JリートにおけるESG取組み

ARESでは、Jリート業界および当協会会員社のSDGsの推進・ESG経営を支援すること等を目的として「ARES ESGアワード」を2023年に創設しました。今回の座談会では、初回となる「ARES ESG AWARD 2023」の受賞者にお集まり頂き、受賞取組みの過程や今後の展望をお聞かせ頂くとともに、Jリート業界におけるESG取組みの今日までの進化や今後に向けた課題などを語り合って頂きました。

開催日時:2024年2月7日(水)10:00~12:00
会  場:AP虎ノ門 I ルーム
▼メンバー
  • <モデレーター兼パネリスト>大森 充
    株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
    ストラテジー&オペレーショングループ シニアマネジャー/上席主任研究員
  • <パネリスト>
    足立 信之
    トーセイ・アセット・アドバイザーズ株式会社
    REIT運用本部 投資運用部長
  • 芝原 理仁
    伊藤忠リート・マネジメント株式会社
    総務管理本部長代行 兼 サステナビリティ推進部長(ARESマスター M1305343)
  • 埜村 佳永
    株式会社東京建物リアルティ・インベストメント・マネジメント
    取締役財務経営本部長
  • 三岡 美樹
    オリックス・アセットマネジメント株式会社
    取締役執行役員(リスク・コンプライアンス部管掌)(ARESマスター M1908512)
  • 芦立 剛樹
    株式会社星野リゾート・アセットマネジメント
    財務部長(ARESマスター M2211099)
  • 加藤 康敬
    大和ハウス・アセットマネジメント株式会社
    サステナビリティ推進部長(ARESマスター M0701279)
本記事は「ARES 不動産証券化ジャーナルVol.78」に掲載された記事の転載です。

1.自己紹介~これまでのESGに関するご経験など~

大森 本日はお集まり頂きましてありがとうございます。私から自己紹介をさせて頂きます。新卒で日本総合研究所に入り、サステナビリティの要素を考慮した経営戦略などのコンサルティングに従事しています。ARESのみなさまとは、数年前から会員研修(ESGセミナー)の講師や、「ARES ESG情報開示の事例集」、「ARES ESGフレームワーク・ハンドブック」の作成、「不動産証券化ハンドブック」のESGパートの執筆・監修をさせて頂いており、そのご縁で本アワードの制度設計・表彰運営の支援をさせて頂くことになりました。本日はモデレーターを務めさせて頂きますが、よろしくお願い致します。みなさまも自己紹介をお願いします。

大森 充氏
大森 充
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
ストラテジー&オペレーショングループ
シニアマネジャー/上席主任研究員
Profile
おおもり みつる
京都大学大学院経営学修士課程修了後、(株)日本総合研究所に入社。2017年-2019年は米国シリコンバレーAIスタートアップの日本法人代表を兼務。現在はプライム上場企業、スタートアップやVCの顧問をしながら、ESGやSDGsといったサステナビリティの要素を考慮した経営戦略の策定、事業開発のコンサルティングに従事。

足立 トーセイ・リート投資法人の資産運用会社である、トーセイ・アセット・アドバイザーズで投資運用部長を務めております足立と申します。トーセイ・リート投資法人は、築年数が経過した物件であっても、バリューアップ余地がある、安定的な収益が見込まれると判断できる物件に対しての投資を積極的に行っており、独自性の高いポジションにあるリートだと思っています。私自身はアセットマネジメントの業界に携わって20年弱になりますが、中小規模不動産のバリューアップ型ファンドのAMに長く携わり、その後弊社で、トーセイ・リートの物件の取得・運用・売却までを担当しております。

トーセイ・リートでは、このようなポートフォリオ、物件だからこそできる取組みや環境等への貢献があるのではないかといったことを日々考えながら業務をしています。そういった点からも地道に積み上げてきた取組みを今回ご評価頂いたことは非常にうれしく感じています。一方で、ESGへの取組みも日々進化していく中で、他社の先進的な取組み等のお話をお伺いするのは非常に大事なことだと思っていますので、こうした機会をうまく活用しながら、リートの成長につなげていきたいと考えています。本日はどうぞよろしくお願いします。

足立 信之氏
足立 信之
トーセイ・アセット・アドバイザーズ株式会社
REIT運用本部 投資運用部長
Profile
あだち のぶゆき
2005年(株)クリード入社。CBREグローバルインベスターズ・ジャパン(株)(現CBREインベストメントマネジメント・ジャパン(株))等を経て、2013年トーセイ(株)入社(トーセイ・アセット・アドバイザーズ(株)に出向)。私募ファンド運用本部にて私募ファンドのアセットマネジメント及びディスポジション業務に従事した後、2018年よりREIT運用本部にてアセットマネジメント、アクイジション及びディスポジション業務に従事、2020年2月より現職。

大森 ありがとうございます。それでは芝原さんお願いします。

芝原 アドバンス・レジデンス投資法人の資産運用会社である、伊藤忠リート・マネジメントの芝原と申します。弊社では賃貸住宅特化型と物流施設特化型の2つのJリート、総合型の私募リート、私募ファンドの資産運用業務等を行っています。2006年5月に入社し17年余り経ちましたが、その内16年間はエンジニアリング関係部署に在籍し、修繕計画や工事仕様検討、遵法性調査等、技術関連業務に従事していました。現在のサステナビリティ関連部署に異動して1年半になります。今回受賞させて頂いた取組みは私がエンジニアリング部署に在籍していた時に関わったものですが、本プロジェクトの計画開始は2014年で、10年弱の時間を経て改めてご評価頂けたこと大変うれしく思っています。

本日は、いろいろな施策の話をお聞かせ頂きながら自社のESG対応に活かしていきたいと考えています。また各施策を実現するにあたり、どのように社内で合意形成し、取組みが実現できたのか、その導入過程も伺えると思いますので、非常に興味深く参加させて頂きます。よろしくお願いします。

芝原 理仁氏
芝原 理仁
伊藤忠リート・マネジメント株式会社
総務管理本部長代行 兼 サステナビリティ推進部長
Profile
しばはら としひと
1997年(株)山田守建築事務所入所。病院・保養施設等の意匠設計に従事。2000年三菱地所コミュニティーサービス(株)(現三菱地所コミュニティ(株))入社。建物診断、修繕工事提案業務等に従事。2006年パシフィック・インベストメント・アドバイザーズ(株)(現伊藤忠リート・マネジメント(株))入社。運用資産のエンジニアリング戦略立案業務に従事した後、現在はサステナビリティ推進業務に従事。一級建築士。東京理科大学大学院経営学研究科修了。

大森 よろしくお願いします。それでは埜村さんお願いします。

埜村 日本プライムリアルティ投資法人の資産運用会社である、東京建物リアルティ・インベストメント・マネジメントの埜村と申します。現在財務経営本部長として、人事総務・経営企画・アカウンティング業務等を所轄する経営管理部と、主にファイナンス・IR・サステナビリティを所轄する財務IR部を所管しています。サステナビリティ委員会のメンバーであり、同委員会の活動内容を資産運用会社の取締役会や投資法人の役員会に報告しています。

私自身は、日本プライムリアルティ投資法人の上場時、2000~2007年までと、2017年から今日まで弊社に在籍しています。リート創設時には、ESGという言葉もなく、二十数年経てJリート自体もそうですし取り巻く環境も様変わりしたと思っています。今回のアワード受賞は我々にとって非常に励みになりますし、業界全体にも非常にプラスになる良い機会だと思っています。本日はよろしくお願いします。

埜村 佳永氏
埜村 佳永
株式会社東京建物リアルティ・インベストメント・マネジメント
取締役財務経営本部長
Profile
のむら よしなが
1987年東京建物(株)入社。2000年(株)東京リアルティ・インベストメント・マネジメントに出向し投資運用部部長、2007年東京建物復帰後、同社財務部グループリーダー、同社広報CSR部長を経て、2017年より現職。

