一般企業の在宅勤務率100%

北野 ちぐさ
アイザワ証券 
市場情報部(アジア情報課) 
マネージャー
北野 ちぐさ(きたの・ちぐさ)
2002年に法政大学法学部を卒業。同年、アイザワ証券に入社。個人営業部門を経て、2007年より中国や韓国をはじめとするアジア市場の調査、分析を担当。現在は市場情報部アジア情報課に在籍。ベトナムやインドネシアなどアセアン市場を中心に投資家向けセミナーや各種メディアなどを通して、わかりやすい視点で有望株を紹介している

感染力の強い新型コロナウイルスのデルタ株が猛威を振るい、アジアにおけるコロナ禍の中心地となっていたインドネシアで、ようやく沈静化の兆しが見えてきた。2021年9月1日の新規感染者数は約1万人と、7月のピーク時の5万4000人超から8割減少した。

インドネシア政府は、大型連休となる断食明け大祭(レバラン)の帰省ラッシュを警戒し、5月に帰省禁止などの措置を講じたものの、十分に人流を抑制することができず、6月に入って感染が急拡大した。9月1日現在、同国の累計感染者数は410万人、死者数は13万人と、アジアではインドに次ぐ規模となっている。

感染者の急増により、7月3日、政府は人口の多いジャワ島と観光地のバリ島で緊急活動制限(PPKM Daurut)を発動した。原則、一般企業の在宅勤務率を100%とし、オフィスへの出勤を禁じたほか、宗教施設の閉鎖や学校の授業のオンライン化、幹線道路の車両乗り入れ制限、ショッピングモールや飲食店の閉鎖などと、これまで以上に厳しい措置に踏み切った。これにより、感染拡大はピークアウトし、新規感染者数の減少に伴い制限は段階的に緩和されているものの、9月1日時点でPPKMは継続している。

世界経済の回復を追い風に、インドネシアの2021年4 ~ 6月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前年同期比7.07%と5四半期ぶりのプラス成長となるなど、PPKMの発動前までは景気の底入れが進んでいた。輸出が拡大したほか、GDPへの寄与度が5割を超える個人消費についても、新車購入時の奢侈税減免効果で自動車販売が伸びたことなどから底堅く推移した。しかし、PPKMの発動により7 ~ 9月期は一転、景気に急ブレーキが掛かった可能性があろう。

2021年通年の成長率予測について、8月にインドネシア中央銀行が従来の前年比4.1 ~ 5.1%から同3.5 ~ 4.3%へと下方修正したほか、国際通貨基金( IMF)も4月の予測値の同4.3%から同3.9%に下方修正した。直近、アジア開発銀行( ADB)も7月の予測値の同4.1%から同3.5 ~ 4.0%へと引き下げる方針を明らかにしている。いずれも、先行きに対して慎重な見通しを示していると言えよう。

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このまま新規感染者数の減少傾向が続けば秋以降の景気の復調が期待されるものの、英オックスフォード大学のデータによると、インドネシアでは必要回数のワクチン接種を完了した人の割合が13.2%にとどまるなど接種の遅れが目立つ(2021年8月30日時点)。また、相対的に見て効果が低いとされる中国製ワクチンが多用されていることも懸念される。しばらく感染再拡大のリスクがくすぶる中での景気回復となりそうだ。

高速道路開通など都市開発進む

インドネシアにおいて、ポストコロナにおける経済回復の起爆剤として期待されるのが首都移転構想だ。

ジョコ・ウィドド大統領は2019年8月、独立100周年を迎える2045年までに首都をジャカルタから東カリマンタン州へ移転することを発表した。東カリマンタン州は、従来から石油や天然ガス、石炭などの天然資源が豊富な地域として知られている。加えて、近年は州都のサマリンダや港湾都市のバリクパパンを中心に都市開発も進められており、2021年8月には両都市間を結ぶカリマンタン島初の高速道路が全線開通した。

いまだ多くの自然を残すこの地域において、新首都のコンセプトには「フォレスト・シティ」が据えられた。電力供給のほぼすべてを再生エネルギーで賄い、ITを駆使した環境未来都市が構想されている。2024年から政府や議会機能を段階的に移転し、独立100周年を迎える2045年までの移転完了を目指す。ただ、中央銀行などの金融セクターはジャカルタに残す方針のもようで、経済活動は引き続きジャカルタが中心になることが予想される。したがって、ジャカルタと新首都は、米国のニューヨークとワシントン、東南アジアではベトナムのホーチミンとハノイのような関係になりそうだ。

移転にかかる予算は466兆ルピア(約3兆6000億円)とされ、全体の2割弱を国家予算から、残りを官民連携(PPP)や企業からの投資で賄われる見通しだ。ジョコ政権は、2014 ~ 2019年の1期目でジャカルタの目抜き通りにメトロを開通させたが、首都移転はこれに匹敵する2期目(2019 ~ 2024年)の目玉のプロジェクトとして注目されている。

すでに国有地として18万ヘクタールが確保されていることから、当初の予定では2021年の着工が計画されていたが、コロナパンデミックで計画は棚上げ状態になっている。実はインドネシアの首都移転構想は、スカルノ大統領に始まる歴代政権でもたびたび浮上しては進まなかった経緯がある。政権2期目の折り返し地点が近づく中、悲願の首都移転の実現へと前進できるのか今後の進ちょくを見守りたい。

「双子の赤字」とドル建て債務が影

インドネシアのポストコロナにおける懸念材料の一つは、年内にもアナウンスが予想される米国のテーパリングの影響だ。2013年のテーパー・タントラム(量的金融緩和の縮小に対する金融市場の混乱)では、インドネシアから資本が流出し、ルピアは対ドルで25%下落した。特にルピアは、経常赤字や高インフレなど経済基盤が弱い「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5通貨)」の一つとして投資家に敬遠されていたこともあり、下落幅が大きかった(図表1)。

図表

ルピア相場は2020年3月に一時1ドル16625ルピアと史上最安値を更新したものの、6月には急落前の水準に戻り底堅く推移している。足元ではPPKMの延長が繰り返されているものの、この傾向に変わりはない。そのような中で注視したいのが財政赤字だ(図表2)。

図表

インドネシアの財政は恒常的に赤字が続いている。ただ、国家財政法により財政赤字のGDP比率は3%以下とする財政規律が順守されてきた。しかし2020年、新型コロナ対策の一環で3年間の期限つきで財政規律が緩和された。これにより、2020年は財政赤字のGDP比率が6.1%まで拡大。さらに、直近国会に提出された2022年度の予算案を見ると、2021年は5.9%、2022年は4.9%となる見通しだ。おそらく2023年には従来の3%以下まで落としていく算段であろうが、コロナ禍で膨れ上がった臨時歳出の利払いが重石となるため、そう簡単ではないだろう。

今回の時限措置が公表された際、米格付け機関のスタンダード&プアーズがインドネシア長期国債の見通しを「安定的」から「弱含み」に引き下げたように、財政悪化は国家の信用格付けに影響を及ぼすため注意が必要だ。依然としてインドネシアは経常赤字と財政赤字の「双子の赤字」を抱え、企業のドル建て債務も多い。また、対外リスクに脆弱なイメージも根強いため、テーパリングの詳細が明らかになったとき、ルピアへの影響は避けられないだろう。ポストコロナ下でも、政府の難しい舵取りが続きそうだ。