1966年の設立以来、投融資や技術協力などを通じてアジア・太平洋地域の経済発展を支援してきたADB(アジア開発銀行)。アジア・太平洋地域の経済力拡大と都市化の進展などで強まるインフラ需要や待ったなしの気候変動対策、そしてAIIB(アジアインフラ投資銀行)の誕生など、ADBをめぐる環境には大きな変化の波が押し寄せている。67の加盟国・地域を擁し、2016年に創立50周年の節目を迎えるADBはどのような業務改革を進めるのか、またアジア経済はどこに向かおうとしているのか。(工藤晋也、取材日:2015年10月15日)

中尾氏

2015年8月の人民元の連続引き下げは、中国の実体経済に対する不安感を高め、世界同時株安の引き金となった。中国は世界の成長センターではなく、危機の震源地になってしまったのか。

中尾 電力消費量や輸入、製造業の景況感などの数値を見ても、中国経済がスローダウンしているのは間違いがない。ADBが発表している「アジア経済見通し」でも、2015年3月時点では中国のGDP(国内総生産)成長率について2015年は7.2%、2016年は7.0%と予測していたが、9月の改訂版では6.8%、6.7%とそれぞれ下方修正した(図表1)。

ただし、かつての勢いはなくなったとはいえ、中国は大きなポテンシャルを持っている。中国の国民一人当たりのGDP(2014年)は7500ドル程度であり、約3万7500ドルの日本と比べて成長の余地は大きい。財政政策、金融政策もまだ余力があり、必要があれば使うことができる。

中国政府はこれまでのような大規模な景気刺激策ではなく、国有企業の改革、中小企業の振興や金融セクターの自由化など、構造改革による成長力強化を目指している。中小企業を育成するためにも、金融機関による資金面での支援がより重要になる。

チャイナ・プラス・ワンのベトナムとミャンマーに期待

中国の旺盛な需要は、資源国や周辺国の経済を潤した。しかし、中国経済の失速によって資源国や周辺国には暗雲が広がっている。その一方でベトナムやミャンマーといった新興国が勢いを増している。

中尾 中国経済の変調は、一部の資源国や周辺国に少なからず影響を与えている。ADBの加盟国であるアジア途上国全体(日本・オーストラリア・ニュージーランドを除くアジア・太平洋45カ国・地域)のGDP成長率は、2015年と2016年ともに6.3%と見ていたが、9月の改訂版では2015年は5.8%、2016年は6.0%にそれぞれ引き下げた。

個別の国では、中国との関係性が強い韓国は3月時点で2015年のGDP成長率は3.5%だったが、9月には2.7%に下方修正した。資源国であるインドネシアは一次産品の価格低下で成長にブレーキがかかっており、予測値を5.5%から4.9%に見直した。

逆に元気なのがベトナムとミャンマーだ。ベトナムは9000万人、ミャンマーは5100万人と人口にも恵まれている。経済改革の推進にも一定の成果があらわれており、中国に代わる製造拠点“チャイナ・プラス・ワン”として日本などからの直接投資が加速している。

ベトナムとミャンマーのGDP成長率を見ると、2015年は6.5%と8.3%、2016年は6.6%と8.2%という見通しだ。ベトナムの見通しは3月時点より引き上げたくらいだ。カンボジアやラオスも、人口規模はベトナムやミャンマーより小さいが、今後の発展が見込まれている。

2014年に誕生したモディ首相のもとで改革が進むインドにも期待したい。複雑だった間接税の簡素化や土地収用法改正など目玉政策はまだ成立していないものの、燃料補助金削減、外資規制の緩和など一定の成果もあらわれている。2015年は7.4%、2016年は7.8%と、中国を上回るスピードで成長していくと見る。

インドは人口で数年のうちに中国を抜くといわれ、若年人口も多い。一人当たりGDPも中国の7500ドルに比べて1600ドルとまだ低いだけに、逆に大きな可能性を秘めている。これまで何度も中国と比肩する将来の経済大国の期待を受けながら、州の権限が強過ぎるなどインド特有の障壁が大きな妨げになってきた。海外企業が安心して投資できるだけの環境を整えられるか、モディ首相のリーダーとしての実行力が問われるだろう。

実際にモディ首相とは2014年8月と2015年2月に会って話をしたが、非常に前向きで、精力的に問題に取り組んでいるのが印象的だった。グジャラート州の知事時代の市場志向の改革の経験も活かして、高い経済成長を持続させてほしい。