台湾情勢に対する日本企業の目線は変わってきている

最近はイスラエルとイスラム原理主義組織ハマスとの間で軍事衝突が続き、世界の関心は中東に集まっている。しかし、日本の隣にある台湾を巡っては依然として緊張が続いている。

2022年8月はじめ、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問したことにより、中国軍は台湾を取り囲むように大規模な軍事演習を行い、大陸側からは弾道ミサイル数発が発射され、その一部は日本の排他的経済水域にも落下した。その際、韓国と台湾を結ぶ大韓航空やアシアナ航空のフライトも運休するなど、一般市民の生活にも少なからず影響が出た。

そして2023年。これまでに2022年8月ほど緊張が高まる事案は発生していないが、中国軍機による中台中間線超え、台湾の防空識別圏への侵入、台湾離島へのドローン飛来などは断続的に続いており、台湾も国防費を増額するなど、依然として緊張状態にある。中国の習近平政権は台湾統一を掲げ、その独立に向けた動きには武力行使も排除しない姿勢を貫いており、米国に対しては台湾への防衛協力などを停止するよう要求している。

2024年1月には台湾で4年に1度の総統選挙が行われるが、その結果次第で中国の台湾政策は大きく変わる可能性があり、今後の動向が注目される。

一方、脱台湾を図る日本企業は筆者の知る限りないものの、台湾情勢の行方を懸念する日本企業は明らかに増えている。これまで台湾に進出する日本企業の間で、地政学リスクを懸念することはほぼなかったが、中台関係の冷え込み、中国軍の増強などにより日本企業の台湾を見る目は徐々に変わってきている。 

短期的には有事に発展するリスクは低いか

今日、台湾には3000社以上の日本企業が進出しているとされるが、筆者も台湾有事を想定したコンサルティングに従事する回数と時間が明らかに増えている。実際、企業担当者たちからは、「有事のリスクは年々高まってきているのか」、「これまでの台湾での事業を縮小させる必要があるか」、「どのタイミングになったら駐在員とその帯同家族を避難させるか」などといった声が聞かれる。

現時点において、中国軍に台湾侵攻を円滑に実施できる能力や規模は備わっていないとの見方が有力なので、筆者は短期的に有事が発生する可能性は低いことから、必要以上の懸念を抱く必要はなく、脱台湾を行動に移す段階ではないと日頃から企業担当者たちに伝えている。

しかし、米中の軍事力は拮抗し続け、習政権は台湾への武力行使の選択肢を放棄しているわけではない。そのため、台湾有事を想定した危機管理体制を社内で構築し、日々変動する台湾情勢に関する情報を入手し、社内で分析と共有を徹底することの重要性を伝えている。

先述したように、台湾情勢で大きな緊張が走れば、民間航空機の運航はすぐに停止する可能性が高い。しかし、ウクライナのケースと違い、台湾は海に囲まれており隣国に陸路で避難することはできず、唯一の安全な避難手段は民間航空機となる。要は、大きな緊張が走ればすぐに篭城の身となってしまう恐れがあるのである。

台湾にはいくつものシェルターがあり、十分に避難できる環境が整備されているが、日本企業としては今後さらに台湾情勢の動向を深く追っていく必要があろう。

和田 大樹 国際政治学者

和田 大樹
株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役社長 CEO
一般社団法人 日本カウンターインテリジェンス協会 理事
株式会社 ノンマドファクトリー 社外顧問
清和大学講師(非常勤)
岐阜女子大学南アジア研究センター 特別研究員

研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。特に国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などテロ研究を行う。テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。多くのメディアで解説、出演、執筆を行う。詳しい研究プロフィールはこちら