知りたい!隣の企業年金・第27回 JAL企業年金基金――資産配分も「安全第一」〜生保・一般勘定が8割超、プライベート投資も拡張中
羽田空港に近い天王洲アイルのJAL企業年金基金を訪れました。JAL(日本航空)といえば今も昔も「憧れの職種」「人気企業」ですが、2010年に経営破綻し、その後V字回復した激動の歴史を刻んでいます。企業年金基金も大きな荒波を受けて本業同様、従前にも増して「安全第一」を徹底した資産運用を標榜しています。今回は、国内外の拠点で幅広い業務に携わった経験を持つ上野洋(うえの・ひろし)常務理事に、年金資産運用の考え方や、これまでの貴重な経験を伺いました。
JAL企業年金基金の概要
- 所在地/東京都品川区東品川2丁目
- 設立年月/2008年10月に代行返上し企業年金基金
- 資産総額:約2900億円
- 加入者:約12000人 受給者:約10000人
- 予定利率:1.6%
- 期待運用収益率:1.6%
(いずれも2024年3月末現在)
ナショナル・フラッグが経営破綻
JALの企業年金を語る場合に避けて通れないのが本業の歴史、とりわけ「ナショナル・フラッグ」として超一流の存在だったのがなぜ2010年1月に会社更生の手続きに追い込まれて経営破綻したのか。そして、その後どのようにして驚異的とも言えるV字回復を遂げたのか、ということです。
上野 個人的な受け止めとして経営破綻の理由は、直接的には2008年9月のリーマン・ショックだと考えています。ただ、それ以外にも原因は複数あり、それらが複雑に重なったためだと思います。
JALでの勤務経験がある戸崎肇・早稲田大学教授(航空産業・政策)が2012年段階で次のようにまとめています。 br>
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①供給座席が需要に対して過剰になりがちな大型機材の大量保有
②採算性の見通しの甘い投資案件
③長期にわたる為替差損
④複数の労働組合が存在するなど複雑な労使関係や「労労」関係
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こういった指摘は妥当だったのでしょうか。ただ、こうした理由だけで2010年3月期に1337億円の営業赤字だったのが、2年後の2012年3月期に2049億円の営業黒字に転換したことを説明できないように思います。
上野 おおむねその通りだと思います。ただ私はむしろ、その後のV字回復の理由をひっくり返したものが、破綻の原因だったのではないかと感じています。
V字回復に大きな役割を果たしたのは、京セラからJALに来られた稲盛和夫元会長です。我々が稲盛さんに教えていただいた事柄はたくさんありますが、業績回復の決め手はざっくり申し上げると、
①部門別採算(アメーバ経営)
②JALフィロソフィ
この2つの導入に集約されると思います。
この頃のJALでは、赤字が続いた危機的な状況の中で、その状況を自分事として捉え、打破するための行動を起こすことが結果としてできませんでした。すなわち、「当事者意識」が低かったのだと思います。また、「社会に存在し続けるために正当な競争のもとで十分な利益を確保する」ことで、「安全運航の堅持」や「サービスの向上」のための「原資」を何が何でも確保するという「採算意識」も十分ではなかったと思います。
これらふたつの意識の反省を踏まえ、過去と決別し、新しいJALを創るために「部門別採算」と「JALフィロソフィ」が導入されました。
JALフィロソフィは、JALの社員全員が持つべき「意識」、「価値観」、「考え方」で、これを全員で共有し、ベースとして行動することを目指しています。
「渦の中心になる」「本音でぶつかれ」「果敢に挑戦する」といった、一見当たり前とも思える内容もあります。しかし「考える」「思う」だけでは不十分で、「常に実践できるか」が肝となっています。この①と②が両輪となって機能し始めて、JALは変わっていったのだと思います。
企業年金は大幅減額
JAL企業年金基金の設立は2008年10月、ピンポイントでリーマン・ショックと重なります。経営破綻の前から何か影響があったのでしょうか。
上野 前身の厚生年金基金の給付水準が比較的高く、体力が弱まった経営に代行部分が重くのしかかっていました。そこで2007年3月に将来分の代行返上を行い、2008年10月に過去分の返上をして企業年金基金がスタートしました。母体の経営が既に大変厳しくなっていたところをリーマン・ショックが直撃しました。厳しい労使協議や加入者・受給者への説明を経て、2010年3月に制度改定をして給付減額を断行しました。現役は5割、OBは3割をカットするという内容です。
運用方針も変更、「一般勘定100%」が目標に
これと並行して、政策アセットミックスなど運用方針も見直されたのですね。
上野 そうです。当時は外部から管財人が入ってこられており、母体企業では「1円」たりとも管財人の許可がなければお金を使えない厳しい状況でした。リーマン・ショックの後でもあり、投資リスクへのアレルギーは相当大きかったと思います。何があっても年金資産がマイナスになってはいけないという認識でしょう。政策アセットミックスでの生保・一般勘定の割合は2009年4月では約40%、実際のポートフォリオはそれを若干上回る水準でしたが、2010年度には政策アセットミックスで一般勘定100%と決定。2012年3月末ではポート上で約70%、2016年3月にはほぼ100%近くに達しました。
一般勘定の効率化と筋肉質化
そして【図表1】が現在の政策アセットミックスということですね。
内訳 | 比率 | 内容 |
生保・一般勘定 | 85% | 生保4社 |
外国株式 | 3% | 為替オープン |
外国債券 | 5% | 為替オープン及びヘッジ付きパッシブ |
オルタナティブ | 7% | 伝統4資産マルチアセット、PE、PD、ダイレクトレンディング、海外インフラ、内外不動産 |
合計 | 100% |
上野 現状は、実際のポートフォリオも政策アセットミックスとほぼ変わりません。年金財政の安定化のために、2018年度および2019年度で母体から特例掛金を合計約900億円払い込んでもらいました。また、このころ生保各社は一般勘定の新規受付を停止したことなどもあり、「一般勘定100%」の達成は現実的ではなくなってきました。また、ほどなくして一部の生保会社が保証利率の引き下げを行ったため、(引き下げを行った生保の)特別勘定を解約し、オルタナティブのプライベート資産等への新規投資を進めました。
昨年度はある生保が既存条件で一般勘定の引き受けを再開する情報を得て、一般勘定内での資産の入れ替えを行うなど一般勘定自体の「筋肉質化」も実現しました。
一般勘定が8割を超えていますので、【図表2】のように各年度の収益率は安定しています。ただ当然ですが、マーケットの環境が良い時は他の多くの企業年金ほど高いリターンは得られません。
2021年度 | 2022年度 | 2023年度 |
1.75% | 0.82% | 3.26% |
今後は一定のリスクも
地政学の要素や環境・気象変動などがあり、リスクの種類と程度が年々大きくなっています。生保・一般勘定に大きく資産ウエイトを置いている状態を含めて、今後どのような展開を考えておられますか。
上野 グローバルで大きな変化の兆しがありますし、日本経済が今後、インフレ基調に転換していく可能性も出てきました。一方、当基金は今後数年、給付超過による資産減少が見込まれています。そのため、資産運用の基本スタンスは「しっかり守りを固めつつ攻める」ということになります。つまり、一定のリスクをとって運用を行う方向に徐々に転換を図っていきたいと考えているところです。2026年4月1日を基準日に財政再計算を迎えますが、そこを待たずとも「やるべきこと」「やった方が良いこと」に着手したいと思います。
「知りたい!隣の企業年金」は毎月20日ごろの配信を予定しています。
【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済記者として金融、証券、情報通信などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。2022年4月から現職
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