2012年以降の円安局面を支えてきた量的緩和、公的年金の対外投資、対外直接投資。これらの政策・資金フローに変化の兆しが表れる一方、家計の資本輸出や米国の通貨政策が新たな変数として浮上している。資本フローと政策環境を手がかりに、円安の持続性と円高反転の条件を考察する。(記事内容は2026年7月末時点)

量的緩和の巻き戻し。円相場への作用は反転

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

現在の円安の起点の1つは、元来2012年12月に誕生した第2次安倍晋三政権が打ち出した円安政策であったと考えている。2012年半ばに80円割れで推移していたドル円相場は、同政権誕生とともに上昇軌道に入り、2026年半ばには160円近辺で取引されるようになっている(図表1)。

安倍政権による円安政策は、日本銀行による量的緩和、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による対外証券投資の拡大、対外直接投資の推進が3本柱と整理できるだろう。しかし、これらのうち、日銀による量的緩和とGPIFによる対外証券投資の拡大はすでに方向転換がなされた。現状、当時の円安政策として残存しているのは、対外直接投資の推進のみである。しかし、高市早苗政権による「対日直接投資促進プログラム(2026)」によって、今後、対外直接投資の円安効果は部分的に相殺される可能性がある。

■図表1 ドル円相場の推移(対数目盛)
ドル円相場の推移
出所:Fed(米国連邦準備制度)

安倍政権下、2013年3月に日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、同年4月に「量的・質的金融緩和」を導入した。図表2は、1998年第1四半期以降の日銀による国債購入額(フローベース)を累積したものである。

量的緩和の導入によって、2013年以降、日銀による国債買い越し額は急増している。しかし、1998年以降の国債購入累積額は、2023年第4四半期の530兆円でピークアウトし、2024年以降、日銀の保有残高は減少に転じている。また、米国財務省が2025年6月に公表した半期為替報告書は、日銀の金融引き締めによるドル高円安の是正を推奨しているように読める。すなわち、量的緩和という円安ドライバーはすでに役割を終え、現在は、むしろ潜在的な円高要因として作用しうる要因となった可能性が高い。

■図表2 日銀による累積国債購入額の推移(兆円)
日銀による累積国債購入額の推移
出所:日銀

公的年金の対外投資。資金フローは転換したか

安倍政権による第2の円安ドライバーは、GPIFによる対外証券投資の拡大であった。2014年10月、GPIFは基本ポートフォリオの変更を発表したが、これは対外証券投資を積極化させる方向を意味する。これを受けて、図表3に示されるように、公的年金セクターによる累積対外証券投資額は急増する展開になったものの、2020年第4四半期にピークアウトし、それ以降、減少が続いている。

また前述した2025年6月の半期為替報告書で、米国財務省は「公的年金などはリスク調整後収益と分散を目的に海外投資し、為替目標に用いるべきではない」と述べ、GPIF による対外証券投資が招来する競争的な通貨切り下げを間接的にけん制している。GPIF による対外証券投資も、日銀による量的緩和と同様、すでに円安ドライバーとしての役割を終えたとみていいだろう。

■図表3 公的年金による累積対外投資額(10億ドル)
公的年金による累積対外投資額
出所:日銀、Fed

対外・対内直接投資。非対称な流れは縮小へ

2009年に、一定の外国子会社から受ける配当などの95%を益金不算入、つまり非課税とする「外国子会社配当益金不算入制度」が導入されて以降、対外直接投資は増加傾向をたどっている。安倍政権下においても、円安ドライバーとしての対外直接投資の優遇は続き、その円安効果はいぜん健在であろう(図表4)。

一方、石破茂政権や高市政権は、潜在成長率と国際競争力の底上げ戦略として、対内直接投資の助成策を打ち出している。対内直接投資は対外直接投資に比べてこれまで極めて低い水準で推移してきた。今後、対内直接投資の増勢が強まれば、対外直接投資の円安効果は、部分的に相殺されると考えられる。

2024年に新たに導入された新NISA(少額投資非課税制度)によって、家計部門による資本輸出の増勢が強まり、円安ドライバーにニューフェイスが加わった。しかし、家計部門による資本輸出は、公的年金による対外証券投資や対外直接投資とは異なり、円キャリートレードと同様、投資家のリスク選好に多くを負っているホットマネーの類といえよう。

この観点から、円キャリートレードと家計部門の資本輸出を主因とする現在の円安は、いったん金融市場で「質への逃避」が強まった場合、巻き戻しによって、円高方向に急激かつ大幅に調整されるリスクを秘めていると考えられる。

