ESG(環境・社会・企業統治)投資という世界的な潮流は、日本企業の情報開示や会計処理にも大きな影響を及ぼしている。本連載では、企業の健康経営とハラスメント対策に焦点を当てつつ、運用担当者が知っておきたいESG会計を6回シリーズで解説。企業関係者のほか年金基金など機関投資家もぜひ参考にしていただきたい。第2回のテーマは「開示」だ。

情報開示は運用者にとって必須

辰巳憲一
学習院大学名誉教授
辰巳憲一
1969年大阪大学経済学部、1975年米国ペンシルベニア大学大学院卒業。学習院大学教授、London School of Economics客員研究員、民間会社監査役などを経て現在、学習院大学名誉教授など。投資戦略、ニューテクノロジーと金融・証券市場を中心とした著書・論文多数

開示の義務がもし緩くなれば企業の負担は確かに減る。しかし、そのメリットの見返りに不都合な局面が生まれてしまう。

ESG(環境・社会・企業統治)への取り組みや情報開示が不十分で社会に対する責任を果たしていないと見なされ、消費者や投資家の圧力によって売上や企業利益の減少や株価下落が起こり、企業価値の毀損につながる。運用担当者もその動きを見続けなければならない。

また、適宜適切な内部情報開示が行なわれなければ投資判断に必要な情報量が減り、科学的根拠に基づかない投機的な売買が増え株式ボラティリティが大きくなる。

情報不足の中での高ボラティリティで運用者は困難に直面する。それだけでなく、回りまわって経営者は長期の経営判断をくだしにくくなる。

他方、情報が増えると投資家は株式投資しやすくなる。その結果として企業の資金調達コストが下がる。なお、情報があり過ぎても混乱するばかりだが、次に見るように日本の現状はまだまだそこまでいっていない。

自然災害やサイバーセキュリティなどのリスクの種類ごとにその情報開示がどれくらいの比率でなされているかを表した図は、有価証券報告書での文言の有無をカウントするコンテンツ分析という方法によって集計されている。

開示する企業が少ないのは、気候変動リスクだけでなく、34%に過ぎない人材雇用についても同様だ。

【図表】該当リスクを開示する企業の比率(2020年)

図表
注)3月期決算企業のうち7月までに有価証券報告書を提出した2484社を宝印刷が集計

何を開示するべきか

先行している脱炭素分野の評価指標としては、営業利益をCO2(二酸化炭素)排出量で割る炭素利益率(ROC=リターン・オン・カーボン)、炭素調整後EPS(1株当たり利益)などが提唱・公表されている。

機関投資家にはポートフォリオの間接的な炭素排出度が重要になる。それは、株式投資対象企業の炭素排出量を売上高で割った比率を当該投資額が全体に占める構成比で加重和して定義される。

さらに、排出枠取引で付く価格を使って企業の温暖化ガス排出が金額で計算でき、これを資産運用判断に反映させることができる。今後これは投資戦略に大きな変革を生むだろう。

人件費を費用と考えない観点からは、売上高から製造・売上の原価だけを引いた売上総利益を売上高で割った比率、あるいは営業利益に人件費などを足し戻すESG損益がある。

課題は残っている

炭素については、自社だけでなく取引先の間接排出(スコープ3と呼ばれる)開示や削減を求める圧力が高まっているのが新しい傾向だ。

健康経営については、社内クリニックやハラスメント相談センターの設置だけでなく、不正行為などの内部告発者(ホイッスルブロワー)の保護や汚職禁止対策などとそれらに関する情報公開も同様な趣旨を持ち、投資家がESG投資を行うために不可欠な情報である。

部門ごと、職種ごとそして地域ごとの対策とその開示が課題になる。さらに本シリーズの後半で展開するESG会計の仕訳を体現した財務諸表の開示が必須になる。