• ドル高円安の影に極東の地政学的リスクの高まり
  • バイデン政権下で高まった極東の地政学的リスク
  • 「有事のドル売り」から「リスクオフの円買い」へ
  • 「世界の分断」における「有事のドル買い」の復活
  • 強面のトランプ政権下ではむしろ円は買われる

ドル高円安の影に極東の地政学的リスクの高まり

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

下記の図表は、2022年以降の対ドルの円相場、ドル建て日経平均指数、米国S&P500指数をプロットしたものである。円相場は、観察期間中、最大29%下落した。無論その主因は日米金利差の拡大である。

ただ、ドル建て日経平均指数と米国S&P500指数を比べると、特に2024年以降両者の推移に顕著な乖離があり、米国の投資家にとって日米株価には現在25%の上昇率格差が生じている。

このことから筆者は、金利格差の陰に隠れて、バイデン政権下で特に2024年以降著しく高まった東アジアにける地政学的リスクが円安に一躍買っていたと考えている。

■円ドル相場、ドル建て日経平均と米S&P500指数
円ドル相場、ドル建て日経平均と米S&P500指数
出所:Fed(米連邦準備制度)

バイデン政権下で高まった極東の地政学的リスク

極東の地政学的リスクの芽は2022年頃から芽生え始めたとみることができる。

民主党のバイデン大統領が就任した翌年の2022年2月にはウクライナ戦争が勃発し、「世界の分断」は新たなステージを迎える。同年8月には同じく民主党のペロシ米下院議長が台湾を訪問したが、これは過去25年で最も高位の米政治家による訪台で、中台関係に大きな影を落とした。翌2023年3月には、蔡英文氏が台湾の総統としては1994年以来初めて訪米し、同年8月には、バイデン大統領が台湾に対する8000億ドルの資金供与を承認した。

2024年に入ると、極東における地政学的リスクの高まりは顕著となる。5月には1月の選挙で勝利した台湾独立派の頼清徳氏が総統に就任、10月の演説では「中華人民共和国は台湾を代表する権利はない」と述べ、中台関係に大きな緊張が走った。

一方、同年6月には、ロシアと北朝鮮の間で1961年に旧ソ連と北朝鮮が結んだ軍事同盟が復活、10月には北朝鮮軍のウクライナ派兵が明らかとなる。図表の円相場の推移をみると、上述のイベント毎に円安の増勢が強まっていることが目に見えてわかる。

「有事のドル売り」から「リスクオフの円買い」へ

旧米ソ冷戦下では「有事のドル」があった。当時は、世界中で繰り広げられるほぼすべての軍事紛争が米ソの代理戦争であり、地政学的リスクが高まる際には、ソ連に隣接する日本の円と西ドイツのマルクが売られ、太平洋と大西洋で孤立した覇権国米国のドルと永世中立国スイスのフランが買われた。

1989年に「ベルリンの壁」が崩壊すると、この構図が崩れ始まる。1990年のイラクによるクウェート侵攻では、依然として「有事のドル」がみられたが、2001年の同時多発テロによって米国が「テロとの戦争」にコミットすると、むしろ「有事のドル売り」が定着する。

テロとは無縁であった日本の「リスクオフの円買い」が始まったのもこの頃である。

「世界の分断」における「有事のドル買い」の復活

ところが、2010年代に「世界の分断」が始まると再び様相が急変する。中国の台頭とロシアの孤立による「有事のドル買い」の復活である。

専門家の間では、「ベルリンの壁」崩壊後も極東における冷戦は続いているといわれたが、市場参加者が、「分断の時代」になって改めて極東の地政学的リスクを意識し始めたと理解することができよう。これは「有事の円売り」をもたらした。

すなわち、ロシアの西側で起こっていることは、その東側でも起こるかもしれないという懸念がある。また、台湾封鎖では、リーマンショックやコロナ禍並みの世界のGDPの5%程度が失われ、台湾戦争ではその倍の約10%の損失が損じるとの試算もある。日本政府がひそかに行ったシミュレーションでは、台湾戦争による日本への被害は甚大である。これらは、まさに市場参加者に「極東有事の円売り」を想起する。

強面のトランプ政権下ではむしろ円は買われる

今後、極東の地政学的な情勢にどのような変化がもたらされるのか注視する必要がある。次期トランプ政権は、バンス次期副大統領らが属する”Prioritizers”(優先順位派)の意を汲み、アジアへのコミットメントを強めるとの見方がある。その結果、米中間が緊張すると、米中の双方にとって、日本の地政学的・経済的な重要性が高まり、逆説的に、日米・日中関係がともに改善する可能性があるという。

また、強面のトランプ政権誕生によって、ロシアと北朝鮮は軽率な軍事行動に二の足を踏むとも考えられている。このような見方は、外国為替市場で、2024年11月6日以降、ほとんどの主要通貨がドルに対して下落する中、唯一円だけが上昇している事実と符合する。バイデン政権下で極東における地政学的リスクの高まりが円安に寄与してきたとすれば、トランプ新政権下における逆説的な緊張の軽減はドル売り円買いを招来する。