■図表4 累積対外対内直接投資額の推移(10億ドル)
累積対外対内直接投資額の推移
出所:日銀、Fed

日米金利差の縮小に加え、米通貨政策も促す円高

こうしたなか、足元でも新たな円高要因が浮上してきた。第一に、2002年以降のドル円相場と日米の実質短期金利差の間には、パンデミック混乱期を除き緩やかな正の相関関係が観察できる(図表5)。今後、日銀によるさらなる金融引き締めを契機にドル円相場が下落に転じ、2025年半ば以降に広がった両者のギャップが解消される可能性がある。

■図表5 ドル円相場と日米実質短期金利差の推移
ドル円相場と日米実質短期金利差の推移
出所:Fedなどから筆者作成

第二に、米国の通貨政策転換への懸念である。1995年のルービン財務長官の就任を機に米国は強いドル政策に転換した。2002年のオニール財務長官の更迭以降、歴代の財務長官は為替相場への非介入スタンスを強めており、彼らの発言もほとんどが「強いドル政策に関する決まり文句」を述べるにとどまってきた。

ところが、2025年にトランプ大統領が導入した相互関税が不発に終わるとみるや、ベッセント財務長官による為替市場への介入姿勢が強まったように思える。2026年1月には、米財務省によるニューヨーク連銀を通じ、久方ぶりにレートチェックを実施したと報じられ、介入観測を誘った。

ベッセント氏は、同年6月の講演後に質疑応答においても、為替政策に踏み込んだ発言をしている。「人々が強いドルについて語るとき、それはブルームバーグ・ドル指数のことではないと思う」と述べるとともに、低コストの製造業国による自国通貨の抑制は米国に不利に働く可能性があるともコメントしている。

さらに、米国財務省は、2026年7月に公表した半期為替報告書のなかで、円は大きく過小評価されていると明言した。同月30日に、ベッセント長官も同様の発言を行い、翌31日には米財務省が、ユーロ売り円買い介入を実施したと英紙が報じた。

振り返れば、2003年に当時のスノー財務長官が、中国に対して人民元の実質的な切り上げを迫った背後には、2004年のブッシュ大統領再選に向けて米国製造業者の票集めを目論むローブ上級顧問の指示があったともいわれている。2026年11月の中間選挙に向けて、ベッセント財務長官によるドル安誘導姿勢が強まることはないだろうか。

財政不安が極まるとき円は本当に売られる

現在、金融市場では、高市政権による積極財政を巡り、財政破綻リスクを指摘する声が大きくなっているようだ。一部では1ドル=200円説も語られている。そんなわが国には、経済発展の多くを財政に負ってきた歴史がある。

20世紀において、大きな政府は国債と財投(財政投融資)よってファイナンスされた。その結果、中央政府の債務は、2003年第1四半期にGDP(国内総生産)比163%(国債102%、財投61%)の既往ピークまで増加した。その後、小泉政権による財投改革と財政引き締めによって政府債務はいったん縮小するが、2007年以降再び拡大に転じ、2021年第3四半期には、GDP比191%(国債186%、財投5%)と2000年代に記録したピークを更新した。この間、財投に代わって急増する国債を吸収する役割を果たしたのが日銀の量的緩和であった。日銀による国債保有は当時GDP比90%を超え、国債発行残高の全体の約半分を占めている(図表6)。

■図表6 主体別国債保有と財投預託金残高(対GDP比)
主体別国債保有と財投預託金残高
出所:日銀

現在、日銀がQT(量的引き締め)を進めるなかで積極財政によって政府債務の増加が進めば、日本国債と円が急落するのではという懸念が高まっている。これに対して政府は、日銀に代わって、GPIFと新NISAを通じた家計部門による国債購入増に期待を寄せているようだ。

筆者には、財政破綻による円安ストーリーは、「尾をかむ蛇」のように思える。実際に財政破綻が起こらない限り、投資家は円を売り続けることができるのである。一方、ひとたび財政破綻の現実性が増せば、投資家のリスク回避によって、円は急騰するであろう。

すでに政府債務は、2026年第1四半期にGDP比155%(国債150%、財投5%)まで減少、2000年代のピークをも下回っている。経常収支とNIIP(ネット対外ポジション)の両方において黒字国であるわが国が財政破綻に陥る可能性が極めて低いことに投資家が気づくとき、円安は終了すると思われる。