マクロ経済 未曾有の超金融緩和で足元は活況も、「自家撞着」を抱える世界経済と金融市場
コロナショック前から中銀の資産は膨張
世界経済は新型コロナウイルスによる消費の蒸発で、かつてない勢いで瞬間的な大リセッションに突入した。これを受けて、FRB(米連邦準備理事会)は、ゼロ金利政策に加えて無制限の金融緩和という、これまたかつてないフレーズの大金融緩和政策を打ち出し、さらには巨大な財政出動も瞬時に決定され実行された。日欧を始め、世界各国も同じレベル感での政策を展開した。
これを受けて、マクロ経済はリーマン・ショック時をはるかに凌ぐリセッションになったにも関わらず、金融市場は活況を呈しており、どの資産カテゴリーもコロナ禍前の高値水準をつけた。株式、債券、不動産、金といった、本来逆相関の要素もある資産カテゴリーが、多少の濃淡はあるものの同時に高値圏にあるというのは、おそらく金融史をさかのぼってもなかった事象であろう。それだけ市場メカニズムが変調していることの証左でもあると言える。
このような現象は、新型コロナショックの前から起こっていた。実体経済と金融市場の乖離が限界に達しようとしているところで、新型コロナショックが勃発したわけである。無制限の金融緩和を標榜している日米欧の中央銀行がいかに強烈な超緩和マネーを供給しているかは、各中央銀行資産の対GDP比率でみることができる。
【図表】各中央銀行資産の対GDP比
例えば、FRBの場合、リーマン・ショック直前の2007年前後ではGDP対比で5%程度だった資産額が、現在では約35%になっている。この時期ECB(欧州中央銀行)は10%程度が60%程度になった。日本銀行にいたっては、20%程度から130%程度というとんでもない水準になっている。歴史的にみた場合、この比率は5%~10%程度の時が大半である。すなわち、マネーが実体経済と適切にリンクしている場合はこの比率が大きくなることはないということであり、現在のように中央銀行の資産がGDP対比でこれだけ大きな規模になっているということは、いかに実体経済とは違う次元で動くマネーが溢れているかということであり、同時に巨大な財政出動が行われていることも示している。
マクロ経済「正常化」への懸念
この未曾有の超金融緩和政策や巨大な財政政策は、もちろん建前上はマクロ経済を良くするために打ち出されているわけであり、金融市場もそのことを先取りして株高を演じたりしているわけである。しかしながら、市場が建前上織り込んでいるマクロ経済のV字回復が本当に起こってしまった場合、これらの未曾有の超金融緩和政策や巨大な財政政策は正常化に向かわなければならなくなってしまう。
この「正常化」に対して金融市場がいかに脆弱であるかについては、2013年にFRBのバーナンキ議長がテーパリングに入る可能性を示唆した時に起きた、いわゆる「テーパー・タントラム」が想起される。バーナンキ議長がQE3(量的緩和第3弾)で供給している資金を徐々に減額していく可能性に言及しただけで、長期金利が急上昇し、株式市場は急落したのである。これを受けてバーナンキ議長は市場をなだめるべく、テーパリングの開始時期を相当程度後倒しせざるを得なくなったのである。また、正常化が利上げと中央銀行の資産圧縮という本来の正常化過程に入ったばかりの2018年には、トランプ大統領の度重なる利上げ牽制発言とパウエル議長批判に呼応するように長期金利の急上昇と株価急落が起き、FRBの正常化は始まったばかりで頓挫することになってしまった。このように、当時絶好調だった米国経済においても正常化はなし得なかったわけである。
欧米を中心に新型コロナの再拡大がみられることや、不透明な政治イベントが続くことから、しばらく金融市場は不安定な動きとなり、今年3月~4月にあったような乱高下が短期的にあるかもしれないが、未曽有の超金融緩和マネーが溢れている中では、すべての資産カテゴリーにおいて、基調の強さは維持される蓋然性が高い。
投資家としては、実体経済と金融市場の極端な乖離や世界各国の財政状況に強い懸念を感じながらも、この巨大過剰流動性相場に当分つきあっていかなければならないだろうし、この状況をアンワインドさせるようなマクロ経済の急回復やインフレ率の上昇も現時点では想定できない。しかしながら、現在打ち出されている未曾有の超金融緩和政策や財政政策が本当にワークしてしまい、日米欧各国で長期金利が急上昇するような場合、金融市場は極めて厳しい状況となるだろう。投資家はこの世界経済と金融市場における壮大な自家撞着を忘れてはならない。