米雇用統計、予想に反して失業率が改善

足立 正道氏
UBS証券
調査本部 チーフエコノミスト
足立 正道

先週公表された米国の5月雇用統計は驚くほど強い結果であった。事前予想では750万人の減少が見込まれていたにもかかわらず250万人増となり、失業率も2月の3.5%から4月に14.7%にまで急上昇して、さらに20%程度に上昇すると予想されていたが、その予想に反して13.3%に低下。各種の規制が緩和・解除されるなか、人々の移動状況や車の混雑度合いなどを日次や週次で示すいわゆるオルタナティブデータは4月を底にやや改善していたが、米国経済の現状をもっとも的確に示すと捉えられている雇用も予想以上に早く底打ちしていたことが示された。この結果、それでなくとも記録的な財政・金融政策の緩和によって高まっていた市場のセンチメントは一層楽観的となり、S&P500は年初来のマイナスを全て打ち消してプラスに転じている。

無論、こうした劇的な変化の際には統計の信頼性は低下する(今回の雇用統計における家計調査の回答率は、通常より15%ほど低い67%に止まった)。また、失業率は改善したといっても1930年代の大恐慌時以来となる記録的な高さにあり、これで米国経済が本格的な回復に転じたと受け止めるのは楽観的過ぎるとの見方は真っ当だろう。

特に、新型コロナウイルス感染症のワクチンや有効な治療薬がいつ発見されるか分からず、世界全体としてはまだ新規感染者が増えている状況において、わが国を含む先進国で爆発的感染の第2波・第3波が到来するリスクを忘れることはできない。仮に感染爆発が避けられたとしても、ソーシャル・ディスタンスや各種の制約の下で従来どおりに経済活動が戻るとは思えず、企業の業績悪化・低迷は長期にわたるとの懸念が強いのは自然といえるだろう。このため、今の株式相場は過剰流動性によるバブル(コロナ・バブル)だ、と断言したくなる気持ちも分からないではない。

対コロナ政策と企業のイノベーションに注目

しかし、ここで改めて認識しておきたいことは政策対応の大きさである。家計全体としては一時的であったにせよ、潤沢な所得を確保したのだ。実際、4月の個人所得・消費は劇的で、メディアのヘッドラインは歴史的な消費の落ち込み(実質、季調済前月比13.2%減)に焦点を当てていたが、その裏で所得は11.0%も増加していたのである(図表)。4月の時点では労働所得の源泉である雇用は約2千万人(米国の全雇用者数は3月時点で1億5千万人)も減少したにもかかわらずだ。

■図表 米国個人所得と消費支出

米国個人所得と消費支出
※季節調整済み年率、2012年連鎖価格
出所:Bureau of Economic Analysis

これは、政府のコロナ禍対策である失業保険の拡充などによって政府から家計の大幅な所得移転が実施されたからである。この結果、米国家計の貯蓄率は急上昇した。つまり、家計の購買力は全体としては潤沢なのだ。労働市場が思っていた以上に早く改善して家計の不安が早期に後退すれば、こうした貯蓄が消費に回ることで、意外と早い景気回復も否定はできない。特に一部の経済学者などが提案しているような感染の有無を調べる検査と隔離が徹底的になされることになれば、通常の生活が意外に早く戻るかもしれない。

もう少し長い目でみても、100年に一度の未曾有なショックがもたらす変化は、必ずしも悪い方向だけとは限らない。この危機を機とした新しい事業の立ち上げや業務のやり方の抜本的な見直しで市場シェアを伸ばす企業や、生産性を大幅に引き上げる企業も出てくる蓋然性はそれなりに高い。また、画期的なイノベーションで、一見すると不可能に思える課題を克服してくる企業や業界が出てくる可能性もある。

米中分断の本格化や米国内の人種・階層の分断といった構造的な転換期を迎えて、個人の気分的には楽観的になれないが、論理的には不確実性やリスクは下方にのみ向いているとも限らない。いずれにせよ、柔軟な発想で景気と市場をみていく必要があるだろう。