大森 よろしくお願いします。それでは三岡さんお願いします。

三岡 オリックス・アセットマネジメントの三岡と申します。弊社は総合型リートであるオリックス不動産投資法人の資産運用会社です。私はリスク・コンプライアンス部門を管掌しておりますが、ESGは中長期のリスクの1つであるとして、リスク部門で担当しています。投資法人も資産運用会社もESGを、運用・経営の根幹になる概念だと位置付けて推進しています。

サステナビリティの専業部門をという意見もありますが、それにより通常の経営とサステナビリティ対応が分離してしまうのは良くないと考え、既存の組織の枠組みの中での対応を、試行錯誤しています。今後、リスク管理の視点のみならずより幅広い視点での旗振りを行うべく戦略企画部門がESGを担っていくことが相応しいかなとも考えています。不動産という長期資産とESGの関係は非常に親和性があり、重要性も高いと認識していますので、本日は各社の取組みをお伺いするのを楽しみにしています。よろしくお願いします。

三岡 美樹氏
三岡 美樹
オリックス・アセットマネジメント株式会社
取締役執行役員(リスク・コンプライアンス部管掌)
Profile
みつおか みき
1986年オリエント・リース(株)(現オリックス(株))入社。オリックス環境(株)執行役員、オリックス(株)環境エネルギー本部業務管理部長、補助金等管理部長、ERM本部業務部長を務め、2018年より現職。

大森 よろしくお願いします。それでは芦立さんお願いします。

芦立 星野リゾート・リート投資法人の資産運用会社である、星野リゾート・アセットマネジメントの芦立と申します。星野リゾートグループは観光産業を通じて環境に配慮したツーリズムを提案しており、昨今の問題であるオーバーツーリズムなどにも対応しています。例えば九州では、LNG燃料の船を利用した移動や電気自動車を導入するなど、排気ガスを抑制する取組みを実施しています。

私自身はJリート業界に携わって3社目であり、財務部として9年以上この業界にいます。グリーンローンやサスティナビリティローンという言葉を初めて見たのは2020年ぐらいだったと思いますが、足元では、投資法人債の約8~ 9割がそういった調達になっています。環境に配慮したファイナンスには非常に注力する必要があり、投資家や関係者、ステークホルダーとお互い環境意識を高めていきたいと考えています。

芦立 剛樹氏
芦立 剛樹
株式会社星野リゾート・アセットマネジメント
財務部長
Profile
あしだて ごうき
2021年入社。財務経理本部・財務部長。リース会社、ベンチャーキャピタル、日系投資銀行での勤務を経て、2009年よりREIT業界へ。現職においては、格付会社と期中において、ESG投資を出資総額に占める割合として明示する「グリーンエクイティ・フレームワーク」「サステナビリティエクイティ・フレームワーク」を業界で初導入。また、金利固定化コストの上昇に対する新手法として、日銀の長短金融政策の金利ギャップを利用したイールドカーブスワップを考案し、業界で初導入した。

大森 ありがとうございます。それでは加藤さんお願いします。

加藤 大和ハウスリート投資法人の資産運用会社である、大和ハウス・アセットマネジメントの加藤と申します。私もJリートの資産運用会社に約18 年います。元々はマンションデベロッパーで設計や工事監理をしていまして、現在はサステナビリティに関する業務に携わっています。Jリートの資産運用会社においては、アクイジションやアセットマネジメント、IRや経理、経営企画、コンプライアンスなど多くの部署において広く浅く様々な経験をしてきました。その経験が全社的な取組みに関してのアイディアや提案につながっているのかなと思います。

弊社でサステナビリティ委員会を立ち上げたのは7年ほど前です。当時ももちろんESGの取組みは重要視されていましたが、1円でも多く分配することが求められる投資法人の運用においては、これにお金をかけないという選択肢もあるのでは、という議論も当時はありました。しかし、やはりこれからの時代においては、ESGに向き合っておかないと社会から取り残されるという結論に至り推進を始めました。そのためスタートの頃は他リートを参考にしながら取組みを進め、やっと追いついてきたかなというのが実感でして、これからも推進を継続していきたいと考えています。

加藤 康敬氏
加藤 康敬
大和ハウス・アセットマネジメント株式会社
サステナビリティ推進部長
Profile
かとう やすたか
1992年大手マンションデベロッパー入社。一級建築士として分譲マンションの企画・設計、工事監理業務に従事した後、自社保有資産の有効活用、流動化業務を行う。2006年シービーアールイー・レジデンシャル・マネジメント(株)、2010年大和ハウス・モリモト・アセットマネジメント(株)(現大和ハウス・アセットマネジメント(株))。2022年より現職。

2.「ARES ESG AWARD 2023」受賞取組みの紹介~取組みに至る過程や今後の展望も交えて~

グッドアクション賞 環境部門
トーセイ・リート投資法人
「築古賃貸マンションの再生」

大森 それでは、みなさまに受賞取組みについて詳しくお伺いしたいと思います。工夫した点やみなさまと共有したい点を意識してお話し頂ければと思います。まずは足立さんお願いします。

足立 冒頭でも申しました通り、トーセイ・リート投資法人では、築年数が経過した物件でも、適切な修繕管理を施すことでESGへの貢献と併せて収益性の向上を目指しています。今回の取組みは、築年数が経過した賃貸マンションに対して、費用対効果や収益性の向上を考慮しながら、物件の環境性能を向上させる様々な対策を地道に施し、外部から3つ星の環境認証を受けるまでに再生をした事例です(図表1)

図表1 具体的な取組みの様子
図表1 具体的な取組みの様子
出所:トーセイ・リート投資法人提供

具体的には、練馬区に位置する築31年が経過したファミリータイプの賃貸マンションに対して、宅配ボックスや温水便座付トイレの設置による利便性の向上、館銘板の更新や植栽の植替えによる意匠面の向上、外壁等を含めた大規模修繕や節水型機器の設置などによる環境への配慮といった多面的な取組みを順次実施していきました。一方、これらの取組みの結果として、収益性の向上も目指しており、テナントの入替え時の賃料は最大で約13%、平均でも3%以上上昇するとともに、稼働率は直近では1年間平均で99.4%と非常に安定的で高い稼働率を維持しています。

賃料は今後さらに上昇していく余地があると考えています。最寄り駅からは徒歩10分弱の物件ですので、立地の面では決して競争力が高い物件ではありませんが、こうした一連の取組みによって高稼働の維持、収益性の向上につながりました。また、DBJ Green Building認証で3つ星を取得かつグリーンファイナンスによる資金調達にもつながりました。

一つ一つの取組みは決して先進的なものというわけではなく、一般的なものですが、これらを地道に積み重ねていくことで環境性能向上と収益性向上の両方を実現できた事例だと考えています。もともと環境性能が高いとは言えない築年数が経過した物件でも積極的に取得し、収益性を向上させながら環境性能を高めることで再生させていくことが我々らしい環境貢献と考え、積極的に取り組んでいます。

足立 地道な取組みを重ねることで最終的に外部認証の取得まで持っていこうと計画的に取り組んでいました。一つ一つの取組みを考える際に、築年数が経過している物件だからこそ実施できることは非常に多いと思っています。しかしながら全てを網羅的に実施してしまうと当然コストもかかります。リートとして運用している以上は、安定的な分配金を出すことが最大のミッションであり、その点をないがしろにしてESGに取り組むことは決して我々が目指すべきところではない、築年数の経過した物件に対して、収益性の向上とESGへの貢献の両方を共存させてこそ、我々らしいESGへの取組みと考えています。そのため、費用対効果を見極め、優先順位を適切に判断しながら進めることを考えました。

