これまで【第2回】バリュー株とグロース株【第3回】クオリティ株と最小分散【第4回】大型株と小型株――と、いずれも同じ市場ではありながら、特性や切り口の違いによって分散効果を生み出す投資方法を学んできました。今回は「日本株とグローバル株」。地域が異なることによる分散効果について、ラッセル・インベストメントの金武伸治さんに教えていただきます

リーマン・ショック後に地域差が拡大

前回・第4回の最後で、金武さんから「分散効果の観点で言うと、近年注目に値するのは各国の景気サイクルや金融政策サイクルの違い」というお話がありました。

金武 グローバル株に分散投資するメリットの1つは国別分散の効果です。つまり、なるべく同じ値動きをしない国々に分散投資することによって、株式全体のリスクを低減させることです。特に株式はリスク水準が高い資産ですから、可能な限り分散効果によりリスクを低減させたいですね。

また、近年は国や地域間の相関が低下する傾向にあり、国別分散の効果がより高まっています。その主な背景としては、各国・地域の景気サイクルや金融政策サイクルに差が出てきていることが考えられます。

例えば、米国ではIT関連銘柄群であるエヌビディアやメタ(旧フェイスブック)、アマゾン、また電気自動車最大手のテスラなどが台頭しました。一方、欧州では債務問題や経済成長率の低下、一時はマイナス金利化などが見られました。こうした一連の現象は、2008年のリーマン・ショック後に生まれた新たな経済構造のもとで発生しました。

そして足元では、米国が利下げに転じる一方、逆に日本は長期間にわたる金融緩和から、ごく低水準ではあるものの利上げを開始するなど、金融政策サイクルでも違いが出てきています。

【図表1】は、米国株式と欧州株式または英国株式との相関係数です(米ドル・ベースの月次リターンを利用)。相関係数の変化を見るために、2004年以降の20年間について、前半の10年間と後半の10年間に期間を分けて分析しています。ここから、相関係数が低下している様子が分かります。

【図表1】米国株式に対する欧州株式と英国株式のリターン相関係数
米国株式に対する欧州株式と英国株式のリターン相関係数
米国株式:MSCI USA Index
欧州株式:MSCI Europe ex UK Index
英国株式:MSCI United Kingdom Index
※インデックスは資産運用管理の対象とはならない。また、インデックス自体は直接的に投資の対象となるものではない。インデックスには運用報酬がかからない。
分析期間:2004年9月~2024年8月
出所:Bloombergのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

成長率の差がリターンの源泉

グローバル分散投資を通じたリスク低減の意義は分かりました。ではリターンの観点からすると、この地域差がどういうメカニズムでリターン向上につながるのでしょうか。

金武 ひとことで言うと、潜在成長率の違いであると考えられます。つまり、日本と比べて相対的に高い海外の潜在成長率を享受するという考え方です。

例えば先ほどのエヌビディアやテスラのような企業の台頭は、なかなか日本では考えにくいですよね。さらに、景気回復や刺激を目指す利下げ、あるいは景気の過熱を防ぎ安定化を目指す利上げ。米国の企業や金融当局が見せるこうしたスピードの速さや変化の大きさも、日本の現状では想定しにくいです。

他方で欧州の特質やメリットとしては、自国地域だけでなくエマージング(新興)諸国を含め、広くグローバル規模で売り上げや利益を創出している企業が多いことが挙げられます。こうした企業は、間接的にエマージング経済の成長を享受していることになります。

リスク低減にも分散が効果

過去40年程度の米国S&P500と日経平均の累積リターン差などを振り返ると、日本株に積極的に投資する意義が見出しづらいという声があります。その一方、最近の日本株の復調ぶりから「これからは日本株の時代」という主張もあります。また、「日本の年金なのだから日本株は相応に持つべき」という意見に対して、「グローバルな株式の時価総額に占める日本の割合は6%程度だから、保有比率もそれに準じた程度にすべき」といった指摘もあります。株式への向き合い方は正直、難しいですね。

金武 「ホームカントリーバイアス」と呼ばれる、自国の資産により多くの配分を行うことの是非ですね。その観点では今後、さらなる経済構成の変化がグローバル分散投資の重要性をより高める可能性があります。

現在、世界的に経済の脱グローバル化や内需刺激型経済への移行が進んでいるように見えます。グローバル経済のデカップリングなどと呼ばれる現象です。これはリターンの観点から見ると、人口増加とリンクしつつ自国の消費需要が強い国の潜在成長率がさらに高まることが考えられます。

またリスクの観点では、国別の経済格差が一層進み、各国の平均株価がより異なる動きをすると想定できます。潜在成長率がより高く、異なる値動きの地域に幅広く分散するわけですから、日本株運用のような単一国運用よりグローバル分散投資の方が投資効率の向上が期待されます。

