ESG(環境・社会・企業統治)投資という世界的な潮流は、日本企業の情報開示や会計処理にも大きな影響を及ぼしている。本連載では、企業の健康経営とハラスメント対策に焦点を当てつつ、運用担当者が知っておきたいESG会計を6回シリーズで解説。企業関係者のほか年金基金など機関投資家もぜひ参考にしていただきたい。第3回のテーマは「健康経営」だ。
社員の健康を増進するための社内クリニックや、パワハラ、セクハラ、マタハラなどに対して対策室や相談センターを設けるなどの施策の程度や効果は従来外部からは見えなかった。それを投資家にも見えるようにするのが課題である。
健康経営の報酬は、生産性低下防止、生産性向上、将来医療費削減の3つ
健康管理は人事管理の一要素で、この視点を欠いていると組織は失敗する恐れがある。軽症の病気だけでなく、社員の表情や声色、行動・態度の変化、業務や職場環境への不満や人間関係の悪化などに気づくことができる。
社員の健康状態を適切に知れば、組織の問題点を把握できるだけでなく、社員が持っている才能を開花させられる。健康被害とハラスメントの発生を抑え、備える費用を負担すれば生産性低下を防止できる。何もしなければ社員の生産性は低下するばかりだ。
これらの支出は費用として企業の負担になるが、生産性の低下阻止や向上だけでなく、将来かかる医療費を削減できるという利点もある。その現在価値も企業の資産に含めることが必要になる。
健康経営無視の日本の経験――いわゆる公害倒産
健康経営といえば、かつては社員ではなく主として外部に向いていた。1950年代後半から1970年代の日本の高度経済成長期において、目先を追う製造企業は費用を外部化し環境汚染を起こす事例が頻発して社会問題化した。騒音、煤煙、カドニウムなどが原因で公害病を引き起こし、倒産に至ったケースは公害倒産と呼ばれる。その原因を表にした。
【図表】いわゆる公害倒産の原因
健康への影響や被害を防止するには、汚染物質の発生を抑制したり適切に処理したりすることなどが必要だった。それをスムーズに遂行するため、環境基本法などの法律・規制が制定され、環境基準の設定や排出物の規制、監視体制の整備などの対策が講じられた。
健康経営無視の結果――現代の事例
倒産の原因は時代が変わっても基本的に同じである。最近起こったESG倒産を参考に、この図表を現代版にしてみよう。
環境アセスは ① に相当する。そして、多額の先行投資負担が必要なビジネスモデルである場合、業容が拡大する一方で運転資金は不足しがちになり、新しい技術進歩や消費者の嗜好シフト ② が起こるという要因はESGも伝統的事業と同じである。
原材料などでボトルネックが生じESG事業運営ができなくなるというような事態は ③ の新しい局面で、ESGブーム期には注意するべき点である。グリーンフレーションと呼ばれる脱炭素に伴う物価上昇も経営に悪影響を及ぼすことが考えられる。
容易に推測できるように、ESG会計を採用していなければ健康被害とハラスメントが発生した時には倒産の恐れもあるのである。