インドでは資金調達の担保としても使われる金

森田 隆大
森田アソシエイツ 代表
ワールド ゴールド カウンシル
顧問
森田 隆大

金価格は年初来30%近く上昇し、7月末には過去最高値を更新した。これをけん引したのは、投資需要の急増である。代表的な投資商品である金ETFに1~8月に流入した資金は過去最高の約937トン、金額ベースにして5兆円超に達した。新型コロナウイルスによって加速的に増幅したマクロ政治・経済環境の不確実性を受け、投資家が様々なリスクに対してヘッジ機能を持つ金に期待したことが主な理由である。

分散リスク、テールリスク、インフレリスク、信用リスク、流動性リスク、通貨リスクなど、金は主な投資リスクのすべてについて同時に対応できる。実物資産である金は信用リスクがなく、インフレにも強い。また、発行体のない通貨としての側面を持ち、ドルとは逆相関の関係にある。さらに、金は他主要資産との相関が低く、値動きも異なるため、ポートフォリオに加えると、平時においては投資分散効果、非常時においてはテールリスク低減効果が得られる。

では、投資家がもっとも関心を寄せる2つのリスク対応、すなわち資産分散とテールリスクの低減に対して、金はなぜヘッジ機能を提供できるのか? それを解く鍵は、金の需要構造にある。

地上にある金は20万トン弱あり、その内訳を見ると、宝飾品、投資用、中央銀行による保有、産業用がそれぞれ47%、22%、17%、14%を占めており、需要は分散されている(図表参照)。また、過去10年における最大の購入者グループは、インド、中国、および中央銀行であり、全需要量の約60%を占める。

【図表】金の地上在庫の内訳 ~分散された需要

金の地上在庫の内訳 ~分散された需要
出所: Metals Focus, Thomson Reuters GFMS, US Geological Survey, World Gold Council

インドでは、多くの人が信じるヒンズー教において、金は富と繁栄の象徴であり、婚礼、宗教行事、誕生日、収穫などの祝い事に欠かせない存在となっている。それゆえ、都市部から農村部に至るまで、年寄りから若年層に至るまで、多くのインド人が年間を通して金と密接に関わった生活を送っている。購入した宝飾品は、将来の非常時に対する備えとしての意味も合わせて持つ。さらに、金融・銀行インフラが十分に整備されていない農村部を中心に、金宝飾品や地金を担保にした短期の資金調達(ゴールド・ローン)がインド社会に根付いており、現在、約1,250トンの金がこうした目的で利用されている。

中国においても、金は美や幸運を象徴するものとして、婚礼や誕生日などの祝い事に贈答用として親しい人に送ることが多く、インド同様、非常時に対応できる資産としての側面も高く評価されている。また、長い過去の歴史において、ハイパーインフレや流通した紙幣の価値が政権交代によって暴落した教訓がある一方、実物資産である金は信頼を裏切ることなく、富の保全や購買力の維持に力を発揮した実績はいまだに代々語り継がれている。そのため、現在、中国の一般的な家庭では、貯蓄としてだけでなく、富の保全の手段として収入の一部を金の購入に充てる伝統が色濃く残っている。

市場の動向によらず金を調達する中央銀行

中央銀行については、金を保有する主な目的は外貨準備における通貨分散である。ここ10年の主な購入国は、ロシア、中国、カザフスタン、インド、トルコなどである。ロシアに関しては、欧米からの経済制裁に対抗し、必要な時に金を売却して国の対外流動性を確保するという理由も無視できない。また、IMF(国際通貨基金)からSDR(特別引出権)の構成通貨として人民元が認められた中国は、国際通貨の仲間入りを目指す過程において、自国通貨の信用力を担保するものとして金の保有高を積極的に増やし、信頼が揺らぐ米ドルやユーロとの差別化を図った歴史がある。中国の高官は、人民元のさらなる国際化を推進するにあたり、金が果たせる役割について、その期待を様々な場で言及している。

以上のように、主要需要家の多くは、必ずしも(特に短期)収益目的で金を保有しているわけではなく、また、国際経済・政治情勢にあまり影響されず、おのおの異なる理由とタイミングで金を購入している。例えば、インドや中国の消費者は、FRB(米連邦準備理事会)の金利政策や主要な経済指標の発表を気にすることなく(または知ることなく)、必要な時期に予算に見合う量の金製品を買い入れることが一般的である。また、中央銀行は、政策目的(ほとんどの場合は外貨準備における分散)に達するまで、金融市場の動きに一喜一憂することなく、それぞれ適切と思うタイミングで金を調達していることが、過去データから検証できる。

こうしたことから、金価格は株や債券などの主要金融商品と異なる値動きを見せ、投資家にポートフォリオ分散効果やテールリスクヘッジ機能を提供できる。

【特集】未曾有の運用難をどう乗り越える? アフターコロナの運用戦略