人的資本と株価リターンの関連を見た定量的な分析事例を紹介

内藤玲氏
三菱UFJ信託銀行
資産運用部 ESG課
内藤 玲

岸田内閣の掲げる「新しい資本主義」では「人への投資」が重要視されており、人的資本のニュースを見聞きしない日はないといっても過言ではない。こうした中、政府公表の人材版伊藤レポート(経産省、2020年)や人的資本可視化指針(内閣府、2022年)をはじめ、人的資本の重要性については概念として定性的に語られることが多い一方で、人的資本と企業価値の関連を見た数値による分析は少ない。これは、企業の情報開示が進むようになったのが最近であることや、企業の開示項目が一律ではないため横比較しにくいといったデータによる制約が一因と考えられる。

神田裕樹氏
三菱UFJ信託銀行
資産運用部 国内株式
クオンツ運用グループ
ファンドマネージャー
神田 裕樹

2023年度から有価証券報告書において人的資本に関する情報開示が義務化されるなど、企業サイドでの情報開示の動きが急速に進む中、今後は投資家サイドでも非財務情報を用いて人的資本を定量的に評価するアプローチが盛んになると思われる。

そこで以下では、人的資本と株価リターンの関連性について、①企業開示データ(人材開発やダイバーシティ)や②企業非開示データ(従業員口コミ)を活用し、定量的に分析した事例を紹介してみたい。

人材開発の取り組みが進む企業は株価リターンが高い傾向

人材開発に関するスコア(サステナリティクス社のESGリスクレーティングのデータを使用)を用いて、スコアの水準別に株価リターンの傾向を確認した結果が以下図表1である。計測期間はデータの取得が可能な2019年3月以降としている。2020年に人材版伊藤レポートが公表され人的資本の注目が高まったが、こうした環境下で人材開発の取り組みが進む企業ほど投資家に選好されやすいことを表しているのかもしれない。

【図表1】人材開発スコアの株価リターン(年率)
人材開発スコアの株価リターン(年率)
ユニバース:TOPIX時価総額上位300、分析期間:2019年3月~2022年12月
出所:サステナリティクス社「ESGリスクレーティング」より筆者作成

女性役員・女性管理職比率が高い企業はリスク抑制効果が高い傾向

ダイバーシティを議論する上で、資産運用においていま最も注目されているのが女性活躍関連である。MSCI日本女性活躍指数(WIN)などの指数やなでしこ銘柄への投資が進んでいる。また、議決権行使においても、女性役員比率が一定割合を下回る場合には役員選任議案に反対するといった基準を設ける運用機関も近年増加している。

そこで、女性の登用と株価リターンの関係を見るために、女性役員比率・女性管理職比率の水準で3分位に分けて株価リターンを計測した結果が図表2-Aである。どちらの指標においても、株価リターンとの明確な関連性はみられなかった。

【図表2-A】女性比率の水準別リターン(年率)
女性比率の水準別リターン(年率)
ユニバース:TOPIX時価総額上位500、分析期間:2012年4月~2022年9月
出所:東洋経済新報社「CSR企業総覧」より筆者作成

人的資本可視化指針においては、人的資本の各項目の捉え方として、「価値向上」と「リスクマネジメント」の2軸による観点が重要とされている。人材育成の項目は「価値向上」の側面が強い一方、ダイバーシティ関連の項目は「価値向上」と「リスクマネジメント」の両軸で捉えられることが示されている。そこで、リスクも考慮したシャープレシオを用いて傾向を確認したのが以下図表2-Bである。女性役員比率、女性管理職比率が高いほどシャープレシオが高くなった。女性比率が高い企業群はリターンのブレが小さくリスクが低い傾向があり、リスク対比ではリターンを最も享受できているという結果になる。これは、ダイバーシティ項目に期待される「リスクマネジメント」効果と整合的と考えられる。

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