5~7年で企業を評価し、自らの予想で大胆に投資
短期的な株価の変動から離れ、長期トレンドを算定するのが真の長期投資家である。長期の業績予想を行うには、それ相応のタイムホライズン(時間軸)が必要になる。過去にバイサイドアナリストとして長い実務経験を持っていた北川氏は、「少なくとも5~ 7年の期間で企業を評価し、自らの予想に基づいて大胆に投資の意思決定をすることが長期投資家の鉄則」と語る。
たとえば図表2の株価は、グラフのジグザグ線のように日々ランダムに動いているが、これを数年の期間として見た場合には、株価はかなり上昇していることになる。業績が良くなることが予見される時点、その可能性が高くなる時点で株価は反応するため、市場参加者の大半がそう思い始めたころにはすでに遅く、このタイミングをいち早くとらえることが重要になる。
こうした予想を可能にするのが、時間軸を合わせた企業との建設的な対話である。日本版スチュワードシップ・コードの後に公表されたいわゆる「伊藤レポート」では、株主資本コストを上回るROE(自己資本利益率)や機関投資家のリサーチ体制の充実など、企業と投資家の望ましい関係構築に向けた1つの筋道が示され、資本市場にとってエポックメイキングとなった。
そのポイントを絞れば、ショート・ターミズムを排し、企業が出す長期企業価値の向上策について機関投資家に吟味することを求める一方、企業側には、説明会やアニュアル・レポートなどさまざまなツールを通じて長期企業向上策を発信し、機関投資家とのベクトルにズレが生じないための対話を促していることだ。
企業との高質な対話は精神分析医の存在になること
レポートでは「高質な対話」という表現を使い、その重要性を説いている。「この対話を実現できる投資家とは、過去の経緯から連続体として会社をきちんと把握している、いわば悩みを聞く精神分析医のような存在だ。こうした投資家との高次元の会話が、高質な対話ということではないだろうか」と北川氏は強調する(図表3)。
一方、対話にあたって企業側に求められるのは、能動的に取り組む姿勢だ。対話の時間軸を長期に設定するための開示事項を、念入りに検討する必要がある。詳細である必要はないが、長期投資を旨とする機関投資家が納得できる説明も必要になる。企業の情報発信力が問われるといってもいいだろう。
北川氏は、日本でも優れた情報開示を行っている企業が増えているとしたうえで、一例として東京海上ホールディングスと日立製作所の取り組みを挙げる。「東京海上ホールディングスによる米保険会社HCCインシュアランス・ホールディングスのM&A案件では、30%超のプレミアムを付けているが、ホームページ上の資料でその妥当性の根拠となると考える数々の資料を的確に開示しており、非常に興味深い。優れた投資家は、これを慎重に読み取り投資の意思決定をすることになる。日立は、年に1回『IR Day』と呼ばれる大規模な事業説明会を開催。Webにも、当日のほぼすべての情報が掲載されており、情報が充実している。両社の情報開示姿勢に共通するのは、一定の節度をもって行い(必要と思われる情報を出すが)、後は受け手の審美眼に委ねていること」と解説する。
他方、企業のなかには、投資家との対話に積極的な姿勢を示さない企業もあるという。「優れた業績を出しているが、ガバナンス・システムについて資本市場に背を向けている企業もある。ただ、長い目で見れば、株式市場から正当な評価は受けにくい」と、一部企業の取り組みを危惧する。まさに、上場企業が守るべき行動規範を網羅した「コーポレートガバナンス・コード」が重要になるわけだ。
国内では、数多くの機関投資家が日本版スチュワードシップ・コードに署名している。「企業分析とはどういうものか? 長期的な企業価値を上げるにはどうすればいいか? 高質な対話とは何か? といったことを真剣に考えることが不可欠だ。コードの重要原則の7に『対話やスチュワードシップ活動に伴う適切な実力を備えるべき』とあり、これを身に付けるための不断の努力が必要になる」と北川氏は語る。