の巻き戻しを通じて為替市場に急激な変動をもたらす可能性がある。現在の市場環境は、2007年にサブプライムローン問題が表面化し、2008年夏には原油価格が1バレル= 150ドル近辺まで上昇していた世界金融危機前夜を想起させる。

図表1は同バブル期の様々な資産の価格推移を、2020年3月=100と指数化したものだ(インフレ調整後)。これを見ると、ポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブルを当初主導したのは原油価格の高騰であった。

【図表1】ポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブル(インフレ調整後、2020年3月= 100)
ポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブル
出所:Fedなどの資料を基に筆者作成
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パンデミック終息、そしてコロナ禍の財政支出と量的緩和によって上昇したS&P500とNASDAQの両米国株指数は、2021年初めにそれぞれ135と161と上昇が鈍化。半面、インフレ懸念やロシアのウクライナ侵攻を背景に、原油価格(WTI)は2022年初めに274まで上昇した。ただし、その後インフレ懸念の鎮静化とともに原油価格は下落。AI(人工知能)革命と国際情勢の不安定化のなか、株式と金が金融バブルのけん引役を交代した。

実際、2026年2月時点では、S&P500とNASDAQはそれぞれ187と212、金価格は236まで上昇した半面、WTI は159まで下落している。なお、この期間、貿易加重平均で見たドルは安定推移しているが、円の対ドル相場(日本円/ドル)は62まで下落している。キャリートレードによって調達された円資金が、原油や金、株式の上昇を支えたことが窺える。

その流れに水を差しかねないのが、プライベートクレジット市場の信用不安である。とりわけ注意すべきは、プライベートクレジット市場の信用不安が、AI関連投資の過熱と重なっている点である。仮に、規制の緩い非銀行部門を通じてソフトウェア企業やAI 関連企業への与信が過度に積み上がっていた場合、AI バブルの調整が信用収縮を増幅する可能性がある。

ポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブル崩壊の蓋然性は、原油価格上昇が招来するインフレによって主要国の長期金利が急上昇し、日米欧の中央銀行が金融引き締めを実施した場合、さらに高まるであろう。問題は、米中対立とドンロー主義、グリーンランドをめぐる欧米対立やウクライナ・イラン戦争……と、国際社会の分断と力による支配が不可逆的に進んでいるようにしか見えない現状を踏まえれば、2008年の世界金融危機に際して採られたような金融システム安定化に向けた国際協調体制が期待しにくいことである。

実際にポスト・パンデミック・ファイナンシャル・バブルの崩壊が始まり、「質への逃避」を伴うデレバレッジが生じた場合、株式や原油だけでなく、投機資金の流入によって押し上げられてきた金も大幅に下落する可能性がある。その過程で円キャリー取引の巻き戻しが進めば、円相場は急激に上昇しかねない。したがって、短期的な為替インプリケーションとして最も警戒すべきなのは、ドル本位制の崩壊そのものではなく、リスク資産バブルの調整と円キャリー巻き戻しが同時に進むシナリオである。

ブレトンウッズ体制の崩壊で揺るがなかったドル本位制

ただし、そうした急激な円高ショックのシナリオでも、ドル本位制がそう簡単に揺るがない可能性がある。

1970年代には、米国産業の総体的な競争力低下と通貨制度の陳腐化が、広範なドル安を招来した。日本や西ドイツなど戦後復興を遂げた主要工業国の急速な経済発展から生じた米国の経常収支の赤字化によって、経常黒字国が保有するドルを米国が無制限に金と交換する「金ドル本位制」、すなわちブレトンウッズ体制が維持できなくなったのである。そのため一部には、「金という裏付けを失ったドルを基軸通貨とする通貨体制がドルの下落とともに崩壊する」との見方も広がったが、結果的には的外れであった。

金・ドル交換停止後、米国は為替相場を戦略的に用いながら“ドル本位制” の延命を巧妙に図ってきた。1978年にはカーター政権がドル防衛策を打ち出し、ドル高政策は、1981年に発足したレーガン政権によって継承され、米国はインフレ克服に成功した。

1985年以降は、ドル円相場を購買力平価より大幅な円高水準に誘導することによって、日本の輸出産業をけん制。結果的に、日本の経常黒字と円の国際的地位上昇がもたらしたドルへの潜在的な挑戦を封じ込めたかたちとなった。

米ソ冷戦と日本との経済戦争に勝利した米国は、1995年以降、グローバル資本を米国金融市場に呼び込み、金融・IT 主導の成長モデルを支えるうえで有利に働く「強いドル」政策へと転ずる。その後、1999年に対抗馬となる欧州通貨ユーロの誕生。さらに2000年代後半にはリーマンショックといった波風に直面するものの、Fed(米国連邦準備制度)の量的緩和を通じた米国債と政府機関MBS(住宅ローン担保証券)の購入によって危機を克服した。

2010年には欧州でソブリン危機が発生するという追い風もあり、ドルはユーロの追随を許さず、基軸通貨の地位を維持することになった。ドルは、米国の圧倒的な軍事力と経済力、決済制度の優位性といった要因によって、今日に至るまで基軸通貨の座を守り続けている。

累積財政赤字や累積経常赤字、高いレバレッジによって増発され続ける大量のドルの潤沢な流動性が、皮肉にもドルが基軸通貨であることの利点にすらなっている。米国の金融資産に向かってなだれ込む潤沢な外国資本によって、「生産する以上に消費する」スタンスの結果生じる米国の経常収支赤字がファイナンスされ、ドルの安定がもたらされているのである。

金との交換性を失ったことで、ドルはむしろ米国債市場とグローバル金融システムを裏付けとする信用通貨へと姿を変えた。こうした歴史を踏まえれば、現時点でドル本位制の崩壊を議論するのは時期尚早であろう。

中国に対抗するための米国の「第三の矢」

だが、1970年代以降の米国は、ドル安とドル高を局面に応じて使い分けながら競争相手の調整を迫ってきた。そう考えれば、次に焦点となるのはドルそのものの崩壊ではなく、米国が中国にどのような為替調整を迫るかである。

高関税、原油を巡る戦争と取り組んできたトランプ政権の「第三の矢」は、人民元の「完全変動相場制移行」と「通貨切り上げ」ではないだろうか。米国は2000年代半ば、中国が人民元安誘導のために当時採用していた固定相場制を「第二のブレトンウッズ」と呼び、G7財務相・中央銀行総裁会議を通じて、2005年に中国による人民元の管理変動相場制への移行に成功した。しかし、人民元は購買力平価に対し、依然として大幅に過小評価されている(図表2)。

足元で中国は、不動産バブル崩壊や高関税、原油高のトリプルパンチで経済的に窮する状況だ。そんな中国に対して、米国が二国間交渉を通じて完全変動相場制移行に追い込む可能性が少なからずあると筆者は見ている。

【図表2】ドル人民元相場の市場レートと購買力平価の推移
ドル人民元相場の市場レートと購買力平価の推移
出所:IMFなどの資料を基に筆者作成
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