「流通市場で社債がマイナス金利」の異常事態

中空麻奈
BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部
副会長
チーフクレジットストラテジスト
チーフESGストラテジスト
中空 麻奈

8月7日、目を疑ったのはジョンソン&ジョンソンの一部社債の取引レートに-0.002%というマイナス価格が付いたことである。日本円にしてわずか1.6億円程度の少額取引ゆえ、ディーラーのショートカバーで一過性のものと考えられるものの、流通市場での社債のマイナス価格での取引は前代未聞と言っていい。

翻って、日本銀行が行っている社債等買入でもマイナス金利での買入が続いている。8月5日の落札結果を見ると、残存1年以上3年以下の社債に対し、応札総額7886億円、落札総額3000億円。按分レート-0.044%、平均落札レート-0.034%となっている。条件に見合えば、マイナス金利でも買い取ってもらえることがはっきりしている社債市場では、一気にリスクプレミアムが抑制され、スプレッドが縮小することになる。

こうした各国での異変は、超金融緩和が継続していることに依っている。長らく続いている景気維持のための金融緩和に加えてのコロナ対策により、金融緩和が長引くことはほぼ前提のように見えるようになり久しい。そのため社債市場ではネットの発行量(図表)が増えてきているにも関わらず、価格機能がおかしくなってしまえば、株価が市場最高値を付けるなど金融市場として安定して見えようとも、正常な社債市場とは言いがたい。

【図表】日本、欧州、米国の社債発行額
日本欧州米国
出所:ブルームバーグ、BNPパリバ証券

社債スプレッドとは──金利差縮小の悪影響

社債スプレッドはそれぞれの企業の信用力に基づき、国債やスワップといった基準になる信用力に、相応のリスクプレミアムを上乗せする形で決まるものである。社債スプレッドを簡単化して見ていく。

たとえば、友人Aと友人Bにお金を貸すと仮定する。Aはしっかり者でお金にもきちんとしており浪費家ではないため、返済の可能性は著しく高いが、Bは比較的ルーズで浪費家であるため、返済の可能性は50%とする。「お金を貸さない」という選択肢がない場合には、友人Aに課す金利と友人Bに課す金利は異なり、「Bの方をAの倍にしないと釣り合わない」と思うのではないか。

これが、社債スプレッドの考え方になる。信用力が高い企業が基準金利に対して支払う金利は低くてよいが、信用力が低くなると、多く払わなければならない。リスクプレミアムは高く要求されることになるわけだ。

ところが、先に見たように、現状の社債は一部とはいえ、マイナスレートでトレードされるようになっている。信用の概念が崩れつつあると言っても言い過ぎではない。信用格付けがAAAでもBBBでも、社債発行のコストがさほど変わらなくなってしまう結果を招くことになるからだ。

社債がマイナス金利でトレードされるといっても、大幅にマイナスレートがつくわけでもないうえ、基準金利に対してのリスクプレミアムは必ず上乗せされなければならない性質を考えると、それほど大胆にマイナス価格がつくわけではない。つまり、レンジとして狭い範囲に押し込まれることになってしまうのである。これは困ったことを起こす。信用力に応じたレートを支払いさえすれば資金が調達できる社債市場が、信用力にそれほど関係なく社債が発行できる市場に変容してしまうからだ。高格付けの企業にとってはまったくメリットがなくなるため、発行意欲が落ちるであろう。反面、低格付けの企業にとってはいいことのように聞こえるかもしれないが、格付けの違いに関わらず、高格付けとさほど変わらない投資妙味しか得られない場合、投資家サイドから見た社債投資のメリットはなくなってしまうことになる。それでは投資家の資金は社債市場に向かわなくなってしまい、サステナブルな投資先ではないということになりかねない。

社債市場の展開──サステナブルボンドに期待

それでは社債市場はどうなってしまうのか。

通常、上乗せスプレッドを取るためには、ざっくり3つの方法しかない。①クレジットリスクをより幅広に取るか(これまでの投資ガイドラインがシングルA以上だった場合にはトリプルBまで投資できるようにする、など)、②年限を長く取るか(社債の中心投資レンジといえば5年から7年程度だが、これを10年、あるいは30年、40年といった超長期まで投資するようにする、など)、③海外ネームや証券化商品など従来と異なる商品に取り組むか、である。

こうした中、社債市場では投資家の目線に合うよう、スプレッドが上乗せできるよう工夫が見られ始めたと言える。レバレッジドローンを参照債権とするCLOや航空機ファイナンスなどといった証券化商品もそうした工夫の一つだが、ハイブリッド証券やサステナブルファイナンスの拡大もある。

ハイブリッド証券はその半分を株式、半分を債券として読む商品である。財務内容の悪化が限定的となる点は発行体にとってプラス材料である一方、投資家にとってはこれまでと同じクレジットリスクの銘柄でありながら、上乗せのスプレッドを取ることができる。さらに、コロナ債やグリーンボンドといったサステナブルボンド市場は発展拡大中だが、東京大学など新規の発行体の参入も見られ出し、その勢いの加速が期待されるところである。

マイナス金利を採用している以上、低金利を前提にしなければならない状況は当面続くであろうが、今回見てきたように社債市場では様々な工夫を取り入れている。今後も、発行体と投資家の双方にとって、より一層使い勝手のいい市場が展開されることを望みたい。

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