例えば、築年数の経過した物件において、水回りの設備更新はリーシングをする上で非常に効果が高いため、優先的に実施しています。しかし例えばユニットバス全体を入れ替えようとすると、インパクトは大きいですがコストも大きくなってしまいます。そこで、必ずしもユニットバス全体を更新するのではなく、浴室水栓を節水型で機能性に優れたものに切り替えるだけでも、見た目の印象や利便性は変わるため、リーシングの促進と環境性能の向上につながり、費用対効果はよかったと思います。

また、エントランス部分は、植栽の植替えでお花を加える、館銘板を更新する程度にとどめました。この物件は元々のクオリティは低くなく、しっかりと管理もされていたので、ポイントとなる部分だけでも印象を変えることで、リーシングの促進、入居者の満足度向上にもつながると考えたためです。このように、費用対効果を考えながらどこまで実施するかということを現場サイドでアイディアを出しながら積み重ねていく作業は非常に手間がかかるものですが、物件を運用するうえで一番の面白みでもあると感じています。

大森 これからも貴社の運用方針に基づいてこういった物件を増やすのだと思いますが、今後の展望を含めて教えてください。

足立 現在でも今回紹介した取組みだけではなく、他の築年数の経過した物件についても費用対効果等含めながら議論を重ね取り組んでいます。我々は決して5つ星の環境認証を取ることを目指しているのではありません。もともとは環境対策が十分に施されていなかった物件に対して、費用対効果や収益性を考慮しながら、適切なESG対策を施すことで、少しでも環境に配慮したものに改善することが我々らしい環境貢献だと考えております。

また、原単位ベースのGHG排出量は、ポートフォリオ全体で2018年の基準年比23.7%削減まで進捗しています。これは本当に一つ一つの地道な取組みを積み重ねてきた結果だと思っております。一方で、我々が目標としている長期的なGHG排出量削減目標もありますし、社会あるいは投資家から求められている水準も当然あります。今後の達成に向けては、さらにいろいろな工夫が必要になるというのは認識していますので、他社の皆様の取組みも参考にしながらもトーセイ・リートらしさを失わずに、取組みを続けていきたいと考えています。

大森 ありがとうございます。トーセイ・リートらしい、収益性とESGのバランスをとった進め方を続けていきたいというお話だったと思います。改めまして、受賞おめでとうございます。

グッドアクション賞 社会部門
アドバンス・レジデンス投資法人
「施工前提の『リノベーションデザイン』で学生向けのコンペを開催」

大森 続きまして芝原さんにお話を伺いたいと思います。まずは取組み内容についてお話頂けますでしょうか。

芝原 本取組みは、建築やデザインを学ぶ学生に活躍の場を提供するという社会貢献活動の一つとして計画しており、学生のアイディアを吸収し社内のリノベーション工事に対する固定観念に変化を促す、学生がJリートに興味をもってもらうことで業界の地位向上と活性化を図る、新卒採用の観点から学生との接触機会の拡大を図ることを目的として実施しました。Jリートの運用会社で開催するコンペとして、「投資」の概念を完全に除外したアイディアコンペでは意味を持たないと考え、「リノベーションデザイン」と「事業計画」をセットで提案頂くことにしました。

これまで2回開催しており、1回目は芝浦にある築24年のファミリータイプの物件で52.37㎡の住戸を題材にデザインして頂きました。応募総数82件と予想以上に多数の提案を頂き入賞作品5点を選び優秀賞の「『マド』との暮らし」という作品を実際に施工しています(図表2)。窓枠を住戸真ん中まで伸ばしたようなデザインで、住戸全体を窓と窓辺の2つに別けたような提案になっています。

2回目は麻布十番にある築15年のシングル向けの物件で25.27㎡の住戸を題材に募集しました。募集開始のタイミングが悪く、卒業制作のタイミングと重なってしまったこともあり応募総数29件と少なかったのですが、斬新で事業性も高い提案も多く、入賞作品のうち最優秀賞の「麻布十番床下収納基地」という作品を実際に施工しました。居住スペースの床全面が収納ボックスで埋め尽くされており、移動させることで椅子にもベッドにも利用できる提案でした。1回目芝浦の工事完了後の成約賃料は前契約賃料比18.3%アップ、2回目麻布十番の成約賃料は前契約賃料比23.0%アップとなり、通常仕様のバリューアップ工事と比較しいずれも高い賃料アップ率が実現できました。ただし、どちらのコンペでも実施設計からその後のテナント契約までに非常に時間がかかってしまった点など反省点もありました。

図表2 第1回RESIDIAリノベーションデザイン賃貸住宅環境学生コンペ 2014/2015
優秀賞「『マド』との暮らし」
図表2 第1回RESIDIAリノベーションデザイン賃貸住宅環境学生コンペ 2014/2015 優秀賞「『マド』との暮らし」
出所:アドバンス・レジデンス投資法人提供

大森 賃料ベースではアップしたものの時間の面で反省点もあったということですが、工夫された点や苦慮された点など詳しくお伺いできますか。

芝原 工夫した点としては、「設計したデザインを実際に施工する」ことをポイントにしたことです。学生としては自分のアイディアが実現するという点に高いモチベーションを感じてもらえるのではということでこのような企画となりました。今後の工夫点としては、先ほど卒業制作のタイミングと重なってしまったとお伝えしましたが、実施時期に関しても意識しないといけないと痛感しました。

苦慮した点としては、「実際に施工する」ことがコンペの特徴であり、審査項目にも実現可能性が大きな要素としてありましたが、学生のアイディアを実現させることは予想以上に難しかったです。入賞作品5点の中からどれを施工するか、複数の賃貸仲介店に「一番賃料が取れる」「一番ターゲット層が広い」「入居後クレームが少ない」等のポイントで評価して頂き、それを参考に施工作品を選定したので、必ずしも最優秀賞作品が選ばれてはいません。投資法人の物件での工事であり、工事コストも投資法人負担ですので、投資効果を検証せず収益性を無視して進めることはできないため、工事費の見込みも施工作品選定上重要なポイントでした。

大森 学生のアイディアを実現する難しさがあったということでしょうか。

芝原 アイディアの一部を使うのではなく、あくまでもそのまま作るという難しさがありました。施工対象に選ばれた学生にはその後の実施設計の打ち合わせにも参加してもらい、アイディアをそのまま実現する方向で検討を進めていきますが、学生の意向を最大限引き出しながら、いかに投資効果に見合ったものに落とし込むか、予算内に収めるというのが一番難しいところでした。

大森 難しさもありながらも、施工までしっかりとコミットしたということですね。では取組みによって生まれた変化や今後の展望をお願いします。

芝原 コンペによって学生の斬新な提案を目にし、社内の専有部工事への意識は確実に変わりました。これまで陳腐化した設備を入れ替え、和室があれば洋室にし、リビングとの壁に引戸を設け一体利用も可にする等、定型化し画一的なデザインで計画していました。確かに特徴がないのでターゲット層は広いとも言えますが、競合物件も多数ある中で差別化することができないため、工事後経過年数と共に再び競争力が低下していくことは否めない状況でした。

そこで弊社ならではのアクセントをデザインに組み入れることを実施しています。例えばシングル向けの物件であれば、システムキッチンにこだわり、一般的なメーカー品ではなくデザイン性の高いステンレス製のものを設置するなど、既製品に適当な商品がない場合は、自社でデザインしたキッチンをベトナムの工場で安価に製造してもらったこともありました。今ではテーマごとに壁紙、建具、床材などをあらかじめ計画し、グレード、テナント層等を考慮したデザイン計画を物件住戸タイプごとに作って事前準備する体制ができています。コンペによってデザインの重要性を感じるとともに、その自由度も感じることで、物件のポテンシャルを最大限発揮させることができるアクセントの効いたバリューアップ工事が計画できるようになりつつあります。

