株式や社債に比べて、ソブリン債はESG 投資が遅れているとの声も聞く。機関投資家のポートフォリオでも存在感を示すソブリン債の評価にどうESG 要素を取り入れるか、課題と合わせて解説する。

  • ソブリン債の信用分析においてESG要素は従来から考慮されてきた
  • エンゲージメント型以外の投資手法は概ね適合する
  • 発行体のインパクト・レポーティング拡充・整備が求められる

一部のESG要素は信用分析で勘案されてきた

ESG(環境・社会・企業統治)を考慮した投資は、1920 年代に米国のキリスト教教会などで、タバコや酒、ギャンブル、武器といった宗教上の倫理に反する産業に投資しないネガティブスクリーニングから始まったと言われている。その後、2006 年に国際連合の呼びかけでPRI(責任投資原則)が策定されたことをきっかけにESG投資は本格的に浸透し始めた。

ニューヨーク大学のバルーク・レブ教授によると、企業の時価総額のうち利益と純資産が寄与する割合は1950年代の90%以上から、2013年には約50%に低下したという。非財務情報が企業価値に大きく反映されるようになったように、国の価値、ひいてはソブリン債評価においても財政状況以外の要素を勘案する必要性が高まっている可能性は大きい。

ちなみにソブリンSDGs(持続可能な開発目標)債としては、ポーランドが2016年12月にグリーンボンドを発行したのが最初の事例であり、いわゆるラベルを付けた形でのソブリン起債の歴史は約7年と、資産クラスとしては相対的に遅い動きと言える。ただし実際には、ESGという言葉や概念が広まる前から、人口動態の変化や政治体制の安定性といったESG要素はソブリン債の信用分析に長年組み込まれてきた。

例えば、1人当たりのGDP(国内総生産)や汚職、法の支配、天然資源、自然災害、エネルギー資源、水──などが挙げられる。一方で、生物多様性や長期的な気候変動は、近年のESG分析特有の指標かもしれない。

従来からの「信用分析」と足元の「ESG分析」に差があるとすれば、”Horizon(視野)の長さ” とESG要素の範囲の違いだ。信用格付けは伝統的に2~5年先を見ると言われてきた一方で、ESGはより長いスパンで将来を見通す傾向にある。

近年は、ESGの浸透で信用格付けにおいてもより長期的な目線を持つようになっているものの、ESG投資ではそれよりも長期のタイムホライズンで測られることもある。さらに、信用分析で見るESG要素の範囲は、基本的に信用格付けに影響を及ぼすものである。その意味では、ソブリン債の評価におけるESG分析で用いられるタイムホライズンやESG要素を一層組み込むことには意義があると考えられる。

債券におけるESG投資には、環境・社会の課題解決を目的に発行するSDGs債への投資と、グリーンボンド、ソーシャルボンドなどと冠してはいないが、実質的に社会・環境へのインパクトが期待される債券への投資がある。SDGs債でないソブリン債にどうESG要素を考慮するかは、世界銀行のソブリンESGデータポータルやPRIの「ソブリン債:ESGリスクに当たるスポットライト」(2013年)といった公表資料が参考になるだろう。

例えば、ソブリンESGデータポータルでは、CO2(二酸化炭素)排出量、エネルギー使用量、失業率、水へのアクセス、法的権利の強さ、インターネット利用者数──など、勘案すべきESG指標が一覧にまとまっている(図表)。投資家が投資対象を選定する際には、当然、比較可能性が確保されることが重要なので、定量情報は世界銀行などのデータを参照するのがおすすめだ。

■図表 世界銀行のソブリンESGデータフレームワーク(一部)

■図表 世界銀行のソブリンESGデータフレームワーク(一部)

世界銀行のソブリンESGデータポータルでは、世界銀行に加盟する189カ国のESGデータが掲載されている。信用分析の観点から、一般的に、ソブリン債のデフォルトリスクに大きく影響する傾向があるのは、政治体制の安全性や汚職、政府の財政などに結び付く「G(企業統治)」である。ただ、例えば、海抜0メートルのような国では水没リスクの「E(環境)」、ある程度ガバナンスが強固な先進国では所得格差などの「S(社会)」の重要性が高まることも考えられる。さらに、ここ数年、自然大災害リスクや地政学的リスクが顕在化している。日本を含む世界で「E(環境)」の側面がソブリン債の分析により直結してくることは十分に考えられるだろう。

出所:世界銀行のソブリンESGデータポータル「Sovereign ESG Data Framework」ページより編集部作成

世界銀行とGPIFも共同でデータ整備に注力

様々なESG投資の手法がある中で、ソブリン債は、サステナビリティ・テーマ投資型、ESG統合(インテグレーション)型はさることながら、規範に基づくスクリーニング、ポジティブスクリーニング、ネガティブスクリーニングなど概ねどの手法も適合すると考える。

しかしながら、対話を通じてESGへの取り組みを促すエンゲージメント型は難しい面もある。政府も国債IR(投資家向け広報)に力を入れ、投資家と意見交換する機会は設けているものの、その発行額の大きさゆえ、現実的に対話ができる投資家は一部になると考えられるからだ。

ソブリン債のESG投資の発展に向けては、データの質の向上とその整備が今後の課題だ。先進国であれば有効なデータや統計が整っているが、他方、正確性や精度の点で追いついていない国も多い。また、ソブリン債についても、ICMA(国際資本市場協会)の原則・ガイドラインに沿ってレポーティングを行っているが、国によって開示方法や内容が異なり、必ずしも比較可能性が確保されているわけではない。

例えば、フランスのグリーン国債では、調達資金配分、パフォーマンス報告書をはじめとした各種情報が、フランス語に加え、一部を英語や日本語でも開示しているなど、投資家にとって分かりやすくまとめられている。このように、ソブリン債に関するIRを充実させ、幅広い投資家が求める情報を適切に提供する発行側の対応が求められるだろう。

世界銀行グループとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は債券投資におけるESGの考慮について共同研究を進めており、2018年4月には共同研究報告書「債券投資への環境・社会・ガバナンス(ESG)要素の統合」を発表した。

同報告書によると、債券におけるESG投資は社債を中心に株式に追いつきつつあるものの、ソブリン債については研究の余地が残されているという。例えば、ソブリン債分析では、国によるデータの公表にタイムラグがあり、データを迅速に発表することが必要と述べている。各国でESGに関するデータの整備が進み、インパクト・レポーティングが充実すれば、ソブリン債のESG投資はより促進されるのではないだろうか。

野村サステナビリティ研究センター長江夏あかね氏

江夏 あかね
野村サステナビリティ研究センター長
オックスフォード大学経営大学院修了、博士(経済学、埼玉大学)。ゴールドマン・サックス証券、日興シティグループ証券などを経て、2012年に野村資本市場研究所に入社、2019年12月より現職。研究分野は、国家・地方財政、信用分析および格付、ESG。政府、地方公共団体などの委員を歴任