企業年金を担う人々の素顔に迫る新企画「知りたい! 隣の企業年金」。朝日新聞企業年金基金の常務理事を務めていた阿部圭介氏が、常務理事や運用執行理事など資産運用を担う方々にインタビューしていきます。第1回は、住友林業グループ企業年金基金の三好敏之常務理事にお話をうかがいます。

阿部圭介
J-MONEY論説委員
阿部圭介

2022年3月末まで朝日新聞企業年金基金の常務理事だった私(阿部圭介)が、かつての「お仲間」ともいえる各地の企業年金を訪ねて、現在の課題や取り組んでいること、それまでの道のりなどをうかがっていきます。

企業年金のみなさんにとっては「お隣さん」の様子を垣間見ることになるでしょうし、金融機関や事業法人の方々にとっては同じ機関投資家でありながら普段接することの少ない人々の現状を知る読み物を目指します。

債券は年金資産運用にとって「主食」

住友林業グループ企業年金基金の三好敏之常務理事
住友林業グループ企業年金基金
常務理事
三好敏之さん

第1回に登場いただくのは、企業年金関連の各種セミナーを頻繁に聴講されるなど、常務理事仲間でも勉強熱心で知られる住友林業グループ企業年金基金の三好敏之常務理事。

東京・大手町の経団連会館にあるオフィスにお邪魔し、8階受付奥の広場に通されると、住友林業の所有する新居浜山林のヒノキを使った巨大なモニュメント。

同社のシンボルのようなツリーの下、三好さんとリアルでお会いするのはコロナ禍前以来のこと。相変わらず柔和な表情のなかにも、年金資産運用を取り巻く厳しい環境に真剣に取り組む姿勢がひしひしと伝わってきた。

最近の関心事は?

三好 やはり、米国の金利上昇と金融引き締めの動向。そして、その背景にあるインフレですね。基金運営としては、日米の金利差が拡大し外債のヘッジコストが随分と大きくなっているのが痛い。これがいつまで続き、かつ、どの程度膨らむのか。こんな状態では、「フルヘッジの意味ないやん」と思うことがありますよ。

三好敏之さんは奈良出身。1981年に住友林業に入社した。同社は日本の国土全体の800分の1に相当する山林を保有しているそうで、「これだけの山を持っている会社なら潰れん」というのが主な志望動機だったとか。入社後は財務、管理、経営企画などの分野を経験し、ニュージーランド、インドネシアの現地法人にも赴任。人財派遣・シェアードサービスと情報システムの各子会社の社長を経て2018年4月から現職。

ヘッジコストの対策について、何かお考えがありますか。

三好 外債すべてにかけている為替ヘッジを一部オープンにするか、あるいは、為替オーバーレイ戦略を導入するか、といったところを検討しています。

そこまでして債券にこだわる理由は?

三好 債券は年金資産運用にとっては「主食」のようなものだと思っているからです。給付対応などを考えると、価格の変動幅が小さいという点は重要です。ですから、現在はスプレッドがつぶれている国内債券、うちは野村BPI(ボンド・パフォーマンス・インデックス)連動ですが、これも辞めない。債券全体として国債から社債などへシフトさせることはあっても、債券の比率自体は維持するつもりです。

住友林業グループ企業年金基金の2022年3月末時点での資産総額は655億7000万円。事業所は7つ。加入者6940人、受給者1020人。予定利率2.5%、期待運用収益率1.9%(2022年度は2.8%)。

住友林業Gの新旧の政策アセットミックスと資産配分実績

(2022年4月から) 実績(2022年3月末)
国内債券
(含むヘッジ外債)
48.5% 43% 42.4%
国内株 12% 12% 14.2%
外国株 11% 12% 15.2%
生保・一般勘定 12% 12% 12.1%
オルタナティブ 15% 20% 15.3%
短期資産 1.5% 1% 0.6%

政策アセットミックスの変更で、新年度の期待運用収益率が高くなったのですね。

三好 そうなんです。2021年は、年金ALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)分析を行い、その結果を基に総幹事の信託銀行と相談した結果です。2年前に母体が60歳から65歳への定年延長を実施したこともあって、リスクの分散や今後の掛金と給付のバランスなどを考慮して期待収益率の引き上げを狙いました。政策アセットミックスの変更はその一環になります。

三好敏之常務理事

オルタナティブの目標を20%に

債券を減らし、その分をオルタナティブに回した、ということですか。

三好 債券に関しては、ほかの資産価額が上昇したために相対的に資産構成比率が下がっています。ただし、冒頭申し上げた通り「主食」ではあるものの、資産運用の効率化の観点からすると、リバランスをして増やすわけにはいかない。一方、保守的な運用方針を保ってきた当基金としては株式の増額という選択肢もない。となると、行き先はオルタナティブということになりますよね。オルタナティブの目標を20%としたのは、企業年金を対象としたアンケート調査などで中央値がちょうど20%ぐらいだったということも参考にしました。

先ほど、保守的な運用方針というお話でしたが、具体的な点を教えてください。また、今後についての展望などもお聞かせください。

三好 保守的ということで言うと、保有している債券・株式は、一部スマートベータもありますが、基本すべてパッシブです。ですので、当基金ではコンサルタントとの契約はしてきませんでした。しかし、オルタナティブを拡充することなどを考えると、投資対象によってはコンサルタントを入れたほうがいいのではと思っています。スポット契約というのもあるそうなので、まずはそこからかなと。

三好さんは1990年代後半から2000年代初めにかけて、ニュージーランドとインドネシアに連続して赴任した。アジア通貨危機のころで、融資を受けた現地や欧米などの銀行から「返済コール」が相次いだという。何とか融資を続けてもらうよう奔走した。このとき、国際的な政治経済情勢を目を凝らして見つめていた経験が、今の年金運用に生かされていると言えそうだ。

最後に、三好さんが年金資産運用をするうえで大切にしていることを聞かせてください。

三好 金利上昇やウクライナでの戦争など、資産価値を大きく変動させる要素がいろいろ起こっています。しかし、年金運用は10年、20年スパンで考えることが原点です。日々起きていることや、短期的な事象にいちいち過剰反応しない。イライラしない。そう、自分に言い聞かせています。

別れ際、「最近、クラシックギターを習い始めたんですよ」と。セミナーなどで、ほかの企業年金の皆さんと出会うことが何より楽しみだった三好さん。コロナ禍の「隔離生活」的な日常は、相当なストレスだったに違いない。そういった環境で心身のバランスを整えるのも、年金資産運用の責任者にとっては重要なリスク回避策なのだろうと感じた。

「知りたい! 隣の企業年金」は、毎月20日ごろの配信を予定しております。

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