中空麻奈
BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部
副会長
チーフクレジットストラテジスト
チーフESGストラテジスト
中空 麻奈

バイデン政権の誕生

英公共放送BBCが2020年11月23日に伝えたところによると、ジョー・バイデン次期大統領による政権移行手続きの開始を、ドナルド・トランプ大統領が認めることをツイートした。トランプ大統領による敗北宣言には至らずとも、世界各国首脳からの祝電や会談のニュースなど次期大統領はバイデン氏とする既成事実化も進んでいる。選挙結果を争うトランプ陣営の努力が続いているのも確かではあるが、こうなると、1月に発足する政権の最有力シナリオは、バイデン氏がホワイトハウス入りし、上院で共和党が(52対48か51対49)多数派となる一方、民主党が下院を握る構図と考えられる。

バイデン政権の財政政策見通し

民主党政権はもとより、支援が必要な人たちに対して、社会福祉や生活保護を考えるのは政府の義務、役割だとする政権である。いわゆる“大きな政府”である。大きな政府の役割でもあるのだが、バイデン氏が選挙戦で打ち出した財政支出策は総額7.5兆ドルに上っていた。

およそ10年間の計画として、インフラに1.3兆ドル、気候変動とエネルギーに1.7兆ドル、ヘルスケアに8000億ドル、産業政策に7000億ドル、教育に1.5兆ドル、住宅に6400億ドル、麻薬過剰摂取問題に1250億ドル、子供と高齢者のケアに7750億ドルといった財政支出を考慮。金額の多い項目順に中身を見てみると、一番計上の多い気候変動とエネルギーは2050年までの100%クリーンエネルギーとネットゼロエミッションを果たすこととしている。教育には、学生支援の増加や学生ローンの減免などを検討。インフラには、輸送、鉄道、水道などが含まれる。気候変動は対トランプ戦略としてははっきりした特徴を出せるものであったことなどを受け、総額も上ぶれたと考えられる。

大きな政府によるプラスの影響、マイナスの影響

しかし、バイデン氏が圧勝できなかったために、こうした財政計画案のうち両政党に比較的受け入れられやすい部分のみが支持され、ということに収まる可能性が出てきている。かつ、増税や民主党のより伝統的な支出は控えられる格好となると想定され、財政に与えるネガティブなインパクトは限定的となることも考えられる。

新政権は2021年、パンデミック関連の財政的支援にGDP(国内総生産)の3%近い6000億ドル程度を注ぎ込むとBNPパリバ証券では予想する(2021年と2022年にそれぞれ3000億ドル程度)。この額は、民主党政権が議会も牛耳るシナリオ下で予想される規模を大きく下回るが、危急的に必要とされるニーズ(検査・追跡の国家戦略、ワクチンの展開、州政府や自治体への連邦交付金、家計刺激策の還付金移転、連邦失業保険の追加補填、零細企業支援)に焦点を合わせる可能性が強い点で、成長の支援効果が若干高まるかもしれない。具体的には交通、地方のブロードバンド整備といったインフラや国内調達、R&D(研究開発)への支出といった産業政策などの分野に集中することになる。

重要なのは、こうした分野の大部分は財政乗数の高い分野である、という点だ。全体的な財政支出の規模だけでなく、その構成も重要である。議会予算局CBOの試算によれば、連邦支出の景気刺激効果は支出の性格に大きくかかる。例えば、高所得世帯向けの減税や給付金は、移転所得を支出する可能性がより高い低所得世帯向けに比べ効果が低い。加えて、需給ギャップが縮小し、経済が潜在的な生産水準に近づくと、財政刺激策の効果は弱まる。

そのため、プラスの効果としては、GDP成長率が多少なりとも上ぶれる可能性が大きいということだ。しかも、当初予算としては期待より低位になるにせよ、財政乗数の高い事業への資金投下により、成長率はそれなりに期待できる(図表1)。

【図表1】米国のGDP成長率

【図表1】米国のGDP成長率
出所:BNPパリバ証券

一方、マイナスの効果の最たるものは、財政膨張による債務増大ということになる。債務上限問題に引っかかり、これが議会との係争になれば簡単には解決できない可能性も出てくる。

債務上限問題はリスクか

1917年、第二次自由国債法(Second Liberty Bond Act of 1917)により、国債残高の上限制度が定められている米国だが、それでも定常的な財政赤字国である。80年代のレーガノミクスの頃には、悪名高き1985年の財政均衡法(GRH法)成立を至らしめた財政急膨張を体験済みでもある。

この債務上限の設定が、米国債市場の拡大に一定の歯止めをかけているのは事実だが、うまく債務上限が引き上げられない場合には、歴史は既に何度も繰り返してはいるが、下手をすれば再びの米国債のデフォルト懸念ということになりかねないのである。せっかくの旅行なのに自由の女神に入れなかった、とか、動物園や図書館がお休み、といったニュースは記憶にあるのではないか。こうしたニュースも、米国債デフォルト懸念浮上の場合には、再び出てくる可能性があるというわけだ。

現在は2019年8月2日に法定債務上限の適用を2年間停止する措置を取っている最中である(図表2)。その期限が2021年7月31日。言い換えれば、バイデン政権が2021年8月までの間に債務上限問題になんらかの解決策、打開策を見つけられなかった場合には、米国債のデフォルト懸念の浮上から、金利や信用リスクの悪化が避けられない可能性が出てくるということだ。

【図表2】米国の債務上限問題

【図表2】米国の債務上限問題
出所:BNPパリバ証券

少なくともウイズコロナの間は、金融政策と財政政策が世界中でよく効いて資産市場は安定的に推移する公算が大きい。しかし、それでもクレジットイベントによるマーケットへのインパクトには慎重でなければならない。バイデン政権下、上院は共和党という“ねじれ”が残る状況での船出には、政権交代のリスクが付いて回る可能性は無視できない。

【債券・クレジット運用戦略特集】新時代の投資先を考える
【ESG投資特集】投資対象の拡大など進化を遂げる