面的な広がりが求められるTPP、米利上げの影響は織り込み済み

2015年10月、2010年3月から始まったTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉が大筋合意した。日本、米国のほかシンガポールやマレーシア、ベトナムなど、計12カ国が参加するTPPの誕生は日本やアジアにどのような影響をおよぼすのか。

中尾 現時点では5年にもわたる交渉が大筋で合意できたことは、モノやサービスの貿易のみならず、各国の規制のハーモナイゼーション(調和)を促進し、アジア・太平洋地域のさらなる経済統合をもたらすと期待される。日本にとってもアジアにとっても大きな意味を持つのは間違いがない。もっとも、日本の主要貿易相手国であるタイやインドネシア、さらには韓国などが参加していないので、今後の面的な広がりにも注目だ。

2013年5月にFRB(米連邦準備理事会)のバーナンキ前議長がテーパリング(量的緩和の縮小)に言及したことで、新興国から多額の資金が流出した。米国が利上げに踏み切った場合、“バーナンキ・ショック”のような混乱が再発する可能性はあるか。

中尾 米国の金利正常化は、すでに市場関係者に相当程度織り込まれていると思う。FRB自体、引き上げのタイミングなども慎重に考えているようなので、緩やかなペースで少しずつ利上げしていくだろう。そもそも米国の金利だけで為替レートや株価などは決まらない。米国の利上げを過度に意識し過ぎている。1997年に起きたアジア通貨危機を教訓に、各国とも外貨準備は積み上がり、財政・金融政策はより健全になり、金融セクターの状況も強固になっているので、危機再来は考えられない。

ADBでは、インフラ整備などのプロジェクト向け融資だけではなく、競争力強化やエネルギーセクターの改革などの政策を条件とする財政支援型のプログラムローンを行っている。2015年の秋には、資源価格の下落や中国経済の失速による悪影響を緩和するために、カザフスタンには10億ドルの景気対策向け特別プログラムローン、モンゴルには社会セクター強化を条件にした1億5000万ドルのプログラムローンを実施した。

OCRとADF統合で貸出能力拡大、リソースの活用で手続き短縮化

アジアでは、急速な経済成長に伴ってインフラ整備の資金需要が高まっている。ADBの試算によると、アジア・太平洋地域では2010年から2020年までの11年間に8兆ドルのインフラ需要があるという。ADBでは、この巨大なインフラ需要に応えるべく、どのような手を打つのか。

中尾 8兆ドルすべてをADBや世界銀行などの国際開発金融機関が支援するわけではない。8兆ドルのおよそ半分は中国が占めており、その多くは税収や国債発行などで賄われている。

ADBの年間投融資承認額は2014年で約130億ドル。このうち100億ドルは中所得国向けに、ADBの債券発行による調達コストに一定のスプレッドを上乗せして貸し付けるOCR(通常資本財源)、残りの30億ドルは低所得国向けに、日本、米国など34カ国の資金貢献をもとに、そのまま超長期かつ超低利で貸し付けるADF(アジア開発基金)となっている。このADFの30億ドルには、アフガニスタンや太平洋諸国などに対する無償資金協力の4億ドルも含まれる。

ADBでは2017年にOCRとADF(貸し付け部分)を統合し、ADFにもレバレッジをかけられるようにすることで貸出能力を拡大する。130億ドルの年間投融資承認額を最大50%、約200億ドルに引き上げるとともに、これまでのADFの対象国への支援額を70%増やす予定だ。

支援額の拡大も重要だが、自国で債券を発行して資金調達ができる途上国が増えているなか、ADBの開発支援が評価されるためには、今までどおりのやり方ではだめだ。ADB自体の手続きの効率化、そして加盟国に頼りにされるナレッジのさらなる強化が必要となる。

ADBは、今28の融資先国・地域に29カ所の事務所を持っている。このなかには北京やインドのような100人規模の事務所もあり、こうしたリソースの活用、現地事務所への一層の権限委譲、本部での手続きの合理化などでプロジェクトの発掘、調達といった工程を短縮化する。

ナレッジ強化のために組織の見直しも行う。その一例が総裁直属の官民連携促進部(PPPオフィス)の設置だ。また、政府向け貸し付けを行う南アジア局や東アジア局などの5つの地域局、民間への貸し付けを行う民間部門局という基本構造は残しながら、これらの業務局をまたいで活動する、運輸やエネルギー、保健、教育などの7つのセクターグループ、ジェンダーやガバナンス、環境などの8つのテーマグループを設けた。それぞれに常設事務局を備え、ナレッジの蓄積、共有や専門性の強化を図っていく。

気候関連支援額を倍増。中小企業金融にポテンシャル

ADBでは気候関連の年間支援額を30億ドルから60億ドルへと倍増することにした。

中尾 ADBの気候関連の年間支援額の倍増は、気候変動対策に対して先進国は2020年までに年間1000億ドルの資金を拠出するという国際合意を踏まえたものだ。60億ドルのうち40億ドルは、再生可能エネルギーやエネルギー効率、持続可能な交通、およびスマートシティ建設への支援などを通じた温室効果ガス削減、いわゆる「緩和」策に使う。残りの20億ドルは、気候変動に対応できるインフラや農業、気候変動に伴う災害への備えなどの「適応」策を支援するものだ。

2015年9月に開催された国連総会において「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が決定された。17の目標のなかには気候変動も含まれるが、ADBの主目的である貧困削減はもちろんのこと、環境、医療、教育、ジェンダーなどの領域で引き続き大きな役割を果たしていきたい。

アジアでは中国主導のAIIBが誕生した。ADBはAIIBとの協調融資などでアジアの旺盛なインフラ需要に応えていく考えだ。

中尾 ADBとAIIBはアジアの膨大なインフラ需要に応えるという共通の目的を持っている。我々の持つ長い経験と専門性、そして28の融資先国・地域にある事務所というリソースを活かして、協力できるところは協力していく。かつてADB副総裁であったAIIBの金立群総裁とも本年は2回長時間会談し、前向きに協力し合うことで合意した。環境面や住民移転など社会的な影響にも配慮することの重要性についても考えは一致している。

AIIBとは今後も必要な情報を共有するとともに、協調融資のメリットが見込まれるプロジェクトを共同発掘していく。AIIBに参加を決めた欧州各国やオーストラリア、アジア諸国は両機関の協調を望んでいるし、参加していない日米も世界銀行やADBを通じた協力を目指している。

世界の成長センターといわれるアジアでは、金融ビジネスに関しても大きなポテンシャルを秘めている。金融ビジネスの可能性という意味で有望視している国はどこだろうか。

中尾 成長力があり、かつ人口に恵まれているインドネシアやフィリピンには期待できる。ベトナムやミャンマーは、まだ所得が低く、金融セクターも発達していないが、それだけにポテンシャルがある。金融スキームとしては、中小企業金融やマイクロファイナンス、クレジットカード事業は発展の余地が大きいだろう。証券市場はまだ未成熟だが、各国とも促進を図っている。保険やリースビジネスも将来性がある。