一方で【図表2】が示すMSCI Worldインデックスの国別構成比からも分かるように、グローバル分散投資の場合、日本株比率が低下しますが、米国株比率はさらに高まることを認識しておく必要があります。

【図表2】MSCI Worldインデックスの国別構成比(2024年8月末)
MSCI Worldインデックスの国別構成比(2024年8月末)
出所:MSCIのデータをもとにラッセル・インベストメント作成

真の「グローバル運用」戦略は少ない

しかし現状、機関投資家の多くは国内株式と外国株式に分けて運用しているのではありませんか。

金武 おっしゃる通りで、日本国内では真のグローバル株運用となる運用商品の提供が少ないことが課題だと考えます。

近年、日本株を含むMSCI Worldをベンチマークや投資対象とする、海外の優れた運用商品が提供されるようになってきました。しかし、まだMSCI KOKUSAI(MSCI World ex. Japan)をベンチマーク・投資対象とする「除く日本」の運用商品が多いです。このため別途、日本株運用を採用しなければならず、結果として日本株運用と外国株運用が分断されてしまうのです。このことが、政策アセットミックスにおいて国内株式と外国株式を別枠にしている状態から脱却しにくい理由の1つと考えられます。

また実は、国内株式と外国株式を分断して運用を行っていることがアクティブ運用の超過リターンにも影響を与えうるのです。

国を越えた銘柄比較で収益機会が拡大

それはなぜですか。

金武 単一国運用の場合、銘柄比較や銘柄選択は、その国の中で行わなければならないのがデメリットです。

例えば世界中に顧客基盤があり、海外からの売り上げや利益の方が大きい自動車産業のケースを考えてみましょう。日本株運用の場合、例えばトヨタ自動車と日産自動車を比較し選択するといった投資判断が行われます。

しかしグローバル株運用だとTOYOTA、HONDA、FORD、MERCEDES BENZ、VOLKSWAGENあるいはTESLAなどの企業群を横断的に比較し選択するわけです。この方が、グローバル経済構造に即した比較であり、選択肢がより幅広く、超過収益の機会も広がると考えられます。ちなみに、同一業種内における国をまたいだ銘柄選択をクロスボーダーと呼びます。

これは、自動車産業に限ったことではありません。つまり、銘柄選択における投資対象の分断は超過収益の獲得にとって障害になり得るということです。

内外枠を外して「グローバル枠」に

ここまでうかがってきた状況や条件を踏まえて、具体的な投資方針等へのアドバイスをお願いします。

金武 ①分散効果によるリスク低減②相対的に高い潜在成長率の享受③銘柄選択の拡張による超過収益機会の拡大――というように、グローバル株運用のメリットは数多く挙げることができます。

これを具現化するには、政策アセットミックスで国内株式枠と海外株式枠に分かれている場合、それらを統合したグローバル株式化を進めることが第一歩となります。そして、それに即した運用戦略と運用商品の構成を構築することが重要となります。またグローバル株式化を行うと、為替リスク管理や為替ヘッジ方針が追加的な課題として発生します。これについては稿を改めて考えてみたいと思います。

今回は先進国株式を中心に考えてきましたが、真のグローバル株式化という意味では、エマージング株式投資についても考え方を整理する必要があります。次回はそこにフォーカスしたいと思います。

  • リーマン・ショック後の世界的な経済構造の変化の中で、日本と米国、欧州との間で景気や金融政策のサイクルに格差が発生。株式投資をグローバルに分散する効果が拡大してきた
  • 米国企業の潜在成長率の高さや、新興国からも売り上げや利益を創出している欧州の企業の収益構造がリターン源泉となっている
  • 日本と欧米の企業を横断的にとらえるグローバル株運用で、選択肢や収益機会を増やすことができる

次回は「エマージング株」(仮)

■【株式編・第6回】は10月30日(水)にお届けする予定です
■質問や要望は下記フォームからお願いします。今後の連載に生かします

金武伸治

【解説】金武伸治
ラッセル・インベストメント
エグゼクティブ コンサルタント
トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長

1995年、野村総合研究所入社。クオンツ・アナリストとしてスタート。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)でグローバル債券ポートフォリオ・マネージャー。2009年、BGIと経営統合したブラックロックでグローバル債券ストラテジスト、債券戦略部長。2015年、格付投資情報センター(R&I)で資産運用コンサルタント。2022年、ラッセル・インベストメントで資産運用コンサルタント。慶應義塾大学理工学部卒業 早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了 日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

阿部圭介

【構成・執筆】阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済記者として金融、証券、情報通信などを取材。経営企画室長、大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事。2022年4月から現職

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