各地の企業年金を訪問して、年金資産運用の現状や考え方などを伺う「知りたい!隣の企業年金」。朝日新聞企業年金基金の常務理事だった私、阿部圭介がインタビューする企画の第11回は三井住友銀行企業年金基金を訪ねました。野手弘一(のて・ひろかず)常務理事・運用執行理事は「当基金にとって十分なリターンを獲得するために、相応のリスクは取ります」とおっしゃいます。安定・安全運用を旨とする企業年金が多い中では、異色の存在でしょう。しかし母体に必然的なニーズがあり、野手さんにはバックボーンとなった確固たるキャリアがありました。

ペーパーレスを進め、四半期報告などもディスプレイに投映して聞く
ペーパーレスを進め、四半期報告などもディスプレイに投映して聞く

三井住友銀行企業年金基金の概要

  • 所在地/東京都千代田区一番町
  • 設立年月/2005年9月
  • 資産総額/9412億円
  • 予定利率/2.4%
  • 期待運用収益率/3.2%
    (いずれも2022年3月現在)
  • 加入者数、受給者数は非公開

為替ディーラーの先駆け

東京・半蔵門近くの閑静な地区の銀行施設。野手さんはセーター姿で迎えてくれた。一見して好々爺という雰囲気。だが、日本の銀行が本格的に為替のディーリングを始めた時からの草分けで、金利やデリバティブ取引にも通じた「相場のプロ」だ。

私がこれまで取材してきた企業年金の常務理事や運用担当者は、人事や総務、あるいは財務の経理部門の出身者が大半でした。野手さんは全く違うキャリアですね。

野手 1983年に合併前の住友銀行に入り、2013年から現職です。今年で銀行生活が満40年になりますが、最初の3年間と基金に来る直前の3年間を除いて一貫して相場と付き合ってきました。

各銀行が横並びの規制金利、護送船団方式の時代に銀行に入って、為替のディーラーになるなんて想像していましたか?

野手 とんでもないですよ。大阪の上町(うえまち)支店という所に配属され、自転車を漕ぐ毎日。ベアリングの軸受を作っている工場や、人形メーカーなど中小企業を回っていました。話好きで営業成績は良かった。

そのころ、1984年ですが、為替予約の実需原則という外国為替に関する規制が撤廃されました。投機としての為替運用が初めて認められるようになったのです。銀行各行は、新たな収益チャンスということで為替のディーリングを本格的に開始。人材を集めることになり、「外回りで稼いでいる奴が大阪の支店におる」ということで東京の国際資金部(当時)に引っ張られました。

最初はロンドンにトレーニー(研修生)として派遣され、その後は東京、ニューヨークで主にドル円のディーラーです。シンガポールで金利やデリバティブも手がけました。普通の銀行員らしい仕事といえば、ここに来る前に東京・神田地区の法人部長をしたぐらいです。

旧・住友銀行の為替ディーラーといえば、ラグビー日本代表監督も務めた故・宿沢広朗さん(しゅくざわ・ひろあき、1950年生まれ2006年没)が伝説的な存在ですね。三井住友銀行で取締役専務執行役員まで務められましたが、早逝されました。

野手 私自身、最初に国際資金部に配属された時からの部下で、宿沢さんは「我が師」という存在です。為替取引だけでなく、あらゆることを勉強させていただきました。

高い株式比率が収益源泉

それでは、御基金の内容をご紹介いただきたいと思います。

三井住友銀行企業年金基金の実績収益率
2019年度 -3.33%
2020年度 25.57%
2021年度 7.01%
過去3年平均 9.11%
過去5年平均 6.92%

まず、この収益率。2020年度の25%超というのは突出していますね。コロナ禍への対策として、世界的に財政出動と金融緩和があったにしても。過去3年と5年の平均を見ても、日本の企業年金としては相当な高水準だと思います。「相場師」ならでは、ということなのでしょうか。具体的な理由、背景を教えていただけますか。

野手 分かりました。実際の資産配分でご説明します。

【図表】三井住友銀行企業年金基金の資産配分構成
三井住友銀行企業年金基金の資産配分構成
※安全資産には国内債券、一般勘定、短期資産が含まれる(2022年12月末現在)

