リーダーは3つの時間軸に沿って計画すべき

COVID-19との戦いは、いまだ予断を許さない状況にある。ウェルス・マネジメント業界は、感染が抑えられた暁には、以前とは大きく異なる新たな世界で競争優位なポジションを確保しなければならない。そのため、リーダーは、各時間軸におけるCOVID-19危機への対応を同時並行で検討し実行するとともに、将来に備え、長期的な戦略目標の達成に向け前進する必要がある(図表3)。

【図表3】ウェルスマネジャーは、3つの時間軸にわたりCOVID-19に対応すべき

ウェルスマネジャーは、3つの時間軸にわたりCOVID-19に対応すべ
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―時間軸① 現在の危機への対応:短期的には、現在のCOVID-19危機を乗り越えるための事業の継続性を徹底する。例えば、従業員の心身の健康を保つための適切な手段を講じたり、市場変動下で平静を保つための投資家教育を行ったり、リモートワークに必要なシステムのアップグレードなどインフラを整備することもその一つである。特に、市場変動が激しい時期には、投資家と緊密にコミュニケーションをとり、金融機関に対する信頼を維持し深めることが重要となる。また、ウェルス・マネジメントの業界団体や規制当局は、国民に情報を提供しパニックの要因を低減させるうえで重要な役割を果たす。

―時間軸② 安定化と新たな成長機会の開拓:中期的には、市場や経済は安定化に向かう。しかし、顧客はもはやパンデミック前と同様のリアルチャネルの利用を望まない。そのためウェルス・マネジャーは、デジタルに対する信頼度向上のため、デジタル/アナリティクスなどのインフラ改善やリレーションシップマネジャー(RM)のスキル向上に注力する必要がある。同時に、ポストコロナに出現する新たな機会を開拓し、それらの成長機会の優先順位をセグメント、地域、チャネル毎に特定すべきである。また、投資一任運用への移行が加速することを視野に入れ、デジタル志向の自己決定型アドバイザリーなど、ニーズに基づいたアドバイザリーを提供する新たなアプローチも開発する必要がある。

―時間軸③ 新たな世界での競争:長期的には、パンデミックによる業界の大きな変化に備える必要がある。既存および新規参入する企業を見据え、アドバイザリーへの移行や、リアルとデジタルチャネルのバランスの最適化を図りつつ、今までとは大きく様相が異なる新たな市場での成長に向けて、ウェルス・マネジメント事業を再編する必要がある。そして、ビジネスモデルやデリバリーチャネルにおけるこうした変化に対応するため、ウェルス・マネジャーは、RMのスキルを再構築する必要がある。場合によっては、「プロダクトプッシュ型」から、「アドバイザリーリレーションシップ型」への大きなシフトを伴うこともある。さらに、各企業は、「NextNormal」の戦略的ビジョンに沿ってM&Aの相手候補を評価するための厳格な評価プロセスを構築する必要がある。

各時間軸におけるテーマの遂行には多くのハードルがあり、いずれも俊敏な取り組みが必要となる。マッキンゼーは、パンデミックの混乱を一早く乗り切った企業こそが、新たな企業力と競争力をもってポストコロナの新たな世界でも成功できると予想している。

「Next Normal」とは

COVID-19危機によりアジアのウェルス・マネジメント業界の変革は加速しており、最終的にパンデミックが収束して世界経済が回復に向かえば、ウェルス・マネジャーは「Next Normal」の中で戦う覚悟を決めなければならない。では、ポストコロナはどのような様相を呈するのだろうか。

まず、ポストコロナでは、「オペレーションを改めて重視する」必要がある。多くの国が感染症対策を実施した結果、ウェルス・マネジャーはリモートワークや柔軟なスケジュールでの顧客対応を受け入れざるを得なくなった。これにより、これまで以上にオペレーション能力が問われるようになっている。さらに、規制当局は、企業に対し、事業継続計画の強化だけでなく、企業の業務に支障をきたすような同様の危機シナリオに備え資本の確保を求める可能性もある。

2つ目として、投資家がデジタルのメリットを認識することで、RMや顧客サービス担当者との接点は「実店舗ファースト」から「デジタルファースト」へと永続的にシフトする可能性が高い。そのためウェルス・マネジャーは、「デジタル/アナリティクスのインフラ強化」を通じ、アドバイスや売買取引などの機能を確実に果たせるよう整備する必要がある。

3つ目は、「合従連衡を含めた業界再編」の可能性である。COVID-19危機は、フィンテックなどの企業に大きな影響を与えているが、これらの企業はやがて新たな資金調達が必要となる。同時に、市場の混乱の中で企業の評価額が下落すれば、買収企業から、スケールアップや新たなケイパビリティの獲得、新たな市場への参入などの機会として認識される可能性もある。

最後に、現在の市場の変動やそれに付随した資本市場の損失は、投資家の行動にも影響すると予想される。アジアの投資家は、これまで売買によるマンデートを好み、投資判断をより支配的に行えるようにしてきた。短期的にはこの傾向が、1)市場変動を利用したい投資家の間でトランズアクションベースの取引が増える、2)資本市場での損失に対するエクスポージャーを低減したい投資家が、キャッシュやその他のローリスクアセットへ移行する、という2つのトレンドに反映されると見られる。しかし、中長期的には、プロのアドバィザ―によるパフォーマンスの安定化を求める投資家も出てくるだろう。また、金融システム全体に対する信頼度が低下した場合、投資家は、自己決定型のアドバイザリーを好む可能性がある。どちらの場合も、ウェルス・マネジャーは、既存のトランズアクションベースのサービスの付加オプションとして、アドバイザリーや投資一任サービスを提供する機会を検討できる。このような「顧客中心型のアドバイザリーへの移行」が今後テーマとなってくる。

当然の結果として、HNW+4顧客向けの預かり資産は、オンショア市場がオフショアハブ5よりも速いスピードで成長し続けると予想される。もちろん、このシフトは、一般的な開示要求やタックス・アムネスティ・プログラムをはじめとする様々な規制を背景に、すでに加速化している。アジアのHNW+による運用資産全体に占めるオンショア資産の割合は、2016年から2019年の間に43%から46%に増加した。マッキンゼーは、COVID-19危機の結果、顧客はオフショア資産における資産の分散効果とのバランスを取りながら資産を徐々にオンショアに置くようになると予想している。ついては、各ウェルス・マネジャーは、オンショアおよびオフショア戦略を新たな均衡のもとで再評価する必要がある。

こうした変化から生じる課題や機会に対応するため、ウェルス・マネジャーは、前述の4つのテーマに沿って抜本的な改革を行う必要がある(図表4)。

4 個人金融資産が100万ドル以上の富裕層(HNW)顧客と、個人金融資産が2,500万ドル以上の超富裕層(UHNW)顧客の両方を含む
5 投資家の居住国以外で取得/投資する資産を指す。アジアにおけるオフショア投資のプライマリーハブは香港とシンガポールである。オフショアとは、投資家の居住国以外で売買・投資される資産を指す

【図表4】ウェルスマネジメント業界の「Next Normal」

ウェルスマネジメント業界の「Next Normal」
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最終的にパンデミックが収束して世界経済が回復に向かえば、ウェルス・マネジャーは「Next Normal」の中で戦う覚悟を決めなければならない。では、ポストコロナはどのような様相を呈するのだろうか。