また、コンペを計画する際に年1回など機械的に定めて開催するのではなく、工事を実施しテナントに契約頂いた上で次回を計画することとしており、第1回住戸が2016年3月に契約、第2回住戸が2019年2月契約であり、本来であれば現時点で第3回が開催できているタイミングだったと思います。新型コロナウイルスの影響でコンペの開催を検討することもできない状況でしたが、加えて弊社における実績もエントランス改修を含む大規模修繕工事が110物件、工事金額で100億円、専有部バリューアップ工事も700戸、工事金額25億円程度の実績を重ね、効率的で効果的なフローができつつあり、従来のフォーマットのままでは上手く当てはまらなくなってきています。とはいえリートにおける社会面の価値訴求の観点でもこのような取組みは重要であると考えており、近隣の大学と産学連携の検討を進めるなど具体的に動き出しています。

大森 なるほど。では現状に合わせた変化を取り入れながら引き継いでいかれるということですね。ありがとうございます。改めて受賞おめでとうございます。

グッドアクション賞 ガバナンス部門
日本プライムリアルティ投資法人
「経営の透明性を高めるための外部有識者の招聘」

大森 次に埜村さんにお話を伺いたいと思います。まずは取組み内容の紹介や工夫点、成果などお聞かせ頂ければと思います。よろしくお願いします。

埜村 Jリートは外部運用型のスキームを取っていますので、利益相反取引等にも配慮した透明性の高い運用が求められます。そのためサステナビリティ委員会をはじめ、コンプライアンス委員会、物件取得・売却の際に開かれる投資政策委員会にも外部有識者に参加頂き議論をしています(図表3)。

図表3 サステナビリティ推進体制
図表3 サ出所:日本プライムリアルティ投資法人第40期(2021年12月期)決算説明資料31ページ目より抜粋
出所:日本プライムリアルティ投資法人第40期(2021年12月期)決算説明資料31ページ目より抜粋

弊社におけるサステナビリティ委員会は2019年にスタートしました。サステナビリティの運営に際しては、委員会の下部組織としてワーキンググループ(WG)が具体的な活動を行っており、資産運用会社の取締役と、各WGグループリーダー等、弊社メンバーのみで委員会を運営していました。

当初はそれなりに活発な議論がなされていましたが徐々に形式化してしまい、その改善を図るため2022年より外部有識者にアドバイザーとして委員会に参加頂くようになりました。それ以降、委員会が中身のあるものになってきたと感じています。弊社メンバーだけでのサステナビリティ委員会運営は、同じ経営文化や考え方によってその取組みに偏りが生じるリスクがあり、ステークホルダーの期待と進む方向に差異が生じる可能性があります。外部委員から適切なコメントを頂くことで、ESG投資家等の考え方やその期待を理解することができるようになりました。

また推進にあたっては、ボトムアップとトップダウンの両方が大事だと思っています。その側面から見ますと、社長を含めて取締役が参加する中で、外部委員から最新のサステナビリティ情報も提供頂いていますので、参加者の意識が変わりました。そのためトップダウン的なアプローチが活性化されるとともに、ボトムアップ面でも、WGの活動報告に様々なコメントを頂きますので、メンバーの意識も高まり、良い結果に結びついていると思います。

大森 外部有識者は同じ方が継続されているのでしょうか。

埜村 はい。同じ方に入って頂いています。

大森 ありがとうございます。外部の方が入ったことで、トップの意識改革が行われるとともに、委員会には直接参加していないWGのメンバーの中にまで変化があったということですね。苦慮された点もお聞かせ頂けますか。

埜村 委員の人選には苦慮した部分がありました。結果、リートの特性を理解し、我々の投資法人自体についても理解がある方が良いという観点から決定しました。そういう意味では、サステナビリティ委員会だけなく、他の委員会も含めて人選が苦慮するところかと思います。また、外部委員に委員会でより中身のあるご意見を頂くため、事前に十分な趣旨説明を行っており、担当者の業務負荷は従前より増えています。

大森 単なる勉強会に終わらず、行動変容を促すところまで工夫をされていたということですね。取組みによって生まれた変化や今後の展望はいかがでしょう。

埜村 昨年からは投資政策委員会にも外部委員に参加頂いています。サステナビリティ委員会における成功体験が、同委員会の導入のきっかけの一つになりました。

一方で、ガバナンスの強化は更に可能であると思います。特にマネジメント層、それからWGメンバーを含めリテラシーは向上していますが、社員全体を見てみると認知向上の余地がまだあると感じます。サステナビリティ委員会の活性化を機会に、この流れを全社的に確りと根付かせていきたいと思います。

大森 マテリアリティの視点からはいかがでしょうか。外部有識者がアドバイスをされて、その目標をどう達成するかをサステナビリティ委員会で議論する流れでしょうか。

埜村 現在、我々は「気候変動への対応」「安全安心/快適性によるテナント満足の向上」「働きがいのある職場環境」「人権の尊重」「ガバナンスの高度化」の5つのマテリアリティを掲げています。それぞれの目標をマテリアリティごとに設定して、進捗状況をサステナビリティ委員会で報告していますが、そこでも外部委員から「このような視点で取り組んだらどうですか」といったアドバイスを頂きます。その結果実際の取組みにおいても非常に良い刺激になっていると思います。

大森 なるほど、ありがとうございます。少し内容が形骸化していたところに外部の目線が入ってきたことで議論が活発化されたとともに、意識変容や行動変容が生まれた取組みであったということですね。改めて受賞おめでとうございます。

ベストレコメンド賞 環境部門
オリックス不動産投資法人
「TCFD提言に基づくシナリオ分析・開示」

大森 ここからは他リートからの推薦を受けたみなさまの賞になります。まずは三岡さん、よろしくお願いします。

三岡 よろしくお願いします。弊社は受賞対象となったTCFDの取組みについて苦労しながら進めてまいりましたので、ご推薦頂いたみなさまに少しでも参考にして頂けたのであれば大変うれしく思います。ご承知のようにTCFDには非常に多くの日本企業が参加しています。弊社は2019年に賛同しましたが、具体的な進め方に関しては1年ほど悩みました。特に戦略としてシナリオ分析、将来のリスク分析を行う点が、今までのリスクの枠組みとは少々異なっていてアプローチ方法が非常に難しかったところです。タイミングよく環境省の「令和2年度 TCFDに沿った気候リスク・機会のシナリオ分析支援事業」の募集があり、その支援に助けられ何とか形にできたというところです。

大森 シナリオ分析の実施や、リスクや機会の評価をされる中で多くの工夫があったかと思うのですが、工夫点をお聞かせください。

三岡 シナリオ分析の結果をウォーターフォールチャートで示した点が挙げられます。分配金の変動を同じようなチャートを使って説明することもあり、馴染みがある形式でわかりやすかったのも、目に留まりやすかったのかなと思っています(図表4)。

図表4 TCFDシナリオ分析結果(第2回)
図表4 TCFDシナリオ分析結果(第2回)
出所:オリックス不動産投資法人第41期(2022年8月期)決算説明資料

もう一つは、分析に使用するパラメータについてです。リートに関連したパラメータを複数のデータソースから集め、組み立てたことで、事業の特性に応じた実態に合った分析になったと思います。一方で、海外の評価機関などでは一般によく知られるシナリオを使って分析することが多いので、弊社が使用したオリジナルのパラメータについての説明は丁寧にする必要がありました。こういった点も他リートにご参考にして頂けるところかなと思っています。

