分散投資理論は、理論が確立し、もっとも発展している、ポートフォリオ最適化の理論に基づく。現代の科学的な投資理論は分散投資理論から始まったと言って良い。しかし、それをESG投資に応用する事例に関しては、詳細が公表されないこともあって、現在までのところ存在していないように思われる。そこで、本連載ではESG分散投資の理論を比較的詳しく展開していくことにしたい。第2回は、その基礎概念である相関である。

相関分析は必須の項目

個別銘柄リターン間の相関係数を考慮せずに、単に銘柄数を増やすだけの戦略を採れば、分散がもたらす望ましい効果(例えば、ポートフォリオのリターン増加)はなかなか出てこず、むやみに組入れ銘柄数だけが増えて売買手数料が高まり、管理が難しくなるだけである。

ESG投資分析にも相関係数計測が必須である。相関分析については筆者も次の2文献で幾つかの事例を検討している。

ESG内部とその時系列の構造について(『月刊資本市場』2021年6月、46-55頁)
【ESGとパフォーマンス 第5回】企業のあるべきESGの第一歩~ESGインテグレーション

ダイバーシティを例に相関関係に注目しよう

優れた人材を集めても、従業員男女比などの属性が偏れば、隠れている大きな問題を見逃し、高リターンを生みだせない。例えば、女性の感性は女性しかわからないことが多いというように、多様な視点があることで経営や販売戦略の盲点を少なくできる。

組織の多様性を増せばアイデアの幅が広がり、組織に活力が生まれるのである。多様性が失われれば、ありふれた経営危機にも弱くなりやすくなる。

その他のダイバーシティについても同様である。例えば、国ごとの文化、習慣の差は当事者しかわからないことが多く、国により清潔さの水準や交通事情の違いなど、市場がグローバル化している現在の企業活動には人種や男女などの多様性が必要になる。なお、多様性には性別や国籍だけでなく年齢も含まれる。

しかしながら、その成果は他の要因にも依存する。つまり、成果は採用され就任する女性・外国人の能力、当該組織が就労環境を整備する経営努力に大きく依存する。

さらに、もし能力のない女性・外国人が就任すると、特に男性・日本人のやっかみと失望で当該組織の生産性が落ちるという現象がおきることも予想できる。

図表では、ESGと非ESGの相関のその他の事例をかかげた。

【図表】ESGと非ESGの相関関係の事例
相関係数の値の符号 事業の種類と背景

(マイナス)
非ESG:サイバーセキュリティ対策未導入
ESG:サイバーセキュリティ対策導入
背景:被災すれば付加的な費用がかかるだけでなく、利益率は低下する


非ESG:火力発電
ESG:太陽光発電
背景:常時発電可能な火力発電に対して太陽光の発電は晴れの日に限られる

0
(ゼロ)
非ESG:高炉
ESG:電炉
背景:電炉は自動車向けなどの高級鋼材の製造が難しく、現状の技術では高炉からの単純な代替が難しい

(プラス)
非ESG:化学肥料・農薬農業
ESG:有機農業
背景:農業生産は、化学肥料・農薬以外、気温、干ばつ・洪水、などにも依存する。相関はプラスでも値は小さい


非ESG:鉄骨造りの高層ビル
ESG:木造高層ビル
背景:木のぬくもりが心地よいといった居住者の好みは様々だが、建物としてのリターン分布はほぼ同じ

出所:筆者作成

係数値の計測にあたっては、実績データが十分蓄積されるまではシナリオ分析に頼るしかない。それには工夫が必要である。

シナリオ分析は複数のシナリオを考え、それらが起こる確率ともたらすリタ―ンを推測し、リスクとリターンを計算する。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数