強まる中国台頭への警戒。「攻め」と「守り」の政策

橋本 将司
公益財団法人 国際通貨研究所
上席研究員
橋本 将司(はしもと・まさし)
慶應義塾大学卒業後、三菱UFJ銀行に入行。国際通貨研究所研究員、グローバルマーケットリサーチ・シニアアナリスト、経済調査室ニューヨーク駐在などを歴任し、グローバルな為替市場やマクロ経済に加え、米国金融規制など幅広い分野の調査業務に従事。2020年より再び国際通貨研究所へ出向し、為替市場や主要国の金融政策・マクロ経済動向の分析を担当。理論的な観点からの為替市場分析を得意とする。国際通貨研究所ホームページ(https://www.iima.or.jp)にも各種レポートを掲載

世界的に経済安全保障政策を強化する流れが強まっている。我が国においても、岸田文雄内閣が今通常国会において経済安全保障推進法案の可決を目玉の一つとしているのは周知の通りだ。背景にあるのは、何よりもまず中国の経済力や科学技術力での台頭が顕著となり、今後米国を凌駕(りょうが)する可能性が浮上してきたことだ。しかもその中国が、民主主義や基本的人権を重視する価値観とは異なるスタンスで、既存の国際秩序に挑戦するかのような動きをみせていることがあろう。

さらに、近年の科学技術には、人工知能(AI)や量子コンピューターなど、経済・軍事的な競争環境を一変させかねないものが増えており、経済・技術覇権を巡る競争が激しさを増しつつある。しかもそうした技術は管理が厳しい軍事関連技術ではなく、民間企業などが開発・利用している場合が少なくないことから、いかに経済安全保障上問題となるような形での流出を防ぐかも課題となっている。

また、経済社会がコンピューター・ネットワークへの依存度を高めるなかで、各種データベースや重要インフラなどへのサイバー攻撃への警戒も高まっている。新型コロナウイルス危機以降、半導体などの供給制約がクローズアップされたが、こうした経済運営上重要な物資や製品の安定的なサプライチェーンの確保の重要性も強く認識されるに至った。

こうした状況から、経済安全保障政策の主要なポイントとして次の4つを挙げることができる。①重要物資のサプライチェーンの確保、②重要なインフラやデータの保護、③重要技術の流出防止、④重要技術の開発強化・支援――である。このうち前者2つは、競合国に重要物資の供給を過度に依存しない、あるいは重要なインフラなどをサイバー攻撃などから防御するという「守りの政策」と言える。一方、後者2つは、重要な先端技術を当該国で開発・管理・維持して優位性を維持し、必要な場合は取引材料としても機能させるという意味で、「攻めの政策」と整理することもできる。

輸出や対米投資の管理を強化。サプライチェーンも見直し

米国では既に2017年に誕生したトランプ政権が米国製造業の復活を目指すとともに、経済・技術覇権の競争相手として台頭してきた中国を中心に海外への先端技術の流出などを厳しく監視して制限する取り組みを強めてきた。主要なものをみると、まず2018年に成立した2019年度NDAA(国防授権法)において、安全保障上の懸念からファーウェイを含む中国の大手通信機器業者などや、これら企業の製品・サービスを主要な部品や技術として使用している企業からの政府調達や契約が禁止された(②重要なインフラやデータの保護)。

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2019年度NDAAでは、その一部としてECRA(輸出管理改革法)とFIRRMA(外国投資リスク審査現代化法)も成立した。ECRAは、BIS(商務省産業安全保障局)が管轄し、軍事転用可能な商用品目の輸出などを規制する米国輸出管理規則(EAR)を改正したものだ。特に米国の安全保障上極めて重要な技術などとして既に規制されている以外の技術のなかで、経済安全保障上重要である「新興・基盤技術」を特定し、これらを使用した輸出品目の管理・規制を強化することを目指すとした。

これらに含まれるべき技術について、BISは民間から意見公募を行ったが、その包括的なリストが最終的に決定されるには至っていない。ある品目について米国のみが輸出規制を行っても、他国が輸出を続けていれば結局技術流出を防げないばかりか、米国企業が事業機会を失うだけに終わる。米当局は、一部の米国が独占している技術などを除き、いわゆるワッセナー・アレンジメントなどに基づく多国間の輸出規制の強化に平仄(ひょうそく)を合わせるなどする形で、個別の技術を「新興・基盤技術」に段階的に指定しているようだ。

