米政府は大規模経済対策を実施。政府債務残高は未曾有の水準へ

橋本 将司
公益財団法人 国際通貨研究所
上席研究員
橋本 将司(はしもと・まさし)
慶應義塾大学卒業後、三菱UFJ銀行に入行。国際通貨研究所研究員、グローバルマーケットリサーチ・シニアアナリスト、経済調査室ニューヨーク駐在などを歴任し、グローバルな為替市場やマクロ経済に加え、米国金融規制など幅広い分野の調査業務に従事。2020年より再び国際通貨研究所へ出向し、為替市場や主要国の金融政策・マクロ経済動向の分析を担当。理論的な観点からの為替市場分析を得意とする。国際通貨研究所ホームページ(https://www.iima.or.jp)にも各種レポートを掲載

2021年1月に発足したバイデン米新政権は、かねてより表明していた総額1.9兆ドル(約200兆円)規模の追加経済対策案の実現に向け早々に動き出した。共和党との折衝など紆余曲折はあったものの、同対策案は3月10日に米議会で可決され、大統領の署名を経て成立する運びだ。新型コロナウイルスに対応する経済対策は、2020年末にトランプ前政権の下で成立したばかりの9000億ドル(約95兆円)の対策を含め、同年3月より数次の対策が行われており、今回の対策を加えれば、合計5兆ドル(約530兆円)を超える巨額の対策が実施されることになる。また、バイデン政権は政策構想の中で、今後4年で2兆ドル(約210兆円)のインフラ投資などを公約しており、法人税率引き上げなどによる一定の税収増を見込んでいるとは言え、財政支出は今後もさらに拡大する見通しだ。

こうした中で懸念されるのが、悪化する米財政赤字と積み上がる政府債務残高の行方である。CBO(米議会予算局)が2021年2月11日に発表した、1月12日時点で判明している前提に基づく米連邦政府の財政赤字の対名目GDP(国内総生産)比率(以下名目は省略)は、2020会計年度にマイナス14.9%まで拡大した。連邦政府債務残高の対GDP比率も、コロナ対策を受けて2020年は100.1%まで大幅に上昇(図表)。その後も、人口高齢化による社会保障関連支出の増加などにより2031年にかけて107.2%まで緩やかに上昇し、第2次大戦直後の1946年につけた過去最高水準の106.1%も上回る計算だ。2021年3月にCBOが発表した長期見通しでは、現状の法律や制度が不変の場合、2051年に202%まで大幅に上昇するとされた。

これからの債券投資を考える

強まる財政赤字容認論。財政金融政策の役割見直し論も

政府債務の大幅な増加見通しにもかかわらず、米当局や経済学者などの危機感はさほど高まっていないようにみえる。足元のコロナ・ショックでは急激な景気の落ち込みのみならず、感染拡大による死亡者数増加という人命にかかわる問題への対処が最優先であることから、財政赤字問題はひとまず脇に置かれやすいということはあろう。

イエレン財務長官も、2021年1月19日に開催された財務長官指名公聴会で、財政支出拡大は特に短期的に急激な経済の落ち込みを回避することが主眼であるとしつつ、長期的には政府債務の持続可能性を維持することの重要性も指摘していた。

一方、同時に足元の低金利に鑑みても、パンデミックの克服、打撃を受けた人々の救済、インフラやR&D(研究開発)投資などの財政拡大により、長い目でみた米経済の潜在成長率の維持・底上げを図ったほうが、政府債務の持続性も結果的に改善するといった趣旨の発言も行っていた。さらに、政府債務残高の対GDP比率は上昇しているが、利払い額の対GDP比率が低水準にあることが重要だとも述べていた。

図表

図表は、米国の毎年の連邦政府債務残高の対GDP比率の前年比増減を、①プライマリーバランス( PB)要因、②ネット利払い額要因、③名目GDP成長率要因、④その他の要因──に要因分解したものである。一般に、政府債務残高対GDP比率が先行き発散せず、当該国の民間貯蓄率などで決定される一定の許容範囲の水準以下に維持できると見込まれれば、政府債務は持続可能であるとされる。