なるほど。ちょっと変わった分類ですが、株式の比率が高いですね。やはり、この部分が収益のドライバーですか。

野手 その通りです。直近の2022年度は世界的に株も債券も不調でしたので別ですが、2021年度までの実績では株式の貢献度が大です。

積立額回復へ母体も期待

日本の企業年金の場合、株式比率は多くても30%台、20%前後が一般的です。ゼロに近いところもあります。

野手 当基金も私が着任する前は20%台でした。しかし、2008年のリーマン・ショックを契機に運用成績が落ち、年金資産の積立基準も1を割る水準にまで低下しました。母体としては、一定のリスクをとってでも株式比率を増やして年金積立額を回復したい。そういった期待や背景もあって、相場に知見のある私が選任されたようです。就任早々、株式比率を上げることに注力し、一時は58%に達しました。

リスク管理も厳格に

資産配分構成を見ていて気づいたのですが、「オルタナティブ」という項目がありませんね。

野手 そうです。もちろん当基金でも、ヘッジファンドやプライベートエクイティ、不動産といったオルタナティブ資産に投資しています。資産全体の35パーセント程度にはなるかな。

ただ、「オポチュニティーコスト方式」といって、各オルタナティブ資産のリスクを分解して、たとえば0.3を債券に、0.7を株式に割り振るという形で資産管理をしています。こうすることで、リスクの度合いが分かりづらいオルタナティブを安全面で「見える化」しているわけです。

通常3年ないしは5年に1回見直す政策アセットミックスも、毎年改訂されているそうですね。

野手 ええ。年金資産の積立比率が高まれば、運用を無理する必要はないので目標収益率を引き下げる。それに連動して、株式の組み入れ比率も下げる。飛行機の着陸のように、目標に近づくにつれてリスク資産の比率を引き下げていくアプローチです。「グライド・パス(glide path:滑走路への進入コース)方式」といわれています。

積極的な投資行動と、厳格なリスク管理を両立させているわけですね。

アクティブ比率は86%

野手 ウクライナ侵攻やエネルギー動向、中国の今後など、これからの相場環境は大変難しくなっていくと思います。そうした中で、ベータ(市場連動)頼りではだめ。現在、当基金の伝統資産におけるアクティブ資産とパッシブ資産の割合は86%対14%です。でも、もっと優秀なアクティブ・マネジャーがほしい。海外のヘッジファンドやプライベートエクイティに直接足を運んでいます。

「若い力にもっと投資を」と積極的に発信している
「若い力にもっと投資を」と積極的に発信している

野手さんは最近、セミナーなどの場で「日本の年金ももっとベンチャーキャピタルに投資しよう」と呼びかけておられます。

野手 東大や東北大などの大学発ベンチャーを視察する機会があったのですが、日本にも素晴らしい技術がたくさんある。でも、お金の集め方を知らない。大変もったいない状況です。日本経済浮揚のためにも、われわれアセットオーナーとしてできることがあるはずだ、との思いが募ります。当基金でも国内外約10のベンチャーファンドに合計100億円ほど投資しています。決して慈善事業ではありません。それなりにリターンも見込めますよ。

野手さんのオフ。以前から、中山道や奥の細道といった旧街道ウオークを楽しんできたが中断。最近はもっぱら愛犬を連れて、千葉県佐倉市の自宅を出発して田舎道に分け入っている。5、6時間も歩き、奥様に車で迎えに来てもらうのが「行って来いウオーク」。車で目的地まで送ってもらい、歩いて帰ってくるのが「帰って来いウオーク」。分散を旨とする企業年金らしく、交互に「運用」している。

「知りたい!隣の企業年金」は毎月20日ごろの配信を予定しています。

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阿部圭介

阿部圭介
J-MONEY論説委員
1980年、朝日新聞社に入社。経済部記者として金融、証券、情報通信などを取材。大阪本社編集局長などを経て2022年3月まで朝日新聞企業年金基金常務理事