海外展開や事業承継などの有力手段としてM&Aが注目されている。しかし、なかには期待通りのシナジー効果が生まれないケースもある。日本政策投資銀行の柳正憲氏と、日本M&Aセンターの三宅卓氏がM&Aを成功に導くためのポイントを語り合った。
(取材日:2017年6月6日、コーディネーター:J-MONEY編集長 工藤晋也)

日本M&Aセンター 代表取締役社長 三宅 卓氏(左)日本政策投資銀行 /代表取締役社長 柳 正憲氏(右)

年間2万人の雇用を守る。10年間で20兆円の経済効果

経営課題を解決する手段としてM&Aがクローズアップされている。

 今日の日本企業の経営課題の一つに海外展開がある。以前は現地に工場や販売拠点を構え、時間をかけて少しずつシェアを広げていくのが王道だった。しかし、M&Aで現地の企業を買収すれば、その企業の工場や販売網を一挙に獲得できる。時間をかけずに海外に事業基盤を築けることから、いまやM&Aは海外展開に欠かせない選択肢といえるだろう。

三宅 国内の中小企業では経営者の高齢化が深刻化しており、66%の企業が後継者不在に陥っている。経営が悪化しているわけではないのに廃業や解散を選ぶ企業は年間3万社近くにも達し、年間30万人が働く場を失っている状況だ。

当社は、後継者難に悩む売り手企業を買い手企業に紹介することで企業の存続を図っている。2016年度には約260社を買い手企業に紹介し、M&Aが成約した。この経済効果を矢野経済研究所が分析したところ、年間2万人の雇用を守ったという結果が出た。さらに譲渡企業がM&A後も10年間存続すると、1兆9000億円の経済効果があるという。当社が2016年度のペースでM&Aを成約していくと、10年間で20兆円もの経済効果が得られることになる。

明確な戦略に沿って動く。中長期の視点で最終判断

買収後に巨額損失を計上するなど、M&Aが経営リスクになるケースもある。

 デューデリジェンス(精査)や企業価値評価が甘かった、あるいは適切なPMI(M&A成立後の統合プロセス)をしなかったため、M&Aに失敗したケースはたくさんある。しかし、短期的に赤字を出したり、シナジー効果があらわれるのに時間がかかったりするケースもあることから、もう少し中長期の視点で見てほしい。そのうえで失敗なのか、成功なのか、最終的な判断をするべきだ。

三宅 日本人は世界で最もPMIが下手。同一の民族、同一の言語だから、あうんの呼吸で相手も分かってくれると思い込んでいることが大きい。きっちりと目標を設定したうえで、企業文化の融合を図らないとならない。日本人は言うべきことを言わないので、M&A仲介をする際は、買い手、売り手ともにどのような形のM&Aを望んでいるのか、本当のニーズを聞き出すように心がけている。

 企業文化を一つにするのは難しい。ある日本企業は時価総額が自社より高い企業を買ったため、企業文化の統合に苦労した。長い時間をかけてようやく組織がまとまってきたが、このようにM&Aで成果を得るには相当忍耐強くやらなければならない。M&A戦略がはっきりしていれば、シナリオ通り進んでいるのか、失敗なのか判断できる。なかにはたまたま案件を紹介されたから、あるいは競合他社がM&Aをしたからなど、計画性のないM&Aもある。M&Aはまず戦略を明確にし、それに沿って動くようにしないと成功は望みにくいだろう。

買収後の2年間はCEOやCFOの役割が重要

明確な戦略以外に重要なことは。

三宅 CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)の役割だ。中小企業の多くは創業者がトップなので、現場のことをよく知っている。工場に入ってグリースのにおいをかいだだけで歩留まり(良品率)がわかるから、財務会計やKPI(業績評価指標)も必要なかった。しかし、M&Aによって新たに派遣された社長は現場に精通しているとは限らない。CFOのサポートが必要になる。

引退の花道として定年間際の人を新社長にあてるところもあるが、やる気がない社長のもとでは従業員のモチベーションが低下してしまう。第一線で活躍している役員を派遣するのが厳しいのであれば、意欲のある若手をトップに置いた方がいい。買収後の2年間はとくに大事な時期なので、CEOとCFOの重要性をもっと認識すべきだ。

M&A戦略の策定とPMI、そしてデューデリジェンスの一つたりともおろそかにできない──柳氏 かつて富士通と日本政策投資銀行、パナソニックの出資で、システムLS(I 大規模集積回路)の設計・開発などを手掛けるファブレス(工場を持たない)形態の「ソシオネクスト」を設立した。そのときに誰をトップにするかが大きな焦点となったが、ありがたいことに、実績豊富な京セラの元会長兼CEOの西口泰夫氏を迎え入れることができた。西口氏の強烈なリーダーシップにより、ソシオネクストの経営も軌道に乗り始めている。西口氏のような優秀な経営者というのは本当に少ないことから、我々は実績のある経営者を紹介するサービスを考えている。

三宅 実は私のビジョンにも人材紹介がある。当社では2016年にPMI支援室を設置したが、これを軌道に乗せた後に人材紹介の会社を立ち上げたい。

 M&Aの成功には対象企業の企業価値評価を測るデューデリジェンスも欠かせない。どのような企業を買収したいのか、M&A戦略の策定とPMI、そしてデューデリジェンスの一つたりともおろそかにはできない。

三宅 とはいえ、デューデリジェンスで洗い出せるリスクと、洗い出せないリスクがある。目に見えないリスクを洗い出すのは至難の業なので、豊富な経験を持ち、かつ痛い目に遭った企業をたくさん見てきた日本政策投資銀行や、我々のようなM&A専門会社に相談することが肝要だ。

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