リスクシナリオはドル円下落方向

シティグループ証券 高島修氏
シティグループ証券
チーフFXストラテジスト
高島 修

ドル円は2020年から過去3年、動意に乏しい取引状況が続いてきた。我々のファンダメンタルズ・モデルに基づく推計値は現在107円台にあり、実際のドル円はおおむねフェアバリューに見合った水準にあると試算される。よほどのサプライズがない限り、そこからプラス・マイナス5円程度のレンジ(つまり102~112円レンジ)を想定するのが妥当だと考えられる。その中でも105~110円がコアレンジとなろう。

ただ、そこから逸脱するリスクシナリオについてはドル円の下振れ方向へ傾いていると睨んでいる(100円前後への下落リスク)。筆者は世界のマクロ環境については楽観的だ。そうした下振れリスクを警戒するのは、ファンダメンタルズ的な要因よりも、2020年の政治的なリスクを重視しているからだ。

言うまでもなく、2020年最大の政治イベントは同年11月の米大統領選挙だ。昨年も米中貿易戦争やブレグジット(英国による欧州連合からの離脱)問題の迷走など、市場環境を巡る不透明感は深まったが、それでも為替相場の変動率は低下の一途をたどった。このことを考えると、今年も米大統領選挙で為替相場が急に動き出すとは断言しがたい。

だが、トランプ米大統領の支持率が過去に再選した大統領に比べて低迷しており、民主党の候補者選びは混沌としている。もしバーニー・サンダース議員やエリザベス・ウォーレン議員が候補者となる場合、市場は米国建国史上初めて社会主義的な経済政策が行われる可能性を警戒し、脆弱性を強めていくことも考えられる。中道派ジョー・バイデン前米副大統領が民主党の候補者となる場合も予想してみよう。その時に関税政策などを巡って米中両国の関係がしっくりいかない場合、市場は相場環境が急変した2018年第1・第4四半期のように、中国による米国債や米株など対米投資を不安視するような場面があってもおかしくなかろう。

半導体売上高(シリコン・サイクル)

対外直接投資に伴う円売りは縮小

金融政策面では2020年、FRB(米連邦準備理事会)や日本銀行とも政策据え置きを続け、日米金利とも大きくは動かないというのが基本的な前提となる。しかし、このような場合には、米株安を背景にFRBの利下げ観測が再燃するだろう。米イールドカーブはブル・スティープ化しながら全般的に低下しよう。もし現在の市場コンセンサスのとおり、トランプ大統領再選の運びになったとしても、ドル売り介入を匂わせるトランプ政権の通貨政策、並びにそこから政治圧力を受けているFRBの金融政策が米ドル安要因と見なされることも考えられなくもない。

2020年前半(1~6月)は前述のコアレンジ(105~110円)内で、ドル円は動意に乏しい取引状況が続くのではないかと思われる。しかし、第3四半期(7~9月期)に入るとそうした下落リスクが表面化してくるのではないか。一方で第4四半期(10~12月期)に入ると米大統領選挙も終わり、政治的な不透明感は後退するだろう。その頃にはすでに底打ち感のある半導体売上などシリコンサイクルも明確な拡大期に入ってくるだろうことから、市場のリスク選好が回復する中、FRBの引き締め観測が浮上する見込みだ。ドル円に上昇圧力を加え始めることも想定される。

日本の国際収支の悪化(貿易収支の赤字化、膨らむ対外直接投資)は厳しい政治環境の下でも引き続き円安要因となるだろう。2019年、米中関係が不安定化し、FRBが利下げに踏み切る厳しい相場環境の下でもドル円の安値が105円前後に留まったのは、円安要因によるところが大きかった。だが、2019年来、日本企業によるクロスボーダーM&A(国境を越えて行う企業の合併・買収)の発表が減っており、対外直接投資に伴う円売りは影響力を衰えさせていきそうだ。前述のようなリスク回避的な市場変化が生じた場合、ドル円が意外に深押しする可能性は否定できない。