上場のハードルは上げず不適切な取引に厳しく対処

2015年4月~ 6月に行われたIPOの上位10件のうち、上場直後の初値から7月3日の終値までの騰落率を見ると、市場平均を上回ったのは3件(図表6)。この結果をどう見るかは判断が分かれるところだが、IPO市場が以前にも増して「いかに超短期で売り抜けるか」という場になっているというのはうがった見方だろうか。

日本取引所グループの3月31日の提言では、上場時期の集中の緩和についても触れていた。東京証券取引所上場部企画グループ調査役の池田直隆氏が説明する。「企業の決算時期などの影響で、IPOはどうしても構造的に12月や3月に集中しやすい。2014年は80社中28社が12月に集中した。報道では、この集中によるIPO銘柄の売買の短期化が指摘されている。投資家が初値付近で短期で売買して、次々と新しい銘柄に乗り換える。その結果、上場直後は比較的売買が活況で流動性も高いが、しばらく経つとほとんど売買がなくなるという状況が見られる。また、集中により、市場関係者におけるリソース不足が生じるといった点も指摘されている。そこで、IPOの集中状況について事前に証券会社に通知して、できる限り配慮してもらえるよう要請することとした。」

政府は成長戦略の一環としてIPO市場の活性化を挙げている。投資家に不利益をもたらすようなIPOが増えると市場が信頼を失いかねない。一方で、「上場基準の厳格化」という方針が一人歩きして、企業がIPOに対して及び腰になってしまうことも望ましいことではない。東京証券取引所の渡邉氏はあらためて強調する。

「取引所としては、上場のハードルを不必要に上げることは決して意図していない。あくまで不適切な取引に対する監視を強めるということ。成長する企業にリスクマネーを供給することがIPOの重要な使命であり、今回の取り組みは信頼の確保を通じて、持続可能なペースでIPOを増やしていくことを目的としている。市場に過度な規制をかけるのではなく、悪いところにピンポイントで対応するということだ」

ルール整備と企業のIPO後の成長戦略

IPOをめぐる問題では、業績予想の下方修正や不正取引とは別に、株取引そのもののルールに対する疑念も指摘される。経済産業省の「企業報告ラボ」で座長を務める一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授の野間幹晴氏は、「証券会社系のベンチャーキャピタル(VC)が多額の出資を行った企業のIPOで、同系列の証券会社が主幹事を務めることがある。利益相反の可能性があるだけでなく、ベンチャー企業の持続的成長や企業価値向上を阻害している可能性もある。証券系のVCが投資した企業のIPOで、同系列の証券会社が主幹事になることについてルール整備が求められる」と話す。

IPO後の成長戦略を描ける新興企業が少ないことも、IPO後の株価が下がりやすい理由の1つだと野間氏は指摘する。「上場後に成長が鈍化する企業が多いが、本来は上場後の姿勢が問われるべきで、VCもIPOに向けた支援より、IPO後の成長戦略やガバナンスへの支援こそが必要である。ベンチャー企業のイグジット(出口)には、IPOと既存企業によるM&Aがある。2014年、米国でのIPOは115件だったのに対してM&Aは459件に達しており、M&Aがベンチャー企業の出口戦略として重要な役割を担っている。日本企業も、IPOをイグジットと捉えるのではなく、IPOのその先にゴールを設定するようになれば、IPOや新興市場の活性化、健全化にもつながるのではないか」

日本取引所グループが上場審査の厳格化の方針を打ち出してから3カ月余り。東京証券取引所の渡邉氏はその影響について、「今のところ、我々が心配していたIPOの萎縮は見られない。『今年は上場をやめておこう』というような動きは現時点では把握していない」と言う。株式市場は投資家からの信頼なくして成り立たない。目先のIPOの件数を増やすためにグレーな取引を黙認するより、たとえ目先のIPOが減ったとしても企業や証券会社、取引所などがそれぞれの立場でIPOの健全化に取り組んだ方が、長い目で見れば市場全体の利益になることは論を待たない。