EARでは、輸出される品目だけでなく、最終用途・使用者の観点からも規制が行われており、そのなかの一つに、米国の安全保障または外交政策上の利益に反する活動に関与しているか、その重大なリスクがある者を特定したEL(エンティティ・リスト)がある。ELに登録された者への米国からの輸出は通常大幅に制限を受けることになる。2019年以降米中通商摩擦が激化するなかで、米当局は多くの中国企業をこのELに掲載し、規制の運用により米国からの輸出に制限をかけてきた。

FIRRMAは、外国企業による米国事業の買収を安全保障上の観点から審査するCFIUS(対米外国投資委員会)の権限を強化するものだ。例えば、従来CFIUSの審査対象に該当しなかった、外国人による米国事業の「支配」を伴わない買収のうち、「新興・基盤技術」などを扱う米国事業の買収の一部については新たに審査対象とした(③重要技術の流出防止)。

バイデン政権以降では、2021年2月24日の大統領令により、半導体、重要鉱物、大容量蓄電池、医薬品の重要4分野について100日以内に、防衛、公衆衛生・生物学的危機管理、情報通信技術、エネルギー、運輸、農産物・食料生産の各産業については1年以内に、それぞれ管轄する各省庁にサプライチェーンの問題点とその対応・強化策をまとめた報告書の作成が指示された。

図表 最近の米国による主な経済安全保障強化政策

前者は同年6月8日に、後者は2022年2月24日にそれぞれ公表され、米政府の積極関与によるサプライチェーン強化のための官民協力体制の推進、技術開発などへの資金支援、政府調達における米製品重視、同盟・友好国との協力体制強化などが提言された(①重要物資のサプライチェーンの確保)。

2021年6月8日には米議会上院が「米国イノベーション・競争法」を、2022年2月4日には議会下院がこれに対応する「America COMPETES Act of 2022」をそれぞれ可決。両法案には、半導体製造支援に520億ドルを拠出する施策などが含まれており、今後擦り合わせ作業の上成立すると見込まれている。

グローバリゼーションは転換点。国力の勝る国がより有利か

以上のように米当局は、国内の製造業生産基盤や技術開発の支援を強化し、重要な物資や製品のサプライチェーンを国内回帰させる志向を強めている。また、安全保障に支障をきたす先端技術の流出を防止するため、米国からの輸出や対米投資の監視や規制も強めている。

一方、米国だけが突出して規制を強化しないよう、他国と歩調を合わせたり、自国のみでの対応が容易でない分野は同盟国との協力で補完したりするなど、米国企業の事業活動への制約をなるべく最小化しつつ、安全保障上の目的を満たすよう慎重な対応がみられている。競合国などとサプライチェーンを完全に分離するのではなく、自国にとって最適な部分ディカップリングを志向していると言えよう。

過去数十年、世界の製造業はより低コストで効率的に生産できる最適地を求めて生産拠点を配置するなど、国境を越えたヒト、モノ、カネの流れはグローバリゼーションによって飛躍的に増大してきた。しかし、以上のような米国の動きのように、一定の貿易取引や投資活動などを制限する傾向が見られており、グローバリゼーションの流れは大きな転換点に差しかかりつつある。

今後、中長期的にこれまで比較的自由であった国境をまたいだヒト・モノ・カネの流れが具体的にどの程度制約を受けていくかは現時点では未知数だが、その程度次第では、基調的な世界のインフレ率の押し上げ要因や経済成長率の押し下げ要因になりえよう。

その場合、個別国ベースでは、貿易に伴う利益や海外からの資本・技術などの取り込みによる経済の底上げの妨げになることから、それらへの依存度が低い、資源や資本、人口、技術力などをより潤沢に保有し、総合的な国力の勝る国の相対的な優位性がより強まる方向に作用しよう。この点、今後米中の相対的な国力のバランスの推移にもよるが、現状を前提にするとやはり米国有利となりやすく、米株価やドルの基調的な支援要因となりそうだ。
(記事内容は2022年3月2日時点)