日米実質金利差縮小と中国の金融不安がもたらす115円までのドル安円高
- 4週間で10円の下落をみせたドル円相場
- 放漫財政とインフレによる日米実質政策金利差拡大
- クラウディングアウトがもたらす日米実質政策金利差の縮小
- 中国の地政学的・経済学的リスクを通じた円高効果
4週間で10円の下落をみせたドル円相場
先月の拙稿で予想した通り、ドル円相場は、2023年11月13日の151円台をピークに12月7日の141円台まで、4週間弱の短期間に約10円の大幅な下落を記録した。
ドル円相場は2024年年央に向けて最大115円まで下落すると予想する。
放漫財政とインフレによる日米実質政策金利差拡大
円高の第一の背景は、日米実質政策金利差の縮小見通しである。1970年代の歴史が教える通り、2020年以降の欧米における放漫財政は世界的なインフレ高騰をもたらし、欧米中央銀行は積極的な金融引き締めを行った。
一方、日本では、消費税率の引き上げと量的緩和が個人消費を抑制したため(日本版「カンティロン効果」と呼ばれる)、インフレ率は低位安定を続け、日銀は金融緩和を継続した。2014年第1四半期に59.0%に達したGDP(国内総生産)に占める個人消費の割合は2023年第3四半期に54.4%まで低下している。
この結果、日米間の実質政策金利差が急激に拡大したことが、2022年以降に急激なドル円相場上昇をもたらした(図表1)。
経済のサービス化と現地生産の拡大によって、円安の輸出増大効果は期待薄な上、円安は、輸入物価の上昇を通じて日本からの所得の海外流出を招来したため、個人消費にさらなる悪影響を与えた。
クラウディングアウトがもたらす日米実質政策金利差の縮小
同じく1970年代の歴史が教える通り、放漫財政によるインフレは、クラウディングアウトを通じて、現在、欧米経済にスタグフレーションをもたらしつつある。
クラウディングアウトによるスタグフレーションからの脱却には、財政引き締めと金融緩和が必須であり、欧米の政府・中銀は今後、その道筋をたどることになる。
一方日本では、所得減税と防衛費の増大によってインフレ率の上昇が続き、金融政策は、マイナス金利解除とテーパリング、利上げと量的引き締めへと突き進むことになろう。この結果、日米の実質政策金利差は今後縮小し、ドル円相場のさらなる下落がもたらされる公算が高い。
中国の地政学的・経済学的リスクを通じた円高効果
今一つのドル安円高の背景は、台湾有事への懸念減少と中国金融不安への懸念増大である。
中国経済の行き詰まりと習近平国家主席の今夏の北戴河会議における孤立やG20欠席、相次ぐ閣僚更迭等によって、2023年秋には、米国の安全保障専門家の間で台湾有事の勃発すら懸念された。しかし、11月15日開催の米中首脳会談によって、その懸念は多少なりとも薄らいだとみられている。
一方、恒大の法的整理延期、貸出金利引き下げによる銀行収益の圧迫、景況感の悪化や輸入の減少、2カ月連続の消費者物価の下落など中国における金融不安の可能性は一段と高まっている。
ムーディーズも格付け見通しを引き下げた。これは、地政学的リスクおよび経済学的リスク双方の観点から、円高をもたらしたと考えられる(「ドル円相場をめぐる地政学的リスクと『円急落の崖』」)。
すなわち、図表2において、台湾有事リスクの減少は、「円安の崖」を駆け上るがごとくの円高の効果を生み、金融不安リスクの増大は従来的な「質への逃避」を通じた円高効果を生むと考えられる。中国の金融不安が現実のものとなれば、円キャリートレードの巻き返しを通じたドル円相場の急落は避けられまい。