• 為替介入により9.2兆円のキャリートレードが創出
  • キャリートレードは経済学的見地から不合理な行動
  • ドル円相場は1998年10月のロシア危機以来の暴落
  • さらなるドル売り介入はドル高の流れを完全に変える

為替介入により9.2兆円のキャリートレードが創出

梅本徹
J-MONEY論説委員
梅本 徹

わが国の財務省は、2022年9月22日以降、9.2兆円に及ぶドル売り円買い介入を実施した。これは、金融市場に同額の円キャリートレードを創出したことを意味する。

すなわち、為替介入の結果、同額の政府短期証券(為券)が償還されるため、市場は9.2兆円の円建て国債の売り持ちとなる。一方、米国サイドでは、Fed(米連邦準備制度)が為替介入の結果市場に放出されたドル資金を不胎化するために米国債の売却するため、市場は9.2兆円相当のドル建て国債の買い持ちとなる。

これは、例えばヘッジファンドが、担保を元手に借り入れた日本国債を市場で売却して得た円資金をもとに外為市場で円売りドル買いを行い、受け取ったドル資金で米国債を購入して創出されるキャリートレードと同一ポジションである。

キャリートレードは経済学的見地から不合理な行動

さらに、キャリートレードは決して合理的な行動ではないことにも留意が必要である。外為市場では、長期的には、購買力平価が成立すると考えられている。

これは、インフレ率の高い国の通貨はインフレ率の低い国の通貨に対してインフレ率格差分だけ減価するという考え方である。一方キャリートレードは、金利が高い国の通貨を買い、金利が低い国の通貨を売って、金利差分の利益を上げようという取引である。

ここで、インフレ率格差と金利差が同じとすれば、キャリートレードによる期待利益は購買力平価による為替損失によって完全に相殺されることになる。筆者の試算によれば、現在のドル円相場は、購買力平価による適正水準から60%もドル高オーバーシュートしている。すなわち、キャリートレードは、「金利差がある限り未来永劫利益を生み続ける取引」では決してない。

【図表】ドル円相場の購買力平価による適正水準からの乖離率(%)
ドル円相場の購買力平価による適正水準からの乖離率(%)
出所:Fed、日銀

ドル円相場は1998年10月のロシア危機以来の暴落

さて、2022年9月22日以降の為替介入によって、市場参加者は、9.2兆円にも及ぶ新たなキャリトレード・ポジションを好むと好まざるとにかかわらず保有させられた。財務省は、ドル円相場が上がろうが下がろうが「われ関せず」だが、市場参加者はそうはいかない。

2022年10月下旬以降はドル円相場の上昇が止まってしまう。同年11月8日投票の米中間選挙結果は当初の予想通り共和党優勢が伝えられ、選挙後はバイデン政権のインフレ誘発的な財政拡張政策に歯止めがかかるとの憶測が強まる。

さらに、2022年11月10日発表の米国10月のCPI(消費者物価指数)が市場予想を下回り、同日発表の米財務省による半期為替報告書では日本の介入が「お咎めなし」となる。

翌11日の東京時間には、黒田総裁が再任を否定と報じられ、日銀による緩和修正もそう遠くないとの憶測が再確認される。この結果、市場参加者の間では一気に疑心暗鬼が広がり、キャリートレードの大量巻き返しが横行、ドル円相場は10日と11日の2日間で7円の下落と、1998年10月にロシア危機によるキャリートレードの大量巻き返しから1日で10円以上の下落幅を記録して以来の暴落を演じた。

さらなるドル売り介入はドル高の流れを完全に変える

長期的には、キャリートレードの終わりが始まったといえよう。ただ、2022年11月13日には、米中間選挙結果において予想外の上院民主党勝利が伝えられており、バイデン政権による財政拡大政策の変化なしとの見方が広がる可能性がある。

したがって、今後の米インフレ指標次第では、再びキャリ-トレードが息を吹き返すことになりかねない。また、日銀総裁の交代も市場ではとっくに織り込み済みのはずである。

一方、今、追い打ちをかけるようなドル売り介入が実施されれば、完全にドル高の流れを止めることができるとも思われる。神田財務官の次の一手が注目される。