円安の時代はいよいよ終わりを迎えた
為替市場では、「リスク回避」の強まりによって、ドル円相場は上昇圧力を失いつつある。同時に、これまで円安を招来してきたすべての要因は効力を失い、間もなく市場参加者の関心は、新たに出現する円高要因に移行するであろう。筆者は、円安の時代は終わりを迎えたとみている。
- 「リスク回避」が円安を抑制し始めた
- すべての円安要因が効力を失いつつある
- 歴史上経済戦争は軍事戦争に先行する
- 「トランプ2.0」と米中通貨切り下げ戦争の勃発
- ドルの基軸通貨の地位に挑戦する東側諸国
- 台頭するEU懐疑主義とユーロの崩壊
「リスク回避」が円安を抑制し始めた
円キャリートレードは、金利差と同時にリスク許容度の関数でもある。米国の利下げ先送りは、元来円キャリートレードを促進するが、それが金融市場において「リスク回避」を助長する場合、円キャリートレードを巻き返す動きが強まり、ドル円相場は失速する。
報道によれば、ドル円相場が34年ぶりに160円台を付けた2024年4月29日、日中の通貨当局は通貨防衛のための自国通貨買い介入を実施した模様である。日中同時介入が実施されたのは、米国の利下げ先送りによる日本円と人民元の下落を通じた通貨不安と資本逃避リスクが共有されたためである。結果、皮肉にも、市場参加者は「リスク回避」から日本円と人民元を売り進むことに二の足を踏まざるを得なくなった。
太平洋の向こう側では、米国の利下げ先送りは、米国株の急激な調整とメキシコとブラジルの通貨急落をも引き起こした。金融市場では「リスク回避」が強まり、市場参加者は円キャリートレードの巻き返しを余儀なくされた。また、日銀の量的引き締め観測も「リスク回避」を助長した。
「リスク回避」が強まる中、市場介入によって、市場参加者が日米の政策金利差が5%に過ぎないことを改めて認識したことも円キャリートレードの巻き返しを助長した。キャリ―トレードのもたらす1年間の利益が、2024年4月29日から5月3日までの4営業日間の値動きで一瞬にして失われることを目の当たりにしたためである。
すべての円安要因が効力を失いつつある
これまでの円安は、
①2011年に日本の財・サービス収支が赤字化したことで、市場参加者が1971年来の米国の通商圧力による円高誘導が真に過去のものと化したと確信したこと
②2013年に日銀の量的・質的緩和が始まったこと
③2014年のロシアのクリミア侵攻、2017年の中国の一対一路、2022年のロシアのウクライナ侵攻等によって世界経済が多極化し、日本の地政学的リスクが増大したこと
④2022年以降の米国のインフレとFed(米連邦準備制度)の利上げによって日米金利差が拡大したこと
によってもたらされた。
②は、2024年3月のマイナス金利解除によって、完全に終了した。④は、Fedの利下げと日銀の利上げによって、今後、日米金利差が縮小する。さらに、①と③に関しても、間もなく重大な転機を迎えると筆者は考えている。
歴史上経済戦争は軍事戦争に先行する
市場参加者は、今後、世界経済が東西南に多極化する時代の通貨切り下げ戦争と通貨危機のリスクに十分留意しなければならない。
歴史は、経済戦争が軍事戦争に先立つことを教えている。第一次世界大戦は、強固な固定相場制である金本位制が欧州列強間の経済格差を助長したことで、経済摩擦と経済のブロック化を通じて引き起こされ、その結果、金本位制が崩壊した。第二次世界大戦は、世界大恐慌後の金本位制崩壊と経済のブロック化、通貨切り下げ戦争を経て勃発した。
「トランプ2.0」と米中通貨切り下げ戦争の勃発
2024年の米大統領選挙における「トランプ2.0」の現実化によって、米中経済戦争がヒートアップすれば、トランプ新政権は、来年、歴代の米国政府が1995年以来維持してきた強いドル政策と市場不介入政策を撤回し、ドル安政策に大転換する可能性がある。これに対して、本年の全人代(全国人民代表大会)でハイテク産業の育成と輸出振興を第一目標とした中国は、現在採用する管理変動相場制(ダーティーフロート)を駆使して、人民元のドルに対する上昇を徹底的に阻止するであろう。
米中経済戦争は、通貨戦争に昇華することになる。第二次世界大戦前の状況の再来である。変動相場制下にある日本円は、米国のドル安政策転換のあおりを受けて大幅に上昇する公算が高い。市場参加者は、さらなる円キャリートレードの巻き返しを余儀なくされよう。
ドルの基軸通貨の地位に挑戦する東側諸国
また、世界経済が東西南に多極化する中で、ドルの基軸通貨としての地位が挑戦にさらされている。ロシアによるウクライナ侵攻後の西側諸国によるロシア資産凍結が、東側諸国において準備決済通貨としての人民元選好を助長したためである。
グローバルサウスと呼ばれる南側諸国の一部が、これに追随する動きをみせている。この動きが強まれば、ドルは下落しよう。中国は、ロシアのウクライナ侵攻を契機に、外貨準備における米国債売却と金購入を加速させた(図表)。
台頭するEU懐疑主義とユーロの崩壊
西側諸国内でもEU(欧州連合)懐疑主義という分断の火種が燻っている。ユーロという強固な固定相場制は、第一次世界大戦前に金本位制が欧州列強間の経済格差と経済摩擦を助長したように、現在ユーロ構成国の間で経済格差を拡大させている。
今後、経済摩擦によってユーロ構成国によるEU離脱懸念が強まれば、欧州中央銀行制度(ESCB)と欧州為替相場メカニズム(ERMII)は2010年以来二度目の崩壊の危機を迎える。ユーロは下落圧力にさらされよう。
2025年からの数年間は、アジア通貨不安、日本金融危機、ロシア危機、ヘッジファンド危機が続発した1990年代後半のような通貨危機の時代の再来となる可能性が高い。