資金収入の減少が手数料収入水準を押し上げ
邦銀の口座維持手数料導入に関する議論が徐々に活発化しつつある。その背景にあるのは、長期間にわたり収益悪化が続き、足元は危機的な状況まで収益が低下したことがある。
邦銀はもともと欧米銀と比べて利ザヤがかなり薄い。1999年2月のゼロ金利政策以降、貸出金利の低下とともに預金金利がこれ以上下げられないゼロ近辺まで低下したことに加え、2016年2月のマイナス金利導入で預金金利が下げられない中で貸出金利が低下し、利ザヤがさらに縮小した。この結果、預貸業務の収益である資金収益の悪化に歯止めがかからなくなっている。
銀行の本業の収益の指標であるコア業務純益をみると、過去10年以上にわたり収益水準が低下しているが、マイナス金利政策の導入の影響が出始めた2016年から、銀行の収益が一段と落ち込んでいる。近年はリストラなどもあり収益はマイナス金利導入直後と比べ収益低下が緩やかないし横ばいとなっているものの、収益が改善する兆しは見られない。
各銀行は、資金収益の改善が期待しにくいこともあり、低金利時代以前からの長年の懸案でもあった“預貸業務依存度の低下”を図るべく、手数料収入の増強を図ってきた。
日本の銀行の手数料収入は、もともと低く、かつての手数料収入比率(手数料/粗利益)は10%を下回る程度に止まっていた。しかし、足元では20%水準まで達しており、米銀と比肩するレベルとなっている(図表1)。全国の銀行の手数料収入(役務取引等収支)自体も、1990年代半ばの1兆円から足元では2兆円水準まで上昇しており、銀行の収益構造は着実に変化している。これは、1996年に橋本龍太郎内閣が提唱した金融制度改革“日本版ビッグバン”の効果であろう。“日本版ビッグバン”では様々な規制緩和が実行され、投信・保険商品の窓販をはじめ、M&A(合併・買収)やシンジケートローン、流動化・証券化業務など、銀行が手数料収入を獲得する機会が増えている。
ただ手数料収入比率の上昇は、手数料収入の増加より資金収益の減少によるところが大きく、全体の粗利益が増加する中で上昇したわけではなく、好ましい状況とは言えない。各銀行は現在収益力低下を補うため、手数料収入の増強のほか、人員削減や店舗統廃合、各種手数料の減免廃止・引き上げ、新たな手数料(新規通帳発行手数料、不稼働口座への手数料賦課)を導入するなど各種サービスを見直しているが、それだけでは追い付かない。そのため、邦銀が長年導入を躊躇してきた口座維持手数料導入についても検討の対象となっている。
休眠口座の管理負担は引き続き重くのしかかる
銀行の口座維持手数料については、欧米銀では早くから導入されている。取引状況に合わせ、さまざまな優遇措置がとられているため一様ではないが、大手米銀では個人当座口座の場合、平均預金口座残高が1000ドル(約10万5000円)程度以下になった場合、月々10ドル(約1000円)程度の手数料を課している。給与振り込みが付いた場合であっても、500ドル(約5万2500円)以下となった場合は手数料が取られる。日本の感覚からすればこの口座維持手数料は割高で、同程度の手数料を日本で課した場合、強い拒否反応が起こるであろう。
現時点で一部を除いた大半の日本の銀行では、口座維持手数料を課していない。最近、口座維持手数料を導入する銀行は増加しているが、新規に開設された銀行口座のみが対象であり、既存口座に導入しているわけではない。従って、口座維持手数料が導入されている口座が全銀行口座に占める割合は、ごくわずかに止まる。
日本の預金口座数は約11億以上と推定され、すべての国民が一人当たり10口座以上保有している計算となる。つまり、全国民が銀行口座を保有できる環境にあると言えるが、その背景に銀行口座に関する手数料があまりかからないことがある。日本の銀行の手数料は諸外国と比べ極めて少なく、消費者物価に及ぼす影響がほとんどないレベルとなっている(図表2)。
一方、米国では銀行口座を持たない人も多い。FDIC(米連邦預金保険公社)によると、2017年時点で銀行口座を持たない世帯数は840万(全世帯の6.5%)、銀行口座を持つだけで金融サービスを受けていない世帯数は、2420万(全体の18.7%)に上る。銀行口座を持たない理由としては、お金を持っていないことに加え、口座手数料が高いことも大きい。また、米国では金融サービスを享受しようとする場合、それ相当の手数料がかかることを意味している。言い換えれば、日本では早くからFinancial Inclusion(金融包摂)を取り入れていたと言える。
その半面、日本では金融システムの非効率化にもつながっているとも言える。日本の場合、膨大な口座数のうちかなりのものが休眠口座となっており、銀行にとって口座管理負担が重くなっている。米国では、通常3年間稼働していない口座は、unclaimedproperty(未請求資産、休眠口座)として州政府に移管されるため、銀行の休眠口座管理負担はそれほど重くない。日本は、2019年より10年間稼働しない休眠口座については預金保険機構に移管されるが、口座管理負担は引き続き重い。
しかし現在、国際的にマネーロンダリング対策、KYC( Know YourCustomer)対応、サイバーセキュリティー対策の増強が急務となっている。日本もこれまで通りの“寛容な”銀行口座の管理体制は許されなくなっており、その対策費用などがかさむことになる。こうした口座管理コストをカバーするためにも、今後口座維持手数料は徴収せねばならなくなるであろう。
欧米と異なり日本では、口座維持手数料導入にあたっては、念頭に置かねばならないことが2つある。
1つは、預金へのマイナス金利賦課の問題である。日本と同様、マイナス金利が導入されている欧州では、法人預金のみならず個人預金に対してもマイナス金利を課しているので、日本においても預金に対しマイナス金利を賦課する議論がある。ただし、口座維持手数料は、口座を維持管理するためのコストをカバーするための手数料であり、マイナス金利動向で左右されるような手数料ではない。従って、マイナス金利賦課と口座維持手数料は別に議論すべきである。
次に、“現金での大量預金引き出し”懸念である。欧米は“現金社会”ではなく、高額紙幣が市中に大量に流通することはないため、窓口やATMでの大量の現金での預金引き出し懸念はあまりない。日本の場合、導入の仕方次第では口座維持手数料を回避するため、窓口に現金を引き出す顧客が殺到する事態が発生する懸念がある。金融システムに打撃があるだけでなく、現金が大量に世間に出回るため、様々な事件の発生など社会不安につながる恐れがある。口座維持手数料導入の場合、そうしたことも考慮せねばならない。
既存の銀行は、“広く国民にほぼ一律の金融サービスを提供するビジネスモデル”からの転換を迫られているが、単なる一律の手数料の徴収引上げや口座維持手数料の導入だけでは顧客の理解は得られない。手数料を取る代わりに、いかに顧客が納得するサービスを提供するかが問われている。そのためにも、FinTechと称される金融デジタライゼーションへの取り組みや、RPA(Robotic Process Automation)、AI(人工知能)、ブロックチェーンなどの技術を活用し、金融サービスの向上に努めねばならない。