大森 苦労された点はいかがでしょう。

三岡 2021年の支援事業による分析時には、算定結果につき実際のビジネス感覚と異なる部分があり、本当にすべて開示するか議論になりました。具体的には、環境認証の賃料反映について「環境認証を取得すると賃料は上昇する」という研究成果に基づくパラメータを使用しましたが、実際にはそういった手ごたえはあまり感じられないわけです。腹落ち感がないものを開示するのはいかがなものかということで議論を重ねました。

結果、不完全な部分があったとしても開示することで、むしろステークホルダーの方々からご意見やアドバイスを頂き、それを踏まえてチューニングしていけば良いのではという結論に達し、数値は記載しないもののウォーターフォールチャートで影響が推察できるような形で開示しました。投資家等の反応として、心配した否定的なご意見はなく、むしろ開示したことに対して肯定的な意見を多く頂きました。また、今後の分析に対する期待や、数字についても把握しているのであれば教えてほしいといった要望も頂き、それなら「自分たちが納得した数字で開示しよう」と2年目に再度分析を行い、定量結果も開示しました。今度は、すでに多くの物件で環境認証を取得している状況を踏まえ、賃料影響を見直し、認証未取得では空室率増加や賃料下落が発生する可能性なども考慮しました。このように開示することで、外の方とのディスカッションが深まり、良い効果が得られたと思っています。

大森 ウォーターフォールに関しては作る会社はありますが、開示するのは稀有なことだと思います。他にも取組みを通して感じた成果などはありますか。また、ステークホルダーミーティングについてもお聞かせください。

三岡 数字を見せることで社内の理解が進み、各部門の関わり方や役割がより明確になったと思います。分析の過程ではリスク部門だけではなく、経理や運営、IRなど各部門にも入ってもらい、それぞれの役割の中でこのストーリーはどうか、実際にどういう数字をあてはめればよいかなどディスカッションをしながら組み立てました。シナリオによる「想定」を具現化する動きも生まれ、例えば、サステナブルファイナンスの拡大による金利軽減をシナリオ分析に組み込んでいましたが、財務部門がサステナブルファイナンスの取組みを進めるにあたり、実際に2030年の目標としてサステナブルファイナンスの導入比率を設定するなど、具体的な対応につながる動きもでてきました。

TCFD取組みスタート時点では、各部門とも、「自分たちとは関連が薄く、投資家へのアピールだけなのでは?」といった懐疑的な見方もあったと思いますが、分析に参加してもらうことで自分の業務との関連性がわかり、それぞれの部門のミッションに応じて対応を検討し、進めるようになったことが一番の成果だと思っています。

また、ステークホルダーミーティングの開催と開示についても今回ご評価頂いた取組みですが、ESGレポートで毎回ステークホルダーの方々による座談会を企画し、その時々の取組みについてご意見を頂いています。どなたにどのようなテーマでお話をして頂くのか、毎年悩むところですが、外部のご意見を社内に注入していかないと、最新の情報から取り残され、硬直化しますので、いろいろな方とディスカッションできる機会として大切にしていきたいと思っています。

大森 ステークホルダーダイアログなどとも言われますよね。すでに移行ロードマップも公開されていると思いますが、今後の展望も含めて教えてください。

三岡 弊社のシナリオ分析は2030年のPL影響として算定していますが、あと数年で2030年となるため、投資家からも具体的な方策と進捗状況や、2050年に向けた対応方針を聞かれるようになってきました。これらを受けて、昨年、2030年の目標を従来の原単位から総量削減に変更し、SBTiニアターム目標に整合した目標としました。2030年にはスコープ1・2とスコープ3のうちリートが管理権原を有している部分を42%削減、その後の2050年に向けては、テナントや委託先と協力しながらネットゼロを目指す予定です。あわせてCRREMやCVaRなども使いながら、2050年に向けての歩みを確実にしていきたいと考えています。

大森 ありがとうございます。原単位から総量削減へは難しい面もあると思いますがSBTiに準拠するためには必要になりますよね。そういった点も含めみなさまもご参考になる点が多々あったと思います。改めまして受賞おめでとうございました。

ベストレコメンド賞 社会部門
星野リゾート・リート投資法人
「サステナビリティファイナンスによる調達」

大森 続いては芦立さん、まずは取組みのご説明からお願いします。

芦立 この度はご推薦頂きありがとうございます。弊社はグループ全体でESGに関して非常に高い関心を持っていますが、ホテルセクターリートですので環境認証が非常に取得しにくい現実があります。問い合わせ等も実施しましたが、認証の仕組み上ホテルセクターリートは良い数値が出ないので、取得してもあまり有効ではないという助言を頂いたこともありました。さらに弊社は旅館業のため木造建築が非常に多くなっています。そのため建物の性能としては「省エネ」とは真逆な部分があり、そんな中でもこれをどうにかしてサステナビリティやESGの取組みとして世間にアピールできないかと、日本格付研究所にご相談させて頂いたのがこの取組みの入り口です。

グリーンとソーシャルの二つの観点から要件を満たすものをサステナビリティファイナンス・フレームワークに適合する資産と見なして、サステナビリティファイナンス調達が可能となる取組みを実施しています。今回は、「界 加賀」と「星のや竹富島」が対象になっています。

大森 ありがとうございます。取組みにおいて工夫された点や、苦慮した点を教えて頂ければと思います。

芦立 やはりKPIの設定の仕方が非常に特徴的だと思っています。「地域における宿泊施設の役割と循環の考え方」をホームページで公開していますが、アナログ的な概念図を設定して、星野グループが地域の方々とどのような形で関わっていくかをピクチャ1枚でまとめたものです(図表5)。その中で「不動産利用者等関係者に係る取組み」と「地域社会に係る取組み」といった関わり方に分け、この二つのKPIをそれぞれ設定しています。

図表5 地域における宿泊施設の役割と循環の考え方(概念図)
図表5 地域における宿泊施設の役割と循環の考え方(概念図)
出所:星野リゾート・リート投資法人HP

「不動産利用者等関係者に係る取組み」としては、代表的な例ですと、星野リゾートグループの旅館で働いている従業員に毎年満足度のアンケート調査を行い、そこで明らかになった不便に感じているところ、低い数字が出たところ、改善が取組みやすいところなどを抽出して、従業員のために改修工事を行っています。また工事前後のアンケートの変化点を定量的に追っています。例えば女性から化粧室に関して汚い、狭いというお話があった場合にはそこにキャペックスを投入して設備を入れ替えたり、スペースを広くしたり、鏡を置いて奥行きを広く見せたりなどの改善を行っています。

「地域社会に係る取組み」としては、例えば「界 加賀」では、宿泊しているお客様へは、「手技のひととき」という地域の伝統工芸品を作成する体験のアクティビティなどを提供しています。沖縄であれば琉球空手の体験などもあります。その地域の伝統的なアクティビティを体験してもらうことで、ただ泊まるだけではなくて、その地域の文化などを価値として提供しています。こういったところをKPIとして設定するため、アウトプット、アウトカム、インパクトは何が該当するかなどについて、施設運営状況を調査しながら議論し、一つ一つ調査・抽出し、丁寧に決めていきました。ここは一番取りまとめに根気がかかった大変な作業でしたし、非常に時間もかかりましたが、完成後には充実感を感じました。

大森 まだおそらく世間一般でもアウトプットとアウトカムとインパクトの厳密な定義は揺れている気もします。その中で定義を進められたということで、苦労もあったのではないかと思いますがいかがでしょうか。

芦立 そうですね。取組みを行っている・行っていないというようにデジタルで行える部分と、満足度調査のようなアンケートで定量的に変化点が取れる部分がありますが、ご指摘の通り、インパクトやアウトカムがどう明示できるかは社内でも議論しながら、フレームワーク上でアップデートしていきたいと思っています。

