日本経済へのリスク

① 東北地方のダメージ

生産拠点の海外シフト進行で東北経済の停滞は深刻化

バークレイズ・キャピタル証券では、震災による日本経済の影響を分析するため4月5日に緊急のセミナーを行った。

バークレイズ・キャピタル証券の調査部長、山川哲史氏は、「今後も被害額が拡大し、さらなる影響が出る可能性もあるが、震災から約1カ月経った時点で被害および影響を分析することは日本経済にとって重要だ」と話す。

同社では東日本大震災により甚大な被害を受けた地域を岩手県、宮城県、福島県、茨城県の4県とし、詳細な分析を行った。日本全体の実質GDPのなかで、この4県の占める割合は6.2%で神奈川県に相当。人口は6.8%で大阪府に相当する。

バークレイズ・キャピタル証券のチーフエコノミスト、森田京平氏は、「GDP比、人口比ともに日本に占める割合が突出して大きいわけではないが、甚大な被害を受けた東北地方は製造業が多く、他地域との関係性が深い『交易型』であることから、日本経済全体に与える影響は数字以上に大きい」と分析する。

バークレイズでは地域経済を「移入型」「域内交易型」「交易型」「移出型」の4つに分類。「交易型」の東北地方は、他地域の需要に依存し、他地域からの移入品を志向する。今回の震災の影響で交通網が寸断され、多くの工場などが被災したことから、他地域との交易に大きな支障が出てしまった。自動車部品などのサプライチェーンの一翼を担う東北地方が打撃を受けたことで、国内の他の地域や海外のメーカーまでもが部品調達に苦しみ、一部、他地域の工場操業停止に追い込まれるほどの影響となった。

サプライチェーンの寸断による供給危機が景気後退を招くという、今までにない事態に遭遇している。しかし問題なのは、復興して工場が再開すれば経済は元に戻るとはいかない可能性があることだ。

山川氏は、供給危機の問題についてこのように分析する。

「問題は、東北地方の復興期間に部品の生産拠点が競合国へシフトしてしまうこと。一度、部品の発注先を変えたら、復興したとはいえ、東北地方に戻ってこない可能性が高い。海外シフトの非可逆性が進めば、東北地方の停滞は長期化・深刻化してしまう恐れがある」

② 電力不足

製造業の生産減で残業代減少。その分、個人消費は1.1兆円減少

地震被害だけで済んでいれば、震災後の3 ~ 6カ月後から大きな復興需要により、経済が急回復するのが通例だ。阪神・淡路大震災の際は、復興需要に伴い景気が上向き、約半年後から株式市場は急回復を遂げた。

しかし、今回の大震災で大きな影を落としているのは原発事故による電力不足だ。電力の需要が急増する夏場に、計画停電や輪番操業が行われる可能性が高く、供給危機を長期化させる恐れも出てきた。

「よりによって国内製造業の付加価値の約33%を占める関東地方が電力不足の対象エリアになってしまっている。関東の製造業の年間付加価値額は約36兆円。東京電力の発電が3カ月間30%減ると、およそ5兆円の付加価値額が減少する恐れがある。製造業の生産落ち込みにより家計の残業代は6.8%程度減ると試算している。すると個人消費は1.1兆円減少する」(森田氏)

また夏場の電力需要が多い鉄道会社の電力供給抑制を行うことでも個人消費が落ち込む可能性が高いという。「7、8月はレジャーや帰省などで家計が交通費や旅行にお金を使う機会が多い。この2カ月間、鉄道会社に電力を抑制すると、個人消費を0.3兆円押し下げる可能性がある」と森田氏は懸念する。

電力不足だけでなく、消費者のセンチメントも消費減に拍車をかけそうだ。震災配慮という名の行き過ぎた自粛ムードは、最近になって見直す動きが増えてきた。

クレディ・アグリコル証券の加藤氏は「①イベント中止や営業時間の短縮などによる消費機会の損失、②贅沢な消費はできるだけ控え、貯蓄しようという萎縮する動き、③消費税率アップによる復興税が実施されれば、復興のために何かをしたいと思っている消費者であっても、増税感からさらに消費を冷え込ませる」と指摘する。

今後の見通し

政府の対応次第では7-9月期から回復基調も

電力不足による供給危機と生産減、個人消費の落ち込みが日本経済の大きなリスクになっているが、救いは世界経済の成長が堅調なことと、10兆~ 20兆円もの復興需要が期待できる点だ。

「供給危機は復興が順調に進めば、3 ~6カ月で解消されるはずだ。サプライチェーンの再構築が行われれば、依然として堅調な外需に支えられ、V字回復を遂げられる可能性が高い。海外競合国に生産が移行してしまう前に、早期の復興が望まれる。そのためにはスマートグリッド(次世代送電網)の実現や代替電力への分散など、被災地域の安定した電力供給が欠かせない」(バークレイズ・キャピタル証券の山川氏)

「地震後の問題の多くは天災ではなく人災。つまり、政府が対応を誤らなければ7─9月期から回復基調になれるはず。小出しにせず、償還財源を明示したうえで、思い切って国債を増発し、復興を早期に進めるべきだ」(SMBC日興証券の末澤氏)

「海外勢の日本に対する悲観論を払拭するには、原発問題を政府がきちんとマネージし、安全・安心をもたらすことに尽きる」(クレディ・アグリコル証券の加藤氏)

ただし、原発事故と電力不足というこれまでにない国難とも言える事態に対処するには、ライフスタイルの転換や経済社会への考え方を抜本的に考えなくてはならないのかもしれない。

「夏の電力不足解消には、生産輪番、夏休みの長期化、『5 時始業~ 12時終業』など、生活スタイルを大きく変える必要がある」(SMBC日興証券の末澤氏)

プリンシパル・グローバル・インベスターズの板垣氏は、「日本経済は良い言い方をすれば成熟化、厳しい言い方をすれば老化している段階だ。最近の経済政策には『低成長期』との認識がなく、無理に税金を使って財政出動して成長戦略を描いてきたため、ことごとく失敗し、財政赤字を拡大させ続けている。身の丈にあった程度の成長を受け入れるという考え方もあるかもしれない」と語った。

地震直後の直接的被害の段階が終わった今、日本は国が一体となって、従来の価値観に捉われず、難局を乗り切る知恵を出し合うことが重要ではないか。これから夏場にかけてが、日本の真の力が問われる正念場だ。そこでいかに対応するかによって、日本経済の今後は悲観シナリオにも楽観シナリオにも振れる可能性があるだろう。