• 先進国では財政赤字の増加は民間貯蓄で相殺されよう。
  • 一方、一部の新興国では中銀による国債引受がすでに横行している。
  • ハイパーインフレによる通貨下落は新興国で起こる公算が高い。

先進国のハイパーインフレは考えにくい

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

COVID-19のパンデミックによる世界経済の停滞は、各国中銀による財政ファイナンス実施をもたらした結果、外為市場の関心は、次に売り浴びせるべき通貨選別のために、主要国におけるハイパーインフレ発生の蓋然性の見極めに移った。

ただ、筆者の見方によれば、ポストコロナの先進諸国においてジャパニフィケーション(日本化)が定着するなら、財政ファイナンスによって、市場が懸念しているようなハイパーインフレが生じることはないであろう。中銀による財政赤字の資金化がインフレに結びつくのは、財政赤字拡大に見合う民間部門の貯蓄増加がなく、その結果、経常収支の急激な悪化によって、通貨安とインフレが同時発生する場合に限られる。

米国を例にとろう。本年2~5月期において、米国の雇用所得は1.0兆ドル減ったが、政府による補助金等の移転所得が2.0兆ドル増えたため可処分所得は0.9兆ドル増え、さらに個人消費が1.8兆ドル減ったため、個人貯蓄は2.7兆ドル増加した。一方、同期における財・サービス赤字の増加は199億ドルにとどまっている。今後は、果たして消費が著しく回復するのか、その場合、貯蓄の減少に見合って、財政赤字を縮小できるかがポイントであろう。

【図表】パンデミック下で急増した米国の個人貯蓄(20年2~5月期)

パンデミック下で急増した米国の個人貯蓄
資料:BEA

また、Fed(米連邦準備理事会)が次回以降のFOMC(連邦公開市場委員会)で中長期の金利に上限を設定するYCC(イールドカーブ・コントロール)導入に踏み切るか否かも重要である。YCCは政府債務の大量購入につながって、独立性を毀損するリスクがあり、実際に、第二次世界大戦時の導入時には、Fedが低利の戦費調達のための国債管理政策に組み込まれ、インフレが抑えきれなくなった歴史がある。一方で、個人消費等の目立った内需回復がなれば、民間貯蓄が維持され、Fedの量的緩和が民間貯蓄を吸収して財政赤字をファイナンスする役割を果たすジャパニフィケーションが米国でも展開されることになる。この場合、経常赤字の著しい拡大もドルの暴落も、ハイパーインフレも起きることはない。

国債の直接引き受けに動くアジア諸国

筆者は、今後、欧米も、日本と同様に、低成長とディスインフレの中、財政赤字と量的緩和が長期化するジャパニフィケーションが定着する公算が高いと考えている。一方、東南アジアでは、インドネシア、フィリピンやミャンマーがすでに国債の直接引き受けに動いている。特に、インドネシア中銀は、6月末までに、すでに30兆ルピアを超える国債を直接購入しているうえ、今後は、約400兆ルピアの国債を直接購入したうえで、利息の受け取りを辞退する。さらに、政府は177兆ルピアの国債を、政策金利(4.25%)を1%下回る利率で発行し、中銀は金利差を負担するという。

先進国に比べて脆弱な経済基盤や未熟な政策執行能力を考慮すれば、ハイパーインフレの蓋然性は、新興国や途上国で比較的高くなると考えるべきであろう。