大森 なるほど、ありがとうございます。それでは今後の展望についてお聞かせください。

芦立 星野リゾートはグループ全体としてサステナビリティに対して非常に高い意識をもって取り組んでいます。コロナ禍でもマイクロツーリズムの推進として、車を使って1時間程度で移動できる地域を商圏として定義しそこを中心にマーケティングを行っていました。また昨今のステークホルダーツーリズムにおいては、観光産業が排出するCO2の半分が、交通からもたらされていることからも連泊の推進によりCO2削減にも取り組んでいます。このように、どのような問題を解決していくかを常に考えながら、環境に配慮した取組みを進めていきます。

我々グループ一丸となって、今後も地域社会貢献、あるいは地域の文化をお客さまにより深くご理解頂く、そういったところに注力的に取り組んでいきたいと思っています。

大森 ありがとうございます。改めまして受賞おめでとうございました。

ベストレコメンド賞 ガバナンス部門
大和ハウスリート投資法人
「サステナビリティ指標連動報酬の導入」

大森 では加藤さんよろしくお願いします。まずは取組みの内容や成果からお話し頂ければと思います。

加藤 投資法人からの運用報酬については、資産規模やNOI等の利益に連動した報酬体系がほとんどかと思います。そのような中で、社会課題であるGHG排出量の削減割合、Jリートの参加率が高く重要な指標となっているGRESB評価、最近では事業会社だけではなく、Jリートの回答者も増えてプレゼンスも高まっているCDP気候変動プログラム評価、この3つの指標に応じて資産運用会社の報酬を上下させるという内容を追加しています(図表6)。

資産運用会社の報酬に留まらず、個人にも同じような報酬体系を導入しています。投資法人の執行役員においては、同様に3つの指標に応じて毎月の役員報酬を年1回見直す報酬体系にしています。資産運用会社の取締役には、GRESB評価とCDP評価等に応じた報酬としています。また、資産運用会社従業員にも2018年の業績評価から「社会的な要請を踏まえたESGへの取り組み」の項目を追加しているので、資産運用会社の従業員から取締役、投資法人の執行役員まで全体がESGの取組みにコミットしてインセンティブを与えています。これは、社会課題への取組みについてインセンティブを与えるという考え方が社員も経営陣も会社としてもあることで、一丸となって推進していけるところが良い点だと思っています。

図表6 サステナビリティ指標連動報酬の導入に関して
図表6 サステナビリティ指標連動報酬の導入に関して
出所:大和ハウスリート投資法人『J-REIT初となる「サステナビリティ指標連動報酬」の導入に関する補足説明資料』を資産運用会社にて一部更新・修正

大森 そういったところが業績に評価されることに経営陣もコミットしているのだと思いますが、導入するにあたって苦慮した点、制度設計で工夫した点をお話頂ければと思います。

加藤 当時、検討すべき課題がたくさんある中で、投資主総会に間に合わせなければならなかった点でしょうか。最終的に2021年11月の投資主総会で決議されて導入が決まったのですが、私がこの報酬体系を思いついたのは同年7月頃でした。議案の社内締め切りは既に済んでいましたが、11月の次の投資主総会は2年後となってしまい、それでは遅いという思いで関係者を説得し期日までに課題を整理することに一番苦労しました。ヒアリングした証券会社からも資産運用報酬にこういった指標を入れるのは世界的にも事例がないと言われまして、制度設計について法務、税務、会計も含めて、約2カ月で確認をして進めました。

苦慮した点でもあり工夫した点でもありますが、従来からある資産連動報酬、利益連動報酬と新たに追加するサステナビリティ指標連動報酬のバランスはどうするか、報酬額はどのくらいになるのか、分配金への影響はどうなるかというシミュレーションをいくつも係数を変えながら考えていく中で、最終的には投資主にも受け入れられるよう運用報酬全体が下がるような係数にしました。全体では年間42百万円ほど当時の計算で運用報酬が下がり、資産運用会社の売上や利益が減る内容でしたが、スポンサーである大和ハウス工業の理解をすぐに得られたことも大きかったです。その後、大和ハウス工業も役員報酬に同様のインセンティブを取り入れたので、波及という面からも非常に良い取組みだったと考えています。なお、運用報酬の減額分は投資法人のGHG排出量削減及び保有物件の環境評価向上施策等に有効に活用しています。

大森 着想された時は、天から降りてきたようなひらめきでしたか。

加藤 まさにそんな感じでした。役員報酬に関しては一部の事業会社では事例があったので頭の片隅にあったのかもしれませんが、突然7月に降りてきて、次の日の朝に進めたいと社内に説明しました。

大森 素早く導入に至った一番のポイントは何だったと思いますか。

加藤 やはりこの社会課題に対する解決について金銭的インセンティブを付与して取り組むというところが大きなコミットになると考えまして、かつ全体をその動きに巻き込むために、運用報酬に加えて投資法人の執行役員や資産運用会社の取締役もコミットしてください、それはセットですということで、3つをセットで説明をして、ほぼ同時期に運用が始まったというところだと思います。大きな異論も出ませんでしたが、それこそ本当に「同じ船に乗ってください」ということで説明をしました。

大森 最後に展望をお伺いできればと思います。

加藤 当時は画期的な発想だと思ったのですが、スポンサーとの調整が難しい面もあるようで追従するJリートは簡単には現れませんでした。しかし導入から2年経った今では、他リートでも賛同頂き取組みを開始する動きもあり、少しずつ増えてきているのは非常に嬉しいです。サステナビリティに関する社会課題へのコミットメント強化及びガバナンス向上を企図したものですので、投資主価値向上の取組みを今後も推進していきたいと考えています。

大森 ありがとうございます。改めまして、受賞おめでとうございました。

3.Jリート業界における取組みの広がり

大森 「ARES ESGアワード」では創設趣旨の一つとして、ESGの取組みを広く業界内外に共有することで、Jリート全体の取組みの底上げを掲げています。そこでここからは、これまでの内容を受けて、取組みのこんな部分を通して気づきがあった、参考にしたいといったお話しをお聞きしたいと思います。まずは足立さんいかがでしょう。

足立 アドバンス・レジデンス投資法人の学生向けのコンペは面白いと思いました。個人的なところになってはしまいますが、私も20数年前は一建築学科の学生としてデザインコンペにいろいろ参加していましたが、その中で日々学生なりに感じていたのが、自己満足の世界なのではないか、社会に出たときにどう役に立つのだろうということです。それこそ費用がどのくらいかかるのか、賃料がどれくらい取れるかなども考える必要があるのではないかと学生なりに考えていて、そういった思いがファンド業界に興味を持つきっかけとなりました。

そのため費用といった現実的な面も審査対象とするこういったコンペがあれば、学生時代の私も興味を持っただろうなと思います。リートは個人投資家もいますし、学生への認知度を広げるという意味でも非常に意味のあるものだと思います。

大森 加藤さんはいかがですか。

加藤 私もアドバンス・レジデンス投資法人の取組みは非常に興味があります。ハウスメーカーなどの事業会社が実施するのであれば想像に難くないのですが、資産運用会社、金融系の会社がこういった取組みについて、拘りを持って実施するということがまず素晴らしいと思います。参考にしたいけれども手間をかけないと簡単には真似できないことを形にしたという点も素晴らしいですね。プロの業者に3~4つ提案をもらうのは誰でもできると思いますが、相手は学生で応募件数も数十件もあるということで、当時から若い方に目を向けて提案を受けるという視点もお持ちだったと感じました。特に、リートだからこそ求められる費用対効果の検証は大変だったろうと思います。