①PBは、税収入などから債務の利払い額を含まない政策経費を引いた収支であり、これに②ネット利払い額を合わせたものが通常の財政収支となる。つまり、①や②がグラフ上プラス方向へ推移して悪化するほど財政収支が悪化して、政府債務残高対GDP比率は上昇。逆に分母のGDP成長率が上昇しグラフにおいて③がマイナス方向へ推移するほど、政府債務残高対GDP比率は低下する。イエレン財務長官は、特に足元のような緊急時は、②が引き続き低位安定推移することを前提に、①の悪化を多少甘受しても、将来的な③の底上げを図るべきと述べていることになる。

政府債務の見通しや財政政策の役割について、米国の主要な経済学者の間でもより踏み込んだ見方が見受けられるようになっている。先般元財務長官のローレンス・サマーズ氏がワシントン・ポスト紙への寄稿などで、バイデン政権による1.9兆ドル規模の経済対策は、足元のGDPギャップに比べるとかなり大きいものであり、インフレ・リスクにつながることも警戒されると述べて話題となった。

しかし、関連する発言の全体をみると、同氏は消費刺激や所得補填(ほてん)のためにこれだけの規模の支出を短期間に行うのではなく、中長期的な米国の生産性向上や格差解消など構造問題の解決につながるインフラ投資などにも使用するべきというのが、本来の趣旨のようだ。むしろこうした形で財政支出を増加させるのであれば、より多額の財政支出を支持するとも述べている。

2020年12月1日にブルッキングス研究所などにより開催された「バイデン新政権に対する財政政策についてのアドバイス」と題する会合には、サマーズ氏、ベン・バーナンキ元FRB(米連邦準備理事会)議長、元IMF(国際通貨基金)チーフエコノミストであるオリビエ・ブランシャール、ケネス・ロゴフの両氏という重鎮が登場したが、やはり総じて当面の財政支出拡大が支持され、公的債務の増加見通しについて強い危機感は述べられていなかった。

この会合に合わせてサマーズ氏などが公表した論文では、長期金利が構造的に低下する中で過度に金融緩和政策に比重を置くのは資産バブルの発生など副作用も大きく、ネット利払い額対GDP比率が低位安定推移するのであれば、景気刺激策として財政政策をより積極的に活用すべきと述べられていた。このような経済環境では、財政支出拡大はそれ以上のGDPの押し上げにより政府債務残高対GDP比率を押し下げ、政府債務の持続可能性を好転させ得るとも指摘。経済構造の変化に合わせてマクロ経済管理政策における従来の金融政策と財政政策の位置づけを、再考する必要があるともしていた。

前提は構造的な低金利の長期化。重要な市場の政策への信認維持

財政赤字拡大に寛容な議論は、2000年頃から多くの先進国でみられている長期金利の趨勢的な低下が世界経済の構造変化によるものであり、今後もこれが続くとの見方が前提となっている。上記会合では、その背景として改めて先進国の人口高齢化や中国など新興国の中間層増加による世界的な貯蓄増加、成長率見通し低下による投資需要の減少などいくつか想定される要因を挙げていたが、正確な要因は明らかでないとしていた。今後長期金利の低位安定が続くかどうかは、不透明な面もあると言えよう。

言うまでも無く図表の①~③は独立に変動するものではない。財政支出拡大により①が悪化しても③がそれ以上に上昇すれば、債務残高対GDP比率は低下することになるが、景気改善とインフレ率上昇による金利上昇や、債務残高増加は②の悪化要因になる。特に市場が財政悪化を嫌気して金利が大幅に上昇すると②はより悪化し、それによる債務残高の増加が累積していき悪循環に陥るリスクもある。財政赤字容認政策は、市場とのコミュニケーションを含めて慎重な遂行が求められよう。この点、米国債は海外投資家にも多く保有されているため、基軸通貨ドルの信認を維持することも重要だ。

図表のCBOによる2021年以降の予測では、長期金利の上昇が限定的で②ネット利払い額要因が小幅の増加に止まることなどから、債務残高対GDP比率は2030年にかけては大幅な悪化は免れる見通しになっている。こうした見通しが財政赤字容認政策を取った場合改善するのか悪化するのか、長期金利の低位安定は継続するのか、あるいは金融・財政政策の枠組みの行方など、一連の議論の行方は、米国の政府債務の持続可能性のみならず、主要国の今後のマクロ経済政策運営への影響に鑑みても非常に注目されると言えよう。 ( 記事内容は2021年3月11日時点)