デジタル技術による直接民主的システム(DDD)の可能性

埜口 忠祐
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
イノベーション&インキュベーション部
マネージャー
埜口 忠祐(のぐち・ただすけ)

2020年3月策定の「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン」における4つの柱の一つとして「ユーザー体験志向」が掲げられるなど、政府は“ Government as a Service”とも言うべき取り組みを進めている。これらは、従前の「行政手続の電子化」とは異なる、「デジタル技術による行政サービスの刷新」に向けた動きと言える。

一方で、欧州などにおけるデジタル・ガバメント文脈の取り組みを見ていくと、「行政サービスの刷新」から、さらに一歩進んだ可能性が見えてくる。それが、「Digital Direct Democracy(以下DDD)」である。

仮にデジタル・ガバメントを、「デジタル技術を活用した、政策実行プロセスの刷新」と定義してみよう。政策の実行までには、①法律を制定する②法律の実現方法を具体化する③具体化した方法を実行する――の3ステップがある。このうち、①が国会の仕事で、②と③が行政機関の仕事だ。政府の「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン」では、③の実行フェーズのみが対象となっている。

片や欧州などの一部地域においては、①②の政策の意思決定プロセス刷新の取り組みが見られる。政策の意思決定において、市民の関与を増やす試みだ。それこそが「デジタル技術による直接民主的システム(DDD)」である。

直接民主制自体は、必ずしもデジタル技術を要請するものではなく、その歴史は古い。民主制の起源と言われる古代ギリシアのアテネでは、市民が民会に参加して直接意見を表明した。ただし、意思決定に参加できる市民の範囲から、女性や奴隷は排除された。

現代においても、部分的に直接民主制を残している地域も見られる。スイスのカントン(州)、ゲマインデ(市、町、村)の一部において、「ランツゲマインデ(住民集会)」という、有権者が広場に集まり、重要議題を挙手投票で決める制度が採用されている。

代議制の中における、直接民主的な動きも見られる。特定のアジェンダのみを党是とするシングルイシュー政党である。国内においては、2019年の参議院選挙にて、「NHKから国民を守る党」が、党名通りにNHKの受信料制度の見直しのみをアジェンダに掲げ、比例区において1議席を獲得した。同党は、アジェンダが達成された際には党を解散することを宣言していた。

また多くの国で、特定の議題について住民投票・国民投票で決定する「レファレンダム」の制度が取り入れられている。ただし、議題がレファレンダムの対象には、議会の多数の賛成を必要とするなどハードルが高い場合が多く、対象議題は一部に限定される。

これらは直接民主的な取り組みと言えるものの、「政治参加する有権者の数」と、「対象議題の数」の2点で、範囲が狭く限定される。住民が実際に会場に赴き意見の表明、または公開投票する場合、有権者が特定の時間に特定の場所に集まる必要があるが、人数が多いと全員の行動が視認できず、会場に入りきらないなどの物理的制約がある。住民も日々の生活があるため、予定を空けて議論に直接参加することは、年に何度もできるものではない。

DDDとは、デジタル技術を用いて、この限界を突破しようという試みだ。討議会場をWeb上に構築すれば、会場の広さや各有権者の意見も、ダッシュボードやコメント形式で一覧表示できる。Web上で議論や意見表明が積みあがっていくので、有権者は同じ時間にアクセスする必要はなく、各人の空き時間にアクセスすればよいため、年に何度も意見を募ることができる。