大森 取組みが挙がった芝原さん、いかがでしょう。

芝原 おっしゃる通り大変手間がかかる取組みです。審査員を探し、テーマを考え、学生に周知し、応募作品を審査するといった一般的なコンペ対応に加え、施工前提であったためその後の対応も骨の折れる業務でした。投資効果を考えると、いかにデザインを活かしながら予算内に納めるか、学生も含めた関係者の調整が大変でした。

大森 ありがとうございます。それでは芦立さんはいかがでしょうか。

芦立 大和ハウスリート投資法人のサステナビリティ指標連動報酬は参考にしたいと思いました。我々も12月に決算を発表して、今ちょうど国内外のIRを回っているのですが、いくつかの投資家からサステナビリティの報酬を導入しないのですかという質問を受けています。先ほどのお話だと年間42百万円ほど運用報酬が減ったとのことですが、バーを高めに設定しているのが素晴らしいなと思いました。ARESの委員会活動への参加を通じて、サステナビリティだけのIRを実施しているリートもあるという話も聞きましたし、サステナビリティへの投資家の関心は非常に高いと感じます。そのため投資家とも歩調を一緒にしながら、同じ船に乗ってという姿勢を対外的に見せられる点も非常に良い取組みだと思いました。

大森 埜村さんはいかがでしょう。

埜村 私も同じく大和ハウスリート投資法人のサステナビリティ指標連動報酬が参考になりました。先ほど加藤さんのお話の最後でも出ましたが、弊社においてもすでに今年の1月から導入しました。我々の場合、資産運用会社の取締役と投資法人の執行役員の報酬には導入できていませんが、導入に際しては担当者が加藤さんにいろいろとご教示頂いたからこそ実現したと思っています。監督役員から、「評価の指標が作為的にならないか」「本当に透明性・普遍性のあるものなのか」という質問等があり、その説明には多少苦労しました。あとはオリックス不動産投資法人のTCFDに基づいた定量分析は良い試みだと思います。我々も数字はそれなりに持っていますので、開示に向けて議論しているところです。

投資家からは、ESGに関する取組みを実施する中で、コストとリターンの効果をしっかり示してほしいというご意見も頂きますので、鋭意社内で取り組んでいます。

大森 加藤さん、お二人から取組みの名前が挙がりましたがいかがでしょう。

加藤 今日の座談会の前に調べたのですが、導入を決めてから2年間で、サステナビリティ指標連動報酬についてIRの中で話題に上った件数は60件ありました。我々はサステナビリティに特化した投資家とのエンゲージメントも行っていますし、IR全体の中でサステナビリティに関する質問も多く頂くこともあります。やはり関心が高いというところは引き続きあると思いますので、ご参考にして頂ければ幸いです。
大森 ありがとうございます。では三岡さんはいかがでしょう。

三岡 築古の賃貸マンションを物件入替ではなくリノベーションで価値向上していくこと、ホテルでの地域との関わりの進め方や、学生やNGOなども巻き込んだ取組みなど、専門性をお持ちだからこその取組みは、総合型リートとして様々な物件を保有する弊社にとって、大変参考になるものです。また外部の方々のご意見を取り入れていくことはいろいろな局面で必要だと改めて認識しました。また、大和ハウスリート投資法人、加藤さんには、ある種先進的な取組みの切り込み隊長を担って頂いており、私達も一生懸命背中を追いかけているところですが、お話を伺いたいとご連絡を差し上げるといつも快くお引き受けくださり、大変ありがたく思っています。
他社にお問い合わせさせて頂くと、皆さん快くご対応頂きますし、逆に弊社にお問い合わせ頂く際にも、むしろこちらが新しい情報を教えて頂くことも多く、感謝しております。一対一の面談だけではなく、例えばARESのESGに関する会合でも積極的な情報交換がなされている印象で、オープンマインドなところは、Jリート業界の良いところだと思っています。他リートはある種ライバルではありますが、広い目で見ればJリート内だけの競争ではないので、業界の中で知恵を上手に共有しあい、またそれぞれ特性に応じた良い取組みは参考にしながら、Jリート業界全体として底上げができればよいと思っています。

大森 まさに、知見の共有によるJリートのESG取組みの底上げですね。本アワードもそういった流れの一助になれば良いと思います。

4.Jリート業界のESG取組みの今後に向けて~ESG取組調査の結果から見える今とこれから~

大森 それでは次は、JリートのESG取組調査の結果概要もご覧頂きながら、Jリート業界のESG取組みの現状や課題、今後の展望などに関してお聞きしたいと思います。まずは私から結果概要の中身について簡単にお話させて頂きます(図表7)。

図表7 JリートのESG取組調査の結果概要
図表7 JリートのESG取組調査の結果概概要
図表7 JリートのESG取組調査の結果概概要

出所:ARES ESGアワードHP

まずは環境です。全Jリートの総保有不動産に占める環境不動産の割合については、調査開始以来右肩上がりで推移しているという結果になっています。GHG排出量の把握は、スコープ1・2・3いずれかを把握していると回答したものを全て含めると91.4%という高い水準だと思います。驚いたのはスコープ3すべてを把握しているが15.5%、スコープ3の一部まで把握しているとの回答が過半の53.4%もあったことでして、他の業界と比較しても進んでいるという印象を持っています。またGHG削減目標の設定では、政府は2030年46%、2050年カーボンニュートラルを目指していますが、全体の91.4%、9割以上が削減目標を具体的に持っているという結果でした。意欲的な結果だったと思っています。TCFDの賛同率も89.7%と、約9割ですので、非常に水準の高い結果だったと思います。

次は社会です。まず多様な働き方・活躍の促進支援策ですが、何かしらダイバーシティ、働き方、働きやすさにつながる施策を施していますかという質問に対して、9割以上が一つ以上推進しているという結果でした。また昨今は人権デューデリジェンスや人権方針などと言われていますが、これは日本は単一民族のため人権保護がかつては声高には叫ばれてこなかったという背景、つまりあまり大きく反していないのでそこまで言われてこなかったという面があります。そんな中で、人権擁護のための方針の策定に関しては79.3%という結果ですので、他業界と比べると高い水準だと思っています。サプライヤー行動規範の策定、例えばサプライヤーに対するCSR調達またサステナビリティ調達のようなことに取り組んでいるかという点については、策定率が58.6%、約6割となっておりこれも高い水準だと思います。

最後にガバナンスです。サステナビリティ推進体制の構築においては、推進体制の中で独立性を持つことが重要となるため体制構築自体は始まりに過ぎないとも言えますが、それでも構築率100%は業界として素晴らしいと思います。サステナビリティに関する方針策定については、これはコーポレートガバナンス・コードにも連動するところです。例えばコーポレートガバナンス・コードではプライム市場上場会社に対しては、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるよう求められています。今回の結果を見ると、TCFD賛同率も約9割でしたが、サステナビリティ方針策定率も96.6%と方針を持っている会社が多かったです。

最後にマテリアリティの特定については、特定率は75.9%でした。みなさまの業界ではあまり関係ないかもしれませんが、例えば欧州ではCSRDという制度が始まっていて「ダブルマテリアリティ」という定義に基づいてマテリアリティを再設定することと、そのマテリアリティとタクソノミー適合率を見る必要があるということになりいよいよ厳しくなってきていますので、来年、再来年度のコーポレートガバナンス・コードの改定にはマテリアリティの再見直しも入ってくるかと思います。そのため今の時点で75.9%というのは素晴らしい結果だと見ています。

この結果からも分かるように、Jリート業界は業界全体として取組みが進んでいるというのが一定の見方ではありますが、みなさまはどうお感じになられているでしょうか。まず芝原さんお願いします。

芝原 調査結果を拝見して、特に環境面を各リートが非常に意識高く推進していると感じています。弊社は、サステナビリティやESGへの対応は業界の中で一歩前ではなく半歩前に出るというイメージで、業界水準を確認しながら、どのレベルまで実施すべきかを考えて進めています。

