各地の企業年金を訪問して、年金資産運用の現状や考え方などをうかがう「知りたい!隣の企業年金」。朝日新聞企業年金基金の常務理事だった私、阿部圭介がインタビューする企画の第9回は、全国情報サービス産業企業年金基金の明石真宜(あかし・まさよし)経営企画部長 兼 資産運用管理課長を訪ねました。

ICT関連の全国880社が加入

今回、訪問させていただいたのは全国情報サービス産業企業年金基金(佐藤和朗理事長)、略称JJK。システムベンダーやソフトウエア開発などICT(情報サービス)関連の全国880社が加入している。連載「知りたい!隣の企業年金」としては、初めての総合型の企業年金基金となる。

JJKは総合型として屈指の加入者数、資産運用規模であり、東京・築地の国立がんセンター病院の近くに自前の会館も持っている。

厚生年金のころは、単独・連合型の年金基金を含めて自前の会館や保養所を持っていたところが少なくなかったと思いますが、企業年金に移行してからは少ないのではないですか。

明石 そうですね。JJKでは年金の受給者、つまり加入各社を退職なさった人が集まったり、多くの中小企業の加入企業が会議室を利用したりする場所がほしい、という要望を受けて建設し、2003年に竣工しました。加入会社の社内会議や入社式、採用会場としての利用などもあります。

JJK会館の前に立つ明石真宜さん
JJK会館の前に立つ明石真宜さん

全国情報サービス産業企業年金基金の概要

  • 所在地/東京都中央区築地
  • 設立(代行返上)年月/
    1982年2月 情報処理産業厚生年金基金を設立
    2017年7月 代行返上し、全国情報サービス産業企業年金基金に
  • 加入者数/121713人
  • 受給者数/25847人
  • 資産総額/2739億円
  • 予定利率/2.5%
  • 期待運用収益率/2.29%
  • 資産運用実績/4.96%
  • (いずれも2022年3月末時点)

    スケールメリット生かした運用

    加入する会社が880社と聞くと、単独の企業年金基金しか知らない私からすると、どうやって資産を運用し、それを加入者に説明されているのだろうか。気が遠くなりそうです。

    明石 加入者数が多いだけでなく、各社の規模もまちまちです。社員数人の会社から4000人規模の会社まで、上場企業も約50社。適格退職年金(適年)由来の自前の年金を持ちながら、JJKにも加入されている会社もあります。

    会社の規模、財政状況、年金へのニーズも多様ですから、きめ細かな対応が求められます。一方で、加入者数に対する受給者数の割合が少なく、給付には余裕がある成熟度の低い年金です。資産残高は2700億円超、剰余金も600億円と企業年金の財政状態は恵まれているほうだと思います。ですので、資産運用は無理して収益追求に走る必要はないわけですが、一方でせっかくのスケールメリットを生かさない手はない、とも考えています。

    具体的にはどういった戦略になりますか。

    明石 政策アセットミックスとポートフォリオの実績値を見ていただきながらご説明しましょう。

    【図表1】政策アセットミックス(2022年4月から)

    政策アセットミックス(2022年4月から)

    【図表2】ポートフォリオ実績値(2022年10月末)

    【図表2】ポートフォリオ実績値(2022年10月末)
    上の【図表1】は2022年4月からの政策アセットミックスで、その下の【図表2】は2022年10月末時点でのポートフォリオの実績値です。

    政策アセットミックスでは、当基金では「収益追求資産」としている国内外の株式の比率が10%と少なくなっています。一方で、ヘッジファンドや保険戦略で構成する「分散資産」が18%、ダイレクトレンディングやバンクローンなどの高利回りの債権への投資である「高インカム資産」が13%と、平均的な企業年金と比べるとかなり高い水準かと思います。

    内債はゼロ、ヘッジファンドは51本

    それと、政策アセットミックスにもポートフォリオの実績値にも国内債券が見当たりませんね。

    明石 そうなんです。国内債券は従前、資産全体の10%ほどありましたが、2017年の代行返上の際にゼロにしました。コンサルタントから「今後おおむね期待リターンがマイナスとなる」との指摘があったことが1つ。そして、総合型の企業年金は母体の財務諸表でオンバランスになりませんから、資産・負債の見合いで円建て債券を持つ必要性は必ずしもない、と判断しました。

