はじめに

「エクイティ一択」の時代の終わり

スタートアップの資金調達と聞けば、多くの方はベンチャーキャピタル(VC)によるエクイティ投資を思い浮かべるのではないだろうか。

実際、この20年余り、スタートアップの成長資金は主としてエクイティによって支えられてきた。創業者は株式を発行し、VCはリスクマネーを供給する。そしてIPO(新規株式公開)によるエグジットを前提にリターンの獲得を目指す。この仕組みはシリコンバレーを中心に発展し、日本でもスタートアップ金融の基本形として定着してきた。

しかし近年、その構図に変化が生じている。

世界的な金利上昇やグロース市場の調整を背景に、スタートアップを取り巻く資金調達環境は大きく変化している。かつてはエクイティ調達とIPOを前提に描かれていた成長シナリオも、必ずしも自明ではなくなった。
エグジットまでの期間は長期化し、次回のエクイティ調達が以前ほど容易ではなくなっている。

その結果、スタートアップ経営においても、資本効率や希薄化をより意識した資金調達が求められるようになっている。

こうした環境変化を背景に、エクイティだけではない資金調達手段への関心が高まっている。その代表例が「ベンチャーデット」である。

そもそもベンチャーデットとは何か

ベンチャーデットという言葉は近年広く使われるようになったが、実は業界内でも必ずしも統一された定義が存在するわけではない。

広義にはスタートアップ向け融資全般を指して使われることもある。一方で、米国など成熟した市場では、VCから出資を受けた成長企業に対して提供される融資であり、ワラント(新株予約権)などのエクイティ性を組み合わせた金融商品として認識されることが多い。

本連載では、ベンチャーデットを「スタートアップ向け融資のうち、エクイティ性を備えた金融商品」と整理したい。

より具体的に言えば、貸し手が通常の利息収入に加え、企業価値向上の成果の一部を享受できる設計を持つ金融商品である。

代表例としては、新株予約権付融資や転換社債型新株予約権付社債(CB)が挙げられる。また近年では、新株予約権を付与しない場合であっても、同様のリスク・リターン特性を持つ金融商品を含めて語られるケースも増えている。

【図表1】ベンチャーデットの定義
ベンチャーデットの定義
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新株予約権の有無そのものが本質ではない。スタートアップ特有の高い不確実性に対し、リスクに見合ったリターンを実現する。そのような設計思想こそが、ベンチャーデットの特徴と言える。

誰がベンチャーデットを供給するのか

ここで一つ疑問が生じる。

スタートアップ向けの資金供給と聞くと、多くの人はVCを思い浮かべるだろう。一方で、融資という観点では銀行や政府系金融機関、近年ではデットファンドなど様々なプレイヤーが存在している。

それでは、なぜ伝統的な融資と切り離して、敢えて“ベンチャーデット”と呼ばれる金融手法として認識されるようになったのだろうか。

その背景には、スタートアップに対する与信判断の難しさがある。

一般的な企業向け融資では、過去の財務実績やキャッシュフロー、保有資産などが与信上の重要な判断材料となる。しかしスタートアップの多くは成長投資を先行していることから十分なキャッシュフローを創出できておらず、担保となる資産も保有していないケースが多い。

ソフトウェア企業であれば営業・マーケティング投資やプロダクト開発に、ディープテック企業であれば研究開発に積極的な投資を行う。その結果、事業として順調に成長していても赤字というケースも珍しくない。

また、将来の企業価値の源泉となる技術や知的財産、顧客基盤といった無形資産は存在していても、それらを定量的に評価することは容易ではない。

そのためスタートアップ向け融資では、「過去の財務実績、担保・保証などを基に返済可能性を評価する」よりも、「将来どのような成長を実現できるのか」を見極める必要があるのである。

近年、金融機関においては、担保や保証に過度に依存するのではなく、事業そのものの将来性や成長可能性を評価する「事業性融資」の考え方が広がっている。スタートアップ向け融資は、その考え方をさらに発展させた領域とも言えるだろう。

もちろん、こうした企業への融資に積極的に取り組んできた金融機関も少なくない。しかし、急成長企業への融資の実現は、銀行にとってもデットファンドにとっても決して簡単なものではない。

だからこそベンチャーデットは、スタートアップ特有のリスクや成長性を評価する審査・モニタリングの仕組みとともに発展してきたのである。

ベンチャーデットの存在意義とは

ここまで読むと、ベンチャーデットは特殊な金融商品に見えるかもしれない。

しかし筆者は、ベンチャーデットを単なる金融商品として捉えるべきではないと考えている。

日本でもスタートアップ育成5か年計画やディープテック支援の拡充などを背景に、多様なスタートアップが生まれている。しかし、そのすべてが同じ速度で成長し、同じタイミングでIPOやM&A(合併・買収)を目指すわけではない。

ソフトウェア、ディープテック、地域発スタートアップ――事業特性が異なれば、成長に必要な期間も資金量も異なる。当然ながら、最適な資本構成も一様ではない。

それにもかかわらず、資金供給手段がエクイティ中心に偏っていてよいのだろうか。

ベンチャーデットは、こうした課題に対する一つの解答である。スタートアップに新たな資本政策の選択肢を提供することで、それぞれの企業が自社に適した成長戦略を描けるようにしていく。

シリコンバレーでは、VC投資だけでなく、ベンチャーデットやグロースエクイティなど、多様な資金供給手段が存在する。企業は成長段階や資本政策に応じて最適な資金調達手段を選択しながら成長していく。

今後、日本のスタートアップ市場がさらに発展していくのであれば、必要なのは起業家やVCの増加だけではない。多様な成長戦略を支える金融の選択肢そのものを充実させ、企業が自社に最適な資本政策を選択できる市場環境を整備していくことも重要になる。

ベンチャーデットは、そのための新たな金融インフラの一つとして、日本のスタートアップエコシステムを支える役割を担っていくことになるだろう。

  • 資本効率や希薄化への意識が高まる中、「ベンチャーデット」への関心が高まっている。
  • 本連載において、ベンチャーデットは「スタートアップ向け融資のうち、エクイティ性を備えた金融商品」と定義。
  • スタートアップ特有の高い不確実性に対し、リスクに見合ったリターンを実現できるよう設計されている。
  • ベンチャーデットは銀行やデットファンドなどのプレイヤーによって供給されるが、その根底にはスタートアップ特有の成長性やリスクを評価する独自の与信の考え方が存在する
  • ベンチャーデットはスタートアップの資本政策の選択肢を拡張し、多様な成長戦略の実現を支えている。

小原満美(Funds Startups 株式会社)

【執筆】小原 満美(おはら まみ)
Funds Startups 執行役員
Funds Venture Debt Fund パートナー
日本証券アナリスト協会認定アナリスト

あおぞら銀行にてスタートアップへの投融資を含む幅広いオルタナティブアセットの投資審査経験や、子会社VCにてベンチャーデットファンドのキャピタリストとして従事。その後デロイトトーマツベンチャーサポートを経て2024年に当社参画。自治体の助成金審査員やピッチコンテストの審査員を務めるほか、ベンチャーデットの有識者として登壇等を行う。