尊敬される投資家が企業の収益力を上げる
一方で、投資家側にも企業と同じ目線、同じ時間軸に立つことが求められる。仮に対話の場において、経営者が5年や10年といった中長期のタームで事業計画を説明しているのに、直近の四半期の結果や株主還元にばかり固執して質問をすることは「責任ある投資家」の在るべき姿といえるのだろうか。
対話の質を上げるためには、投資家と企業が同じレベルで議論し切磋琢磨することが不可欠だ。「私たちは企業を適切に評価し有用な提言ができる、尊敬される投資家にならなければいけない。投資家が企業を評価するように、投資家も企業から選別されるだろう」と江良氏は話す。
現時点で「日本版スチュワードシップ・コード」と「コーポレートガバナンス・コード」がもたらしたものが3つある。それは市場関係者の間で、①ガバナンス全般についての関心が高まり②投資家に対する認識が改められ③「企業と投資家の対話」に対して好印象が持たれるようになったことだ。企業と投資家の関係性が変わりつつあるなかでは、変化を長い目で見守ることができるかが問われてくる。江良氏は「上手く説明できていないと非難するばかりでは、萎縮して消極的な情報開示に留まってしまう」として、懸念を抱くとともに、とりわけ最初の段階では興味深い点や前向きに評価できる点を指摘するほうが、積極的な開示の奨励につながると予想する。
確かなことは、「コーポレートガバナンス・コード」で掲げられる原則を遵守するにせよ、遵守しないにせよ企業はコードへの対応を求められ、投資家は一定の評価を下すということだ。このコードが、継続して成長を続ける企業に変わるための「きっかけ」になるかどうかは、企業と投資家の対話にかかっている。自社の設立理念や創業者の想い、目指すビジョン、自社に本当に必要なものは何かを見据え、企業全体の「棚卸し」を行い、ポジティブに臨む企業が増えることが望まれる。
IPOの上場審査の強化
目的はあくまで市場の健全化、過度な規制は望まない
一部の新規上場企業が、上場直後に業績予想を下方修正するなどの事態が相次いだことが問題視され、上場審査の厳格化の方針が打ち出される事態となった。IPOをめぐる現状と対策について、東京証券取引所上場部の担当者と、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の野間幹晴准教授に話を聞いた。
「率直に言って残念」信頼回復に向けた方針
IPO市場は回復の途上にある。2006年には年間200件に迫るほど活発にIPOが行われたが、2008年のリーマン・ショックで市場は大きく落ち込み、2009年から2010年にかけては年間20件程度にまで減少した。この時期を底として、足元では2006年の水準の半分にも満たないものの、年次の件数ベースではIPOは右肩上がりを続けている。
とくに2012年の政権交代後は、円安や株高が追い風となって大型のIPOが続々と成立した。新興市場では、ITやバイオテクノロジーといった新しい産業でのIPOが目立った。その一方で、一部のIPOに対して投資家が疑問を呈する場面が見られた。2014年の後半に上場を果たした企業が、上場して間もない時期に業績予想を下方修正したり、企業にとって不利に働くと思われる事実を上場直後に公表するといった、投資家にとっては看過しがたい状況が散見された。
こうした状況に日本取引所グループが動いた。2015年3月31日に、IPOを行う企業に対する上場審査の厳格化の方針を打ち出したのだ。ただし、「厳格化」の中身は「収益力や成長力が見込めない企業は上場すべきでない」といったような企業の業績を対象としたものではなく、あくまで「不適切な取引への対応の強化」だ。
東京証券取引所の上場部企画グループ課長、渡邉浩司氏は「IPOに関して取引所もいろいろなご指摘をいただいた。率直に言ってこのような事態になったことは残念だ」と振り返る。「この状況を放っておいたら、IPOに対する投資家の信頼を損ないかねないということで、取引所としての対応策を打ち出した」
主な対応策は以下の2点。1点目は、経営者が関与するような不適切な取引に対する審査の強化と、そうした取引が行われないよう、企業の経営者や役員に対してセミナーなどを通じて啓発を行うこと。2点目は、多くの投資家に指摘された業績予想の修正について、きちんとした説明を求めることだ。「業績予想の修正そのものは悪いこととは考えていない。問題は、なぜ予想が変わったのかについて投資家の納得感がないこと。そこで、企業に対して業績予想の前提条件やその根拠について丁寧な説明をお願いするとともに、引受証券会社や監査法人にも情報開示に関して協力をお願いしている」(渡邉氏)