人材不足解消や他業界進出を目指す。日本企業は「事業売却」に抵抗感

日本企業による海外M&Aが堅調なのは、少子化や成熟化に伴う国内市場の縮小により、海外に成長機会を見出す企業が増加傾向にあるからだ。対して国内企業同士のM&Aが拡大している背景には、経営者の高齢化が進む一方、後継者がいないといった世代交代の行き詰まりがある。日本企業の3分の2以上が後継者不在ともいわれることから、他の企業に事業を譲渡する事業承継型のM&Aが増加している。

中小企業のM&A仲介を手掛けている日本M&Aセンターの上席執行役員 西日本事業部長の雨森良治氏は、「中小企業のM&Aでは、事業承継型が8割を占める。高齢の経営者を中心に事業承継型のM&Aのニーズは根強いが、近年は成長戦略の進展や業界再編を目的としたM&Aの存在感も高まっている」と明かす。

日本政策投資銀行 執行役員 企業戦略部長 山本 貴之氏/日本M&Aセンター上席執行役員 西日本事業部長 雨森 良治氏/有限責任監査法人トーマツ パートナー 北爪 雅彦氏

このうち成長戦略型のM&Aは、人材不足や業界規模の縮小に伴う他業界への進出といった課題を解決し、さらなる事業拡大を目指す企業が選択する。一方の業界再編型は、多くのプレーヤーが競合する調剤薬局や医療・介護、人材派遣、IT・ソフトウェアなどの業界で動きが加速している。

「調剤薬局の場合は一店舗レベルでも買収するケースがある。ITの場合は自前で技術者を育てるのが難しいため、人材確保狙いの買収が多い。業界再編型は同業同士なので企業価値の判断がしやすく、スケールメリットを活かせるので今後も伸びていくだろう」と雨森氏は見る。

収益性の低いノンコア事業を売却し、得意領域であるコア事業に経営資源を投下する選択・集中型のM&Aも徐々に増えているものの、積極的に実行するのはまだ一部の企業にとどまっている。「海外の有力企業にとって非中核事業を切り離すことは珍しいことではないが、日本企業のM&Aといえば買収であり、売却に対する抵抗感は強い」(山本氏)

日本企業が事業売却にアレルギーを持っているのは、従業員の雇用維持の懸念と、祖業を重んずる企業文化があるからだ。しかし、売却をためらっていた結果、「事業が立ち行かなくなり、買い手がつかなくなるケースもある」と山本氏は打ち明ける。

意思決定スピードに欠ける日本企業、「リスク・アペタイト」の浸透に期待

海外M&Aにおいて注目されている地域は、高い成長が見込めるアジアだ。大企業だけでなく、中小企業も関心を寄せている。しかし、アジアには他のグローバル企業も熱視線を送っている。それだけライバル企業が存在することになるが、日本企業の多くは下から意見を吸い上げていくボトムアップ型の組織のため、意思決定のスピードに欠ける傾向があり、それがネックとなって買い手候補から除外されるケースもある。山本氏は「M&Aの重要なポイントの一つに判断力があるが、判断を下すのに時間がかかり過ぎて結果的にバリュエーション(企業価値評価)が上がり、買収のタイミングを逸したケースもある」と話す。

有限責任監査法人トーマツのパートナーで、コーポレート・ガバナンスを担当する北爪雅彦氏は、海外市場だけでなく、国内市場にも目を向けるべきと指摘する。「まず国内における事業基盤を強固にし、グローバルで勝負できるだけの経営体力をつける必要がある。日本では一つの業界に有力企業がひしめき合っている状態なので、国内での業界再編を進めると同時に、海外M&Aを視野に入れる方がいいだろう。海外企業も戦略的にM&Aの機会を虎視眈々と探しており、企業価値にも配慮する必要がある」

欧米企業では、金融以外でも「リスク・アペタイト(リスク選好度)」の考えが浸透しつつある。そのM&Aにどれほどのリスクがあるのかを可視化したうえで、取締役会にはかる。「リスク・アペタイトを取り入れている日本企業は一部あるが、システマチックに行われているとはいえない。2014年のコーポレートガバナンス・コードの施行で取締役会の見直しが進んでいることから、M&Aに対するリスク管理が向上していくと期待している」と北爪氏は述べる。

雨森氏は、中小企業に対するM&Aの啓もう活動の必要性を訴える。休廃業を選択する企業は増加傾向にあり、2016年には2万9500件と過去最多を更新した。「年間3万社もの企業を廃業や解散させてしまうのは、日本経済にとっても大きな損失になる。M&Aのメリットを理解していれば違った結果もあったと思う。M&Aの正しい知識を持っていない方に周知していきたい」と語った。