    【図表3】資産別の運用残高(2022年10月末時点)
    資産区分 ファンド本数 時価総額 構成比
    収益追求資産
    (内外株、プライベートエクイティ)
    36 274億円 10.5%
    安定資産
    (外債、一般勘定、現金)
    22 1087億円 41.7%
    分散資産
    (ヘッジファンド、保険戦略)
    58 687億円 26.4%
    高インカム資産
    (ダイレクトレンディング、バンクローン、ディストレスト、不動産デット、航空機担保債権など)
    42 366億円 14.1%
    実物資産
    (J-REAT、海外不動産、インフラ資産)
    63 202億円 7.8%
    為替ヘッジ損益 2 −11億円 −0.5%
    合計 223 2605億円 100%

    上の【図表3】で改めて金額ベースと構成比で見ると、ヘッジファンドなどの分散資産と高インカム資産の大きさを再認識させられます。

    明石 ヘッジファンドだけで51本で計548億円、構成比21.1%になります。ちなみに収益追求資産のプラベートエクイティも28本ありますね。

    しかも全合計で223本。どうやって管理やモニタリングをするのですか。

    明石 当基金では現在、分散、高インカム、実物(J-REIT を除く)の各資産と外株、外債の一部をゲートキーパー、具体的には信託銀行や運用会社にそれぞれ一括して運用を委ねています。従前は1本1本を直接見ていたのですが、リーマン・ショック後に現体制に移行しました。

    資産規模は大きいかもしれませんが、当基金の運用担当者は私を含めて2人です。また、人事異動で担当は変わります。担当者のスキルや発想で運用を左右されてはいけないという議論があり、いわゆる「ローテーション・リスク」を避ける意味合いと、投資の継続性を重視した結果です。

    もちろん、ファンドを買い付けていく段階では当方も細かくチェックします。しかし、いったん運用が始まれば基本的にゲートキーパーの判断を重視し、一定の裁量も与えています。それだけに、どういったゲートキーパーを選択するのか、が最も重要ということになります。

    以下はヘッジファンドの例ですが、おかげさまでゲートキーパー運用はこれまで概して順調です。

    【図表4】ヘッジファンドの運用実績(2011年7月から2022年6月まで)
    累積リターン 62.36%
    年率リターン 4.29%
    標準偏差(年率) 4.17%
    リターン/リスク 1.03

    元プロゴルファー志望

    全国情報サービス産業企業年金基金・明石氏
    航空機関連のファンドにも投資を広げてきた

    ところで明石さんは日大ゴルフ部のご出身と聞きました。一時はプロを目指されたとか。

    明石 全学組織ではなく学部単位のほうですけどね。大学を出て栃木のゴルフ場に就職して、2年間練習生を務めました。練習生の上に「研修生」というのがあり、研修会に入って上位に入らないとプロテストを受けることができません。研修会の入会にはテストがあって「1ラウンド半を回って6オーバー以内」が目安です。

    ということはパー72として、4オーバー以内ですか。ゴルフを少々かじった私にとってみれば、それ自体「天文学的なスコア」です。

    明石 プロになるのはそれだけ難しいし、なってからも厳しい。年金基金には紹介していただける人がいて1997年に25歳でJJKに就職しました。給付などの担当を1年、経理を5年担当して、現在の資産運用管理課に来ました。組織や加入者の信頼を得るためにも資格が大事だと考え、ファイナンシャルプランナー(CFP)、日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)も取得しました。

    年金運用担当の明石さんには、もう一つの「顔」がある。JJKの加入企業拡大に東奔西走する「セールスマン」だ。企業年金としての運用基盤をさらに強化するため、加入を検討している企業を訪問し、説明、勧誘をする。月5件のアポイント、年間10社の加入が目標で、「先週も金沢、富山を回りました」とのこと。採用難の昨今は、募集要項に「企業年金あります」と書けるかどうかが採用に至る決め手の1つだそうだ。

    「知りたい!隣の企業年金」は毎月20日ごろの配信を予定しています。

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    阿部圭介

    阿部圭介
    J-MONEY論説委員
    1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事