名ばかりのESG対応を行うなどを企業は意図的に行なう、悪い情報は公表しない、あるいは無意識に公表資料を誇張するなどの傾向があることも否定できない。このESG粉飾は、グリーンウォッシングなどと呼ばれ、少なくない。しかし、投資家がESG投資を行うにあたって、ESG情報が正しいことが必須であり、粉飾ESGを適切に捉える必要がある。最後に当たり今回は粉飾ESGが発覚した場合の費用をあげ、付録として具体的な粉飾ESG対策を説明してみよう。

粉飾が発覚してしまった場合にかかる費用を以下にリストしてみよう。直接的な損害、対策および調査の費用から成る。実際に金額を計測した例はまだないようだが、その額は膨大になると予想できる。

  1. 金銭や資源の損失
    出荷停止などで売上減、特別損失などによる純利益減が起こる。さらに納品が遅れたり、売上が減った販売会社・利用者には、補償(人材会社や社員には休業補償)する、あるいは事業継続支援を実施する必要がある。
  2. ビジネス停止による機会損失
    工場・社内システムやECサイトの停止によって、業務が停止し、本来得られるはずだった売上機会の消失も無視できない。
  3. 法令違反による制裁金
    海外事業展開企業の場合、現地の法規制に違反したことにより、制裁金や罰金を課せられる場合がある。
  4. 対応費用
    原因や影響範囲を調査するための費用、応急処置や再発防止のための強化費用。さらには、訴訟費用・弁護士費用などがかかる。賠償・和解金も無視できない額になる。社会的イメージが低下すれば、その回復にも多大な時間と費用がかかろう。
  5. 役員の引責は避けられない。親会社、大株主へのダメージも重要になる。
  6. 株価下落による時価総額への影響も大きい。

企業はこれらの費用を考慮した上でESGを粉飾する行為がペイするのかどうか判断するべきだ。業績悪化で法人税の減少も予想され、公的部門も真剣に対策を採るべきである。

なお、筆者が注目するのは、ESG対策を採っていても人々や当局を安心させ、規制を遅らせる遅延工作と見なされかねない恐れである。それゆえ、企業はESGに関する広報には細心の注意が必要になる。

付録:粉飾ESG対策の模範回答
最後に当たり、本連載ではESG粉飾の具体例を挙げてきたので、それらの模範対策を回答して筆を置くことにしたい。

【図表1】ESG粉飾の主たる原因(連載第2回掲載)と解決策の例
ESG粉飾の主たる原因と解決策の例
主たる原因:
過度の権限集中
対策の一例:
権限者が専制的に報酬を決める制度を採らない。報酬返還(クローバック)制度を採る
主たる原因:
同一業務を長期にわたり任せる
対策の一例:
適度な人事異動
主たる原因:
業務プロセスが複雑・専門的
対策の一例:
DX、検査・調査の専門家への依頼
主たる原因:
ESG行動の成果が実るには時間がかかる
対策の一例:
ESG成果予測とその精度を開示してもらう
主たる原因:
ESG行動の成果が不確か
対策の一例:
DX、仲介業者を利用する
主たる原因:
ESGの成果が確定しても評価が分かれる
対策の一例:
説得(解決に時間がかかるが)

出所:筆者作成

【図表2】4分類されたESG粉飾工作(連載第3回掲載)に対する対策
ESG粉飾工作 対策の一例
イメージ工作 連載第6回本文参照
隠匿・偽装工作 生産技法に詳しい専門会社・専門家に頼る
利益背反 公正な評価を妨げるようになる料金受取部門の分離を訴える
形骸化工作 詳細は次表

出所:筆者作成

【図表3】形骸化工作による数々の粉飾ESG(連載第4回掲載)に対する対策
組織、会計上での工作
  1. 無権限化
    職務記述書(ジョブディスクリプション)などによって実効権限などを調査
  2. 比較対象の虚偽設定
    比較対象に採用された案件の時期と背景を調査
  3. 複雑化工作
    念入りに調査できる専門会社・専門家に頼る
  4. 開示時期繰作
    過去のその他の時期と比べる
  5. 評価困難事案
    社会課題解決方法の開示依頼やエンゲージメント
測定工作
  1. 検査頻度変更
    採るべき検査頻度を規則・法律から確認し、それが守られているか調査。リスクの高さに応じて高頻度な定期調査する
  2. 検査結果統計操作
    都合の良い数値を採用していないか測定方法の調査
  3. 検査方法非遵守
    定められた検査方法を遵守しているか調査
  4. 簡易測定法採用
    測定法の開示を要求する

出所:筆者作成

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数