名ばかりのESG対応を企業は意図的に行なう、悪い情報は公表しない、あるいは無意識に公表資料を誇張するなどの傾向があることも否定できない。このESG粉飾は、グリーンウォッシングなどと呼ばれ、少なくない。投資家がESG投資を行うにあたって、ESG情報が正しいことが必須であり、粉飾ESGを適切に捉える必要がある。今回はESG粉飾行為が採られる原因をさらに探ろう。

ESG粉飾の主たる原因

ESG粉飾が生まれる原因には制度などの影響が大きい。筆者がESG会計のシリーズで紹介したように、ESGを適切に取り扱わない会計制度が粉飾ESGを生む。制度が不適切であるだけでなく、次に見るように、制度や仕組みが未整備の場合やESG技術から由来する原因もある。

【図表】ESG粉飾の主たる原因

主たる原因と概要、事例の一例
①権限集中:
報酬制度などが考慮されずに、権限を過度に集中
②職権集中:
適度な人事異動なしに同一業務を長期にわたり任せる
③複雑性・専門性:
業務プロセスが複雑・専門的
④ 長期性:
ESG行動の成果が実るには時間がかかるにも拘わらず、達成予測プロセスやその予測精度を開示していない
⑤ 不確実性:
ESG行動の成果が不確か
⑥ 評価の多様性:
ESG行動の成果が確定しても、その評価が分かれる

出所:様々な資料から筆者作成

ガバナンスの不備がESG粉飾を生む

企業の不祥事は役員への過度の権限集中から生じることが多い。時間とともに意見できる側近が減り、異議を唱えたり疑問を投げかけたりする人から、役員は隔離されるようになる。巨大な権限を持っていなくても、自己の地位を守りたいという誘因が不祥事につながる。

権限が限られていても、数限られた職員に人事異動の機会が少なく、同一業務を長期にわたり任せると不正を発見できなくなる。専門性が高いESG技術のため、異動させられないというケースもある。

技術の特殊性がESG粉飾を生む

製造業では素材・部品あるいは工程が何万もある場合がある。その結果、個々の素材や部品ごとに炭素削減量などを算出するには手数や時間がかかる。それを利用して素材や部品を多数に分ける粉飾が考えられる。数だけでなく部品の分け方にも粉飾工作できる余地がありえる。

また高額な設備・機器が必要になる検査、時間・手間のかかる工程の検査などに対して、コスト節減や納期を守るため不正が行われる。非製造業でも、多数のSPC(特定目的会社)やLLP(投資事業組合)を組成し、それらを利用して巨額粉飾決算を行った事例が日米である。

ESG投資が作り出す価値は、実るまでに長い時間がかかったりする。成果がまだ出ていなくても、できるだけ早期に情報を開示したいと考える原因となるのが、このESGの長期性である。全てのESG投資家が短期リターンを目的とするとは限らないが、長期となると積極的に投資できないという投資家もいるため、企業は見切り発車するのである。

ESG成果の不確実性と評価の多様性も影響する

企業がESG行動を適切に採っても、その成果が不確かである場合がある。例えば、現象が長期にわたり生じるだけでなく、遠方で生じると不正を発見しにくくなる。本社一括で不正等への対応にあたっていると海外で起きた問題に対処し切れない。また、海外炭素排出枠が国内企業に仲介された場合では、調査・確認が困難になる。

採用した適切なESG行動に確定した成果が出ても、見方や考え方、生き方によってその評価が分かれる、あるいは利害が対立する場合がある。ここに、悪意ある粉飾だけでなく、無意識の粉飾が入り込む。

辰巳憲一

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
大阪大学経済学部、米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数