ここ1、2年でSBTiやCDPに参加、GHG排出量の把握ではスコープ3まで算出、TCFDにおいても賛同から定性分析、昨年には定量分析まで実施しました。我々としては着実に進めて半歩くらい前に行っていると考えていたのですが、例えばGHG排出量について、つい最近までスコープ2までの把握が標準かと思っておりましたが、調査結果では7割近い投資法人ですでにスコープ3まで把握されているとのことで、業界全体の取組みが非常に進んでいると思いました。社内でさらにESG対応を推進していく上では非常に有効な資料を頂戴できたと感じています。

大森 三岡さんはいかがですか。

三岡 今回の調査は弊社にとって身体検査と言いますか、自分たちの状況の見直しになる大変良い機会でした。このテーマは難しいからそこまで取り組まなくてもいいよねと思っていた事項が、業界として想像以上に取組みが進んでいることなどもよくわかり、この結果を見ながら次の対応を進めていきたいと思っています。また、社会や世界から要請されることは年々レベルアップしていきますので、チェックリストもバージョンアップして頂けるとそれに合わせて進んでいけるかなと思っています。

大森 ありがとうございます。続いて、日々感じられている課題があれば教えて頂きたいと思います。加藤さんいかがでしょう。

加藤 全体論として取組みは進んでいると思いますが、やはりESGの取組みについてまだまだ困っている資産運用会社もあるのが実情だと感じています。例えばARESのESGに関する会合でも、「ESGは正直よくわからないけれど会社から言われて取り敢えず来ました」といった方もいらっしゃいまして、我々も5~6年前は同じ状況でしたので、もちろん そういった状況もよく理解できます。

ただ例えば、会合で名刺交換をした後の動きで、その日にもうアプローチをくださるところもあれば、同業他社なので気が引けてしまう面もあるとは思うのですがその場限りの名刺交換だけで終わってしまうこともあり、我々としては気軽に情報共有のお声掛けを頂ければと思っているので後者は非常にもったいないなと感じています。ESGに取り組みたいけれど方法がわからない、費用をあまりかけられない、人的リソースがない、上層部の理解が得られないなど悩みを抱えている部分はきっとあると思うので、我々がある程度お金やリソースをかけて得たものを、困っている先と共有するようなプラットフォームがあればより良いのかなと個人的には思っています。

大森 なるほど。今以上に情報共有がしやすい業界を目指しましょうということですね。芝原さんは課題に関していかがですか。

芝原 これまではESGと言うとEの部分が主だった印象でしたが、昨今はSの人的資本に関する取組みにも注目が集まっていると思います。リートは対象となっておりませんが、大手企業における有価証券報告書への人材投資額や社員満足度等の情報開示が義務化されています。欧米では既に義務化されており、人的資本の情報開示が世界的な流れになったことから、企業価値の評価軸はモノやカネといった有形資産から人的資本という無形資産に移行してきているとも言えます。

弊社では2019年に専門チームを立上げ、2022年の資産運用会社合併に合わせて部に格上げし推進体制を強化してきました。これまでトップのコミットメントはあったものの、どちらかというとESG推進はボトムアップ型だったと思います。今後取り組むべき課題である人的資本についての取組みは、従来のボトムアップ型だけでは限界があり、トップダウン型の取組みも検討していく必要が生じてきています。エンゲージメントを向上させる場合、経営層からの企業理念や将来予測等のメッセージが重要な施策となります。そのためにはまず経営層にESG経営について学習の場を提供し、充分理解して頂いた上でアクションを起こして頂くことが必要と考えており、現在外部講師をお呼びしてレクチャー頂くことを予定しています。

加えて、課題解決には人事戦略と直結する内容も多いため、人事部とも定期的に協議するようになりました。従業員満足度向上への対策において、人事制度改革は人事部で、その他ウェルビーイングに関する施策はサステナビリティ推進部でと役割分担し、情報共有しながら取り組んでいます。ウェルビーイング向上施策として、従業員のリフレッシュスペースの整備や、コミュニケーションしやすい職場作りを目的とした家族型ロボットの導入、健康的で安全なお菓子の無料提供等を実施しています。これまでESGの取組みは「サステナビリティ推進部署に任せておき、実際の運用にはあまり影響を与えない範囲で対応する」という雰囲気があったのですが、ようやく各従業員と直接コンタクトを取る施策もできるようになりました。財務、非財務と分類して、あたかも非財務が劣後するような風潮もまだまだあるとは思いますが、全従業員が自分事としてとらえ、会社としてもサステナビリティ、ESGの大切さを徐々に感じ始めているのかなというのが今の率直な印象です。

大森 財務と非財務の部分、もう少々お伺いできますか。

芝原 財務情報とESG関係の非財務情報はどちらも重要な開示情報であると考えていますが、そもそもネーミングからして非財務というのは全く主体性のない名前だと感じています。非財務情報を将来の財務情報と位置付けて、ぜひJリート業界でも非財務情報ではなく将来財務情報と呼び、企業価値を図る上で重要な開示情報であることを浸透させていければと思っております。

大森 ありがとうございます。では最後に展望について、足立さんいかがでしょうか。

足立 他社のESGへの取組みの事例を参考にすることは、非常に重要だと思っています。ただ一方で、いろいろな取組みがある中で、どうしても網羅的に、他社がやっているから、あるいは、世の中から求められているからとりあえず合わせておこうという雰囲気も若干あるのかなと感じています。社会や投資家が求める水準を業界として達成していくことはもちろん無視できないところです。ですが、やはりESGへの取組みは投資法人ごと、物件ごとに、コンセプトや物件に応じた強弱等の特色があるものだと思っています。各々の特色のある取組みについて考え、真に意義のあるESGへの取組みを進めていくことが今後重要だと思っています。

大森 埜村さんはいかがでしょうか。

埜村 横の連携に関して、今はESGやサステナビリティの取組みの認知が高まりましたが、当初は担当者が社内調整等に苦労していたと思います。個社ごとの差はあると思いますが、担当者の課題を分かち合える、前向きな意見交換ができるような場があればいいと思います。Jリートの特性上、事業会社とはビジネスモデルが異なり、人材も限られる環境下で、どのように取り組んでいくか情報交換し協調しながら進めていく、これは非常に良いことだと思います。ただ一方で、結果として均質化してしまう懸念も感じています。Jリート市場が今後もサステナブルな成長をしていくためには、均質化に留まらないESGの独自性のある取組みも不可欠なものとなるでしょう。

また、やはりJリートは不動産というモノに直結している部分が特徴だと思います。今日のお話でも、まさにモノに直結した部分でのEやSについても、リートならではの取組みを共有できました。そういう部分でJリートとしての特徴をアピールすることが業界として大事だと思います。今回のアワードが、そのような点に気づく、あるいは広くお伝え頂くきっかけになったと思っていますので、継続的にJリート業界のESG取組みが推進できれば良いと思います。

大森 均質化に帰結しない協調の仕方やリートならではの取組みを、みなさまと探っていくような底上げを継続していくべきだということですね。本アワードもグッド・プラクティスの顕彰による知見の共有を通じて、底上げの一端を担うものだと認識していますので、是非Jリート業界のみなさまには、今後も積極的に本アワードにご参加頂ければと思います。先ほど足立さんから強弱や特色というお話もありましたが、本当に価値のあるESGへの取組みとは何かということをそれぞれが考えながら、業界一丸となって取組みを進めていくことが今後に向けて大切なのかもしれません。

では以上で本日の座談会を終了させて頂きます。みなさま改めまして受賞おめでとうございました。また座談会にご参加頂きありがとうございました。