• 過剰流動性が円買い介入の効果を著しく棄損する可能性
  • 日銀は2023年までに量的質的緩和プラスYCCを終了していた
  • いまなお20世紀の10倍以上の流動性を供給する主要中銀
  • キャリートレードに吸収される政府日銀の円買い介入
  • わが国政府日銀は円売りアタックに持ちこたえられるのか

過剰流動性が円買い介入の効果を著しく棄損する可能性

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

2024年3月19日に日銀がマイナス金利政策を解除して以降、為替市場の関心は現行の5.25~5.40%におよぶ日米政策金利差が年内に容易には縮小されないとの観測に移行し、ドル円相場は、わが国財務省による円買い介入を催促する形で、153円台まで買い進まれている。

ここで筆者は、今般の金融政策正常化後も日銀が金融市場に放置している大量の過剰流動性が、財務省による円買い介入の長期的な有効性を大きく棄損する可能性があると考えている。

日銀は2023年までに量的質的緩和プラスYCCを終了していた

Fed(連邦準備制度)による量的緩和(QE)と金融政策正常化を振り返るなら、QEとは国債などの購入によって継続的なベースマネーの増加を図ることであり、QEテーパリングはその増勢を徐々にゼロにするプロセスであった。

そして、Fedは、QEテーパリング終了後、コリドー方式によるゼロ金利(ZIRP)解除と利下げを実施、最後にベースマネーの減少を図る量的引き締め(QT)に着手、利上げ終了後の現在もQTを継続している。

一方、日銀は、2021年3月にETF(上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)の買い入れを、2023年10月にYCC(イールドカーブ・コントロール)を事実上終了していた。また、日銀が供給するベースマネーの残高は、すでに2022年後半以降ほぼ横ばいで推移している(図表)。

したがって、Fedのプロセスに照らすなら、日銀は、2023年までに量的質的緩和プラスYCCを終了しており、今般マイナス金利を解除した現在、いつでもコリドー方式による利上げに着手することができると考えられる。

米国、ユーロ圏、英国、日本のベースマネーの推移
米国、ユーロ圏、英国、日本のベースマネーの推移
資料 Fed、ECB、BOE、日銀

いまなお20世紀の10倍以上の流動性を供給する主要中銀

ここで留意すべきは、金融政策正常化といっても、量的緩和実施以前の主要各国中銀が、市中銀行が所要とする資金量ぎりぎりを日々金融市場に供給することによって政策金利を操作していた伝統的な金融政策時代に逆戻りするわけではないことである。すなわち、Fed、ECB(欧州中銀)、BOE(英国中銀)に次いで今般日銀が金融政策正常化を果たした現在も、これらの中銀は、大量のベースマネーを金融市場に供給し続けている。

1999年2月に、たった1.5兆ドルに過ぎなかったECB、Fed、BOE、日銀が供給するベースマネーは、量的緩和を通じて急増後、2024年2月現在も17.1兆ドルと10倍以上に増加したままとなっている(図表)。しかも、米国のベースマネーは、FedによるQT実施にも関わらず、2023年以降増加している。

この過剰流動性は、世界中の株式・不動産などのリスク資産の価格を下支えしているのみならず、資産バブル崩壊を被った中国等の国々における金融不安の勃発回避を可能ならしめていると考えられる。その結果、ゴルディロックス相場がいまなお継続しているとみることができる。

キャリートレードに吸収される政府日銀の円買い介入

一方、現在日銀が放置している662兆円にのぼる流動性は、日本の為替政策を担当する財務省国際局にとっては、円買い介入の効果を喪失させるという点において、頭の痛い話かもしれない。

2022年後半にわが国財務省が実施した9.2兆円にも及ぶ大量の円買い介入は、一時的な効果こそみられたものの、中長期的な効果は皆無に等しいといえよう。これは、財務省による9.2兆円の円買いドル売りは、為替市場に対する同額の円キャリートレード(円売りドル買いポジション)の供給を意味するため、5%の日米金利差が存在する状況下では、投資家の間で積極的にそのポジションを保有し続ける選好が働くためである。

また、20世紀の伝統的な金融政策運営下の銀行貸出が日銀によって供給される銀行準備によって制約されていた時代とは異なり、日銀が当時の10倍以上の流動性供給を継続し続けている現在、たとえ、日銀がコリドー方式による利上げを開始したのちでも、投資家は、市中銀行を通じて無制限に円キャリートレードに必要な円資金を調達することができると考えられる。

これは、銀行貸出は無論金利水準の影響を受けるものの、中銀による資金供給量の制約は受けないためである。すなわち、同じ5%の金利差であっても、そのドル円相場への影響は、量的緩和の前後で全く異なると考えるべきであろう。

わが国政府日銀は円売りアタックに持ちこたえられるのか

このような観点から、量的緩和後の円買い介入は、金利という観点からは、常に完全な不胎化介入となり、大量介入による短期的な効果はともかく、その中長期的な効果は著しく棄損される可能性が高い。

換言するなら、近い将来日銀が利上げに着手したとしても、日米間に大幅な金利差が存在し続ける限り、何かのきっかけで1992年のポンド危機のような大量の円売りアタックが行われた場合、投機筋は無制限にアタックに必要な円資金の調達が可能なため、たとえ1兆ドルのわが国外貨準備やFedとの金額無制限なスワップ協定に裏打ちされた大量の円買い介入によってでも、円の防衛を果たすことは容易